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翻訳データに見られた明晰化ストラテジーの概観

ドキュメント内 通訳・翻訳プロセスモデルの検討 (ページ 144-155)

第 6 章

6.1.1 翻訳データに見られた明晰化ストラテジーの概観

通訳データの分析と同様に、翻訳データの場合も、まず明晰化ストラテジー別の 割合を考察してから、翻訳者や翻訳方向別の明晰化ストラテジーの活用傾向を実質 的なデータ分析結果に基づき検討していく。

6.1.1.1 翻 訳 デ ー タ に 見 ら れ た 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー 別 の 割 合

翻訳データでは、通訳データで見られなかった「テンス・アスペクトの変換・具 体化」及び「形式名詞の具体化」が観察できた。確かに通訳の場合は、原文の構成 が完全に維持される場合は非常に稀であるため、原文のテンス・アスペクトが訳文 においてどのように変換・具体化されたか、原文で使われた形式名詞の「もの」、

「の」、「こと」がどのように処理されたかを観察するのは極めて難しいことであ ろう。しかし、翻訳では翻訳者は原文をじっくり検討し、可能な限り忠実に伝えら れる訳文案を考える余裕があるため、通訳と違い、以上の二つの特殊な明晰化を観 察する可能性がより高いと言っても良い。そのため、本研究では、通訳データでは この 2 種類のストラテジーが見られなかったが、翻訳データでは観察できたという 結果になったのである。

その一方で、通訳で比較的高い頻度で活用された「前置き表現の活用」ならびに、

ある程度普遍性のある明晰化としての「反復」、「複数の類義語の活用」、「接続 詞の付加」は今回の翻訳データでは見られなかった。「前置き表現の活用」の場合 は話し言葉の典型的な特徴でもあるため、通訳(口頭形式の訳出)ではよく見られ

るが、翻訳データでは一部の例外(原文が簡潔すぎて、書き手の意図ではないが、

このような書き方では読み手に直接的すぎると感じられる場合等)を除き、あまり 出現しないようである。本研究で確認できた結果は、この傾向を改めて検証するこ とになるだろう。また、 「反復」、「複数の類義語の活用」が見られなかったとい う結果も基本的には想定されたものである。つまり、既に説明したように翻訳の場 合、翻訳者はじっくり考える余裕があるため、どの語彙・表現を使うかよく検討の 上、翻訳する場合が多いため、使われた語彙はその時点でその翻訳者にとって最適 の選択肢である。そのため、意味を補ったり、確認したりするためのストラテジー として、「反復」あるいは「複数の類義語の活用」を活用する必要が殆どなくなる であろう。無論、伝えづらい語句または対応表現がない場合は、意味明確化のため か、若しくは目標テキストの自然さを確保するために、翻訳においても、「複数の 類義語の活用」があるかもしれないが、通訳ほど多くはないはずである。「接続詞 の付加」も論理性・結束性が原文に不足している場合を除き、プロの翻訳者なら基 本的には原文への忠実性を確保するために、接続詞を追加しないだろうと想定され ている。そのために、本研究で確認できた結果は理論や推定に合致したものであり、

不可解なものではない。

次に図 13 を用いて、以上で一通り考察を行った「テンス・アスペクトの変換・具 体化」、「形式名詞の具体化」を含めた、今回の翻訳データに見られたすべての明 晰化ストラテジーを概観したい。

図13 翻訳全データに出現する明晰化ストラテジー別の割合

図 13 を通じて、翻訳全データにおいて明晰化ストラテジー別にどのくらいの頻度 で活用されたかをイメージすることができた。活用が一番多かったのは「読み手・

聞き手に馴染みのあるような表現への変換」(21%)と「原文の構成変更」(20%)

である。その次は「説明の追加」(15%)「主体の明示化」(14%)、「テンス・ア スペクトの変換・具体化」(7%)である。「原文の不自然さに対する処理」(5%)、

「指示語の付加」(5%)、「指示語の意味明確化」(5%)は出現割合が中程度のも のである。ほかのストラテジーに関しては、出現がなかった「前置き表現の活用」、

「反復」、「複数の類義語の活用」、「接続詞の付加」を除き、全項目が極めて低 い割合(1%〜3%)を示した。

通訳データの分析結果でも見られるように、日本語とベトナム語は文法・語彙及 び表現の特徴が比較的相違しているため、訳出過程では、「読み手・聞き手に馴染 みのあるような表現への変換」、「原文の構成変更」及び「説明の追加」、「主体 の明示化」、「テンス・アスペクトの変換・具体化」という工夫が非常に重要とな り、高い頻度で出現しているのも想定された結果であるといえよう。

主体の明示化  14% (47回)

原文の構成変更 20% (66回)

性別の明示化 1% (2回)

指示語の意味明確化  5%(17回)

指示語の付加 5% (17回)

暗示された情報の復 元1%(2回)

程度副詞の付加2%

( 6回)

説明の追加 15% 

(51回)

読み手・聞き手に馴 染みのあるような表 現への変換  21%(71回)

テンス・アスペクト の変換・具体化

7%(24回)

原文の不自然さに対 する処理5% (18回)

形式名詞の具体化 3%(10回)

英語(表記)の併用 による誤解防止1%  

( 3回)

「指示語の付加」 については 結束性・関連性が高い文章である場合は、翻訳する時 にこのストラテジーをあまり活用する必要がないと想定されたが、本研究の翻訳デ ータでは 5%という中程度の割合も出ており、少々想定外の結果であった。ただし、

データを細かく考察したところ、このストラテジーは多くの訳文に出現したわけで はないが、翻訳者全員に使われたため、全体に対する相当に高い割合を占めている。

そして、翻訳者全員に使われたのは、必然性が高いためである。

「指示語の意味明確化」は「指示語の付加」と違い、ある程度の割合で出現するで あろうと想定されたものである。なぜなら、ベトナム語と日本語の指示語の付加習 慣が異なるため、この二言語間の訳出では、このストラテジーは必ず活用されるの ではないかと思われるからである。

また、「原文の不自然さに対する処理」は基本的には通訳ではよく見られるかも しれないが、翻訳ではそれほど活用されていないだろうと予想された。その理由は、

翻訳ではじっくり考える時間があるため、文法が正しくない、または不自然な表現 を使う場合が殆どないからである。そのために、本研究で認定されたこのストラテ ジーの出現率が5%もあるのは、想定外の結果である。

以上翻訳データで出現した明晰化ストラテジーを概観した。次にこれらのストラ テジーの特徴・性質について考察し、出現割合に関する傾向の説明になるような裏 付けであるかどうか検証したい。

6.1.1.2 翻 訳 デ ー タ に 見 ら れ た 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー の 特 徴 ・ 性 質

この節では各種のストラテジーの特徴・性質が翻訳においてどのような傾向に従 っているかを考察する。通訳データと同様に、翻訳データの分析・考察においても

「必然性」、「活用レベル」並びに「利用目的」という 3 つの側面に基づき、スト ラテジーの特徴・性質を捉える。それぞれの性質・特徴の定義は第 2 章の 2.1.2.2 を 参照されたい。

6.1.1.2.1 翻 訳 デ ー タ に 見 ら れ た 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー の 必 然 性

本研究の翻訳データに見られた明晰化ストラテジーの必然性を示すデータを以下 の図14にまとめる。

図14 翻訳データに見られた明晰化ストラテジーの必然性

図 14 により、翻訳に使われた明晰化は全体的に必然性が高いか、あるいは低いか は一概に結論できないことが分かった。必然性が高い、いわば義務的な性質が強い ストラテジーとして挙げられるのは、「主体の明示化」、「指示語の意味明確化」、

「指示語の付加」、「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」、「テ ンス・アスペクトの変換・具体化」、「原文の不自然さに対する処理」、「形式名 詞の具体化」となっている。そのうち、100%の活用が義務的であるストラテジーは

「原文の不自然さに対する処理」である。一方、任意的な性質のほうが強い明晰化 としては、「原文の構成変更」、「性別の明示化」、「暗示された情報の復元」、

「程度副詞の付加」、「説明の追加」、「英語(表記)の併用による誤解防止」で ある。その中で、「性別の明示化」、「暗示された情報の復元」及び「程度副詞の 付加」、「英語(表記)の併用による誤解防止」はいずれも 100%の活用が任意的な ものになっている。

「主体の明示化」については、第 4 章・第 5 章で何度か説明したように、基本的 には訳出者の主観的な判断によるものではなく、ベトナム語・日本語の文法の大き な違いにより発生するストラテジーであるため、義務性が高いことが想定できる結 果でもある。同様に、「テンス・アスペクトの変換・具体化」も二言語の文法の違 いに起因する工夫であることから、義務性が強いという仮説が立った。また、「原

0%  

10%  

20%  

30%  

40%  

50%  

60%  

70%  

80%  

90%  

100%  

義務的   任意的  

文の不自然さに対する処理」については、起点言語と目標言語のギャップに関わら ず、原文の不自然なところを残したままでは訳出作業が行えないか、若しくは意味 不明な訳文を産出してしまうことにほかならないため、このストラテジーは絶対的 に義務的なものとして認定されるだろう。ただし、「指示語の付加」、「指示語の 意味明確化」、「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」は通訳の分 析結果を踏まえてみると、任意性が強いだろうと想定したが、翻訳分析結果は正反 対のものになった。「指示語の付加」の詳細データを考察したところ、このストラ テジーが工夫された文の総数は翻訳両方向を合わせて 6 つであり、そのうち、2 つ が義務的、4 つが任意的な性質で使われたことが明らかになった。それにも関わら ず、義務的な性質のほうが圧倒的に強いという集計結果が出たのは同じ原文で「指 示語の付加」が任意的な選択である場合は、その選択を選ばず実行しない翻訳者も いるのに対して、義務的な選択である場合は、翻訳者 6 名ともこのストラテジーを ほぼ同じ形で活用していたためである(義務/任意=12 回/5 回)。「指示語の意味明 確化」についても、このストラテジーが施された文数は 3 つのみであり、そのうち、

義務的なものが 2 つ、任意的なものが1つになっている。義務的な活用の例はいず れも指示語「それ」、「それぞれ」の意味を明確化しなければ、全文の意味がはっ きりしない場合に当てはまるため、指示語の意味明確化の工夫が絶対必要であり、

義務的な性質が強いと判断される。なお、義務性があるものの、翻訳者全員が同様 に指示語の意味明確化を工夫しなかったのが気になるところである。これについて、

被験者の意識調査によって被験者の意図・認識を明らかにしたい。

「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」に関しては、「指示語の 付加」及び「指示語の意味明確化」と異なり、活用割合が最も高いストラテジーで ある。更に、割合が高い中で、義務的な性質で活用された回数が 80%もあるのは注 目されるべき点であろう。以下、義務的に活用されたのはどのような場合か、代表 的な例を抽出し考察する。

例1:(被験者6)

起点テキスト: 使命感をもって仕事をしている姿勢が素敵で、仲良くさせて頂くようになった んです。

(翻訳): Cách/ cô ấy/ làm việc/ với/ tinh thần/ trách nhiệm/ cao/ thật/ tuyệt vời/ và/ chúng tôi/ dần/ thân thiết/ với nhau/ hơn/.

(責任感が強い彼女の仕事振りはとても素敵で、私たちは段々仲良くなったので す。 )

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