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本研究で扱う明晰化ストラテジー

ドキュメント内 通訳・翻訳プロセスモデルの検討 (ページ 35-41)

第 2 章

2.1.2 本研究で扱う明晰化ストラテジー

2.1.2.1 本 研 究 で 扱 う 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー の 定 義

本章の第 1 節において、「明晰」の定義を提示したが、これはあくまでも一般的 な場面に使われる場合の言葉の字義である。特定の研究でこの用語を使う場合は、

改めてその研究で捉える用語の定義を提示する必要がある。また、本研究では通 訳・翻訳過程において現れる「明晰化」が意識的であれ、無意識的であれ、一体化 して「明晰化ストラテジー」と称する。一方、「明示化」は「暗示化」の反対概念 と見なされているが、本研究で導入する「明晰化」はそれと異なり、相手の理解を 妨げる要素を除く行為を含めるため、「暗示化」に近い場合もある。以下、本研究 で扱う明晰化ストラテジーの定義を提示する。

明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー の 定 義 :

明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー と は 、 訳 出 過 程 に お い て 言 語 体 系 の 相 違 あ る い は 会 話 参 加 者 の 社 会 文 化 知 識 の 相 違 を 補 い な が ら 、 相 手 に と っ て の 分 か り や す さ の た め に 工 夫 し 、 円 滑 な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 最 終 的 な 目 標 と し て 意 識 的 、 あ る い は 無 意 識 的 に 活 用 さ れ る ス ト ラ テ ジ ー で あ る 。

以上の定義に基づき予備調査を行ったところ、17 の明晰化ストラテジーが観察で きた。それは、①主体の明示化、②前置き表現の活用、③原文の構成変更、④反復、

⑤性別の明示化、⑥指示語の意味明確化、⑦指示語の付加、⑧暗示された情報の復 元、⑨程度副詞の付加、⑩説明の追加、⑪複数の類義語の活用、⑫接続詞の付加、

⑬読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換、⑭テンス・アスペクトの変 換・具体化、⑮原文の不自然さに対する処理、⑯形式名詞の具体化、⑰英語(表記)

の併用による誤解防止である。

以上に提示した明晰化ストラテジーはどのようなものであるかイメージしやすい よう、⑤「性別の明示化」と⑩「説明の追加」を代表的なストラテジーとして説明 したい。

日本語では〜様、〜さんで人の名前を呼び、その呼び方だけでは会話に出た人の 性別が分からない場合が多い。それに対して、ベトナム語では呼びかけにおいて相 手または第 3 者の性別をはっきり示すのが一般的である。そのために、日本語から ベトナム語に訳す際には、訳出者はこの特徴の違いによく配慮し、日本語の起点テ キストにおいて暗示された相手の性別を明示するように工夫しなければならない。

つまり、「性別の明示化」という明晰ストラテジー(⑤)を活用する必要がある。

日本語−ベトナム語のという言語ペアにおける特殊的な「性別の明示化」と異なり、

「説明の追加」は非常に普遍的な明晰化ストラテジーであり、どの言語ペアにおい ても頻繁に出現する傾向が見られる。「説明の追加」は様々なレベルで行われるが、

起点言語に現れた固有名詞だけを対象に説明を加えた場合は、語彙レベルの「説明 の追加」になり、長い語句に説明を加える場合は談話レベルの活用であると認定さ れる。

それぞれのストラテジーの定義及び解説は第 4 章で行うために、この節では以上 のように簡単な説明に留めることにする。

2.1.2.2 本 研 究 で 扱 う 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー の 分 類

「明示化」を「語彙レベル」・「統語的レベル」(Olohan、2000)、または、

「語彙レベル」・「談話レベル」(花岡、2000)を軸に分類する先行研究があった。

これらの研究を参考にしつつも、本研究では、多少違う観点から分類を試みたい。

第1章の1.3節で説明したように、訳出プロセスは発話産出プロセスと同様のもの と捉えられる。そのため、発話産出プロセスと同じく、訳出プロセスの情報処理に おいても「文法レベルの問題」、「語彙レベルの問題」、「談話レベルの問題」、

「発音レベルの問題」及び「言語レベル外の問題」が発生し得る(情報処理におけ る各種問題についての解説は第 1 章の 1.3 節を参照)。それぞれの問題に対し、通 訳者・翻訳者は明晰化をはじめとする適切な対処をとる必要がある。本研究では、

大枠として目的をもとに明晰化ストラテジーを分類する。即ち、どの問題に対して

対処するかという目的を軸に明晰化ストラテジーを認定し、分類するという分類方 法である。

本研究の範囲では、「文法レベルの問題」と「語彙レベルの問題」、「談話レベ ルの問題」に着目したいため、明晰化ストラテジーは「活用レベル」という観点か ら「文法レベルの問題に対処する明晰化」と「語彙レベルの問題に対処する明晰 化」、「談話レベルの問題に対処する明晰化」という 3 種類に絞り、検討を進める。

また、Pym (2005)に倣い、「必然性」という観点からも明晰化ストラテジーを「義

務的明晰化」と「任意的明晰化」に細分化する。なお、Pym の定義をそのまま借り ずに、本研究の目的に合わせて多少調整を行う。加えて、これまでの先行研究であ まり触れられていなかった「利用目的」3という観点も本研究で焦点を当てて、詳し く分析・考察する。この観点では、明晰化ストラテジーは「意味明確化のための明 晰化」と「目標テキストの自然さ確保のための明晰化」に細分できる。それぞれの 観点に基づき分類される明晰化ストラテジーの各種の定義は以下に提示する通りで ある。

i. 「 活 用 レ ベ ル 」 と い う 観 点 か ら

● 語 彙 レ ベ ル の 問 題 に 対 処 す る 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー :訳出過程の情報処理プ ロセスにおいて発生する可能性のある語彙的な問題に対処するための明晰化ストラ テジーである。

例えば、起点テキストに固有名詞(食べ物の名前、地名等)の言及があったとす る。これは話し手・書き手の文化があまり分からず、共通の背景知識もそれほど持 っていない聞き手/読み手にとって大変理解の負担が大きい。つまり、情報処理プ ロセスにおいて語彙レベルの問題が発生したとみなされる。通訳者は状況を把握し、

その固有名詞を直訳した後に、理解の負担を軽減するための説明の追加を行うこと になる。この場合の「説明の追加」は「語彙レベル」の明晰化ストラテジーと見ら れる。

                                                                                                               

3  「利用目的」と「活用レベル」は完全に異なる観点ではなく、関わり合うところがあり、どちらも目 的を軸にするものである。しかし、厳密に言えば「活用レベル」の観点による分類とは明晰化ストラテ ジーが情報処理プロセスにおいて発生するどのような問題に対処するものであるかをもとに分類する方 法であるのに対し、「利用目的」に基づく分類は明晰化ストラテジーの活用される目的を更に明確に特 定するための分類である。例えば、起点言語に「それ」という指示語が使われたが、この指示語は何を 指すか意味が不明であるという問題が発生する。この問題はある一つの単語に関わる問題であり、その 単語の意味を明確化すれば問題が解決されるために、「語彙レベル」だと認識される。通訳者は「それ」

の意味を明確化するように明晰化ストラテジーを活用した。このように、「活用レベル」と「利用目的」

という二つの観点を組み合わせて判断したところ、この場合の通訳者は「指示語の意味明確化」を「語 彙レベル」で「意味明確化のため」という目的に活用したと認定できる。

● 文 法 レ ベ ル の 問 題 に 対 処 す る 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー :訳出過程の情報処理プ ロセスにおいて発生する可能性のある文法的な問題に対処するための明晰化ストラ テジーである。

例えば、ベトナム語と日本語の文法の違いにより、ベトナム語目標テキスト(訳 文)において日本語起点テキスト(原文)で省略された主語を明示する必要がある 場合に活用される「主体の明示化」のストラテジーなどが典型的な例として挙げら れる。

● 談 話 レ ベ ル の 問 題 に 対 処 す る 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー :訳出過程の情報処理プ ロセスにおいて発生する可能性のある談話的な問題に対処するための明晰化ストラ テジーである。

例えば、起点テキストが非常に長い複文で分かりにくい場合に活用される「原文 の構成変更」のストラテジーが一つの典型的な事例として見られる。

ii. 「 必 然 性 」 と い う 観 点 か ら

● 義 務 的 明 晰 化 :明晰化を行わなければ、目標テキストが非文になるか、非常に 不自然な表現になり、相手にとって理解不可能なものになる可能性がある場合に活 用されるストラテジーである。義務的明晰化は、語彙レベル的、文法レベル的なも のもあれば、談話レベル的なものもある。

例えば、起点テキストにおいて文法的に正しくない表現、または非常に不自然な 言い回しがある場合は、そのまま情報を処理することができないために、訳出者は

「原文の不自然さに対応する処理」というストラテジーを活用する必要がある。こ のような場合は義務的明晰化に当てはまる。

● 任 意 的 明 晰 化 : 明晰化を行わなくても、メッセージはなんとか相手に伝わる が、やや不自然な表現、未整理のままの文の構成、両言語・文化の相違による認識 のギャップなどが相手の理解をある程度妨げるか、あるいは理解に負担をかける可 能性が生じることがある。このような場合に使用される明晰化を任意的明晰化とい う。任意的明晰化は、語彙レベル的、文法レベル的なものもあれば、談話レベル的 なものもある。

例えば、話し手の発言の意図を強調するために「程度副詞の付加」というストラ テジーを使う場合は任意的明晰化として認定される。

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