第 2 章 日本における謝罪の変容
第 8 節 謝罪構成の変質
1985年には、旅客機墜落事故のときに、社長が亡くなった乗客の家族に対して頭を下げ て謝ったが、2009年になると、ついにレストランの肉が大きすぎるから、鉄板からはみ出 すことについて頭を下げて謝罪するようになったのである。24 年の間にメディアの中の謝 罪は、真剣な「公開謝罪」から皮肉の「パロディー」まで、非常に大きく変化したのであ る。
本章のまとめとして、まず謝罪の20年間の歴史の道を説明する。謝罪は全体的に二つの グループに分けられる。それは謝罪が視聴者に何を伝えるべきかによる。謝罪の意味を持 つか、あるいは、娯楽として見せるつもりがあるのか。勿論、娯楽として見せるつもりと 思われるケースが 2009年以降しか存在せず、2009年までは謝罪の本当の意味しかなかっ た。その中でも、特に 1980 年代までは、見えない謝罪と見える謝罪に分けられる。見え ない謝罪は「伝統的謝罪」であり、謝罪者と被害者しか入っていなかった。見える謝罪は 1960年代から始まったテレビドラマの影響で見えるようになった。「伝統的な謝罪」と時 代劇の組み合わせで、視聴者に見せるための「公開謝罪」が 1980 年代ごろにまず新聞に 現れた。「公開謝罪」は見えない「伝統的な謝罪」の社会的な機能を持ち、時代劇の演技 的な特徴を持ち、現在まで見えなかったことを見せるために生まれた。この関係で、謝罪 者と被害者もメディアの前に現れ、彼ら 2 人の私的謝罪行為を公開するようになった。し かし、1990年代から謝罪者と被害者の私的関係から被害者がいなくなり、新しい、当時ま でなかった、メディア・イベントが生まれてきた。この「メディア謝罪」の違和感は私的 行為の重要な役が抜けていること、つまり被害者がいなくなったことである。実は、いな くなったわけではなく、本当の被害者は代役としての被害者、つまりメディアに移ってき たのである。視聴者とメディアが被害者の代理となった。この因果関係は図25で見えるよ うに次のようになった。「公開謝罪」では、被害者と謝罪者の間に相互作用があり、メデ ィアと視聴者が他人として外側から見ている。一方「メディア謝罪」では、被害者の役が 視聴者に移ったため、儀祖被害者、つまりメディアに謝罪者が謝る。
しかし、この距離はあまりにも遠くて、メディアが視聴者よりもっと重要な被害者とな った。簡単に言えば、第一の被害者はメディアで、第二の被害者は視聴者になった。一方、
メディアが第 1 の被害者になったからこそ、力が強くなり、メディア自体が謝罪会見のル ールを教え始めた。つまり、メディアにとってよくない謝罪が行われたとき、被害者の立 場から許さないという権利を振りかざし、もう一回謝罪させる傾向が始まった。謝罪者は メディアの力と期待に早く気付いて、適切な謝罪をできるように努力した。その適切な謝 罪を一番完璧に教えてくれるのはメディアよりほかにない。この理由でトレーニング企業 が生まれてきて、謝罪者に適切な謝罪を教えてきた。これが原因ですべての謝罪は似たよ うになり、謝罪パターンが決まった。しかし、メディアの前での発表に慣れてない謝罪者 は教えてもらった演技をやると「パフォーマンス」のようにしか見えない。この結果で
「パフォーマンス謝罪」が登場してきた。パフォーマンスは娯楽と非常に近いが、その時 の第一の目的はまだ被害者に許してもらうことであった。しかし、2009年に謝罪の歴史で ある急激な変化があり、「エンターテインメント謝罪」が生まれてきて、謝罪を娯楽の方 向に押してしまった。「エンターテインメント謝罪」はもともと「パフォーマンス謝罪」
であるが、メディアは謝罪として扱っただけではなく、娯楽のための番組を作っている。
つまり、「パフォーマンス謝罪」で見たセッティングと音声と照明全てはショーとして作 ってある。一方ショー化された謝罪とパフォーマンス化された謝罪はパロディーの道を開 いて、トレーニングによって決まったパターンの謝罪はパロディーの元になった。完全に 娯楽としての意味を持っている「パロディー謝罪」が登場してきた。20 年の長い歴史を持 つ謝罪の最後にパロディー化になった証明として、2013年に『謝罪の王様』という映画が 公開された。この映画は、謝罪の違和感を解き明かし、視聴者にすべての偽装謝罪方法を 見せる。この映画は基本的に謝罪のパロディーだけではなく、トレーニング方法の存在は がどこまで重要か、どんなに謝罪を間違っている方向に押してしまうかの証明でもある。
本章の目的は、「謝罪会見」という単語の中に含まれている全ての種類の謝罪を紹介す ることでもあり、その謝罪の変質の流れを明らかにすることであった。勿論、変質と言っ ても、すべての種類の謝罪は今も存在しているが、メディアとトレーニング企業の影響に よって新しく生まれてきた謝罪が多くなってきた。現代、私たちは「謝罪会見」として使 っている言葉の中には「公開謝罪」と「メディア謝罪」、「パフォーマンス謝罪」が含ま れていて、形式化された謝罪の広義の表現として使われている。
1985 年で見た頭を下げた謝罪と 2013年で見た頭を下げた謝罪は基本的に参加者の役の 変化で、そして新しい参加者が入ってきたためで、ルールも変わって、間違った方向に進
んでいた。一方、これらすべてはメディアとトレーニング企業の責任だけとは言えない。
もしそうだったら、欧米社会でこのような変化があるはずである。一方「メディア謝罪」
は日本の独特の行為である。なぜ日本だけで謝罪がこのような変化をしたのかを第 3 章で 見ていく。謝罪は日本の文化でどのような役割を持つか、その役割はどこから生まれたの か。さらに、なぜ日本のメディアがそこまで力を持つのか、なぜ娯楽としての謝罪が大事 だったのか。日本の謝罪の文化的な背景と日本のメディアの特別な構成と力、そして多メ ディアの競争のための娯楽のサービスを明らかにする必要がある。