第 4 章 謝罪の比較研究
第 2 節 政治家の謝罪
事件の概要
事例④ Bill Clintonの謝罪(アメリカ)
Bill Clintonは1993年から2001年までのアメリカの大統領であり、1995-96年にイン ターンとしてホワイト・ハウスで仕事をしていた Monica Lewinsky と交際をし始めた。
Lewinsky は交際について同僚に話をし、その話はテープに記録されていた。スキャンダ
ルは1998年1月に公開されていて、Clintonは交際を断った。しかし、1998年8月17日 に全アメリカに対して謝罪した。
事例⑤ 中川郁子の謝罪(日本)
中川郁子は日本の自由民主党の農林水産大臣政務官である。2015年2月末に同僚議員と 路上でキスをしたというスキャンダルが公開された。中川はスキャンダルが公開された後 に、2週間病院に滞在し、国会で謝罪させられた。
分析方法
事件を比較するため、YouTube に保存されていた映像を用いながら二つのケースの内容 分析を行った。アメリカのClintonの事件では、1998年8月17日に行われたABC放送局 が報道した謝罪313を対象にした。映像のタイトルは”Bill Clinton apologizes to America”
である。日本の中川の場合は2015年3月12日に国会で行われたNIPPON CHANNEL3314 にアップされた謝罪315を対象として用いて、比較研究をおこなった。Clinton の謝罪は 4 分15秒、中川のケースは1分40秒の長さであった。映像の内容分析の目的は、謝罪者二 人のパフォーマンス、言葉使い、表情に注目することでもあり、罪を認める方法も明らか にすることであった。
313 https://www.youtube.com/watch?v=tKi-byuzgXg
314 国会中継をYouTubeにアップするサイト
315 https://www.youtube.com/watch?v=5957yaSuueo
比較分析
二つのケースとも会見ではなく、謝罪の発表だった。アメリカのケースでは、一台のカ メラの前に Clinton が立って発表し、日本のケースでは国会の会議の場で中川議員が謝罪 した。しかしながら、日本のケースは謝罪会見と似たような構成であり、メディアではな く他の議員の前で謝罪を行った。
写21.Bill Clintonの謝罪の写真316
アメリカの大統領の謝罪ケースでは、すぐ分かるのが、非常に準備された状態で、謝罪 を行っているということである。映像の後ろに花束が設置され、大統領はずっとカメラを 見ながら話していた。4 分間、下を向いた瞬間は一回または、一回も見られず、自信に満 ちた状態で話していた。謝罪の構成を見てみると、
① 事実を説明する
② 嘘をついたこと、責任を認める
③ 国民を誤解させた理由
④ 私的人生に対する注意
⑤ やり直し
⑥ 今後の重要な仕事
一方、中川の場合は、事件後に 2 週間の休みがあり、国会に戻った後に謝罪させられた。
1分30秒の短い謝罪報告では、謝罪の表現と今後の仕事が含まれていたが、事実の説明が なかった。話し方は Clinton と全く違って、ずっと下を向いて、一度も上を見ていなかっ
た。これは反省の気持ちを表したかったのか。一方、Clinton は言葉では反省していたが、
顔の表情は謝ってはいなかった。それはClancy317が書いたように日本人は非言語的な表現、
たとえば顔の表現で後悔を表す一方、西洋人は言葉の表現に自信を持つからと考えられる。
写22.中川議員の謝罪の写真318
勿論、西洋人は言葉の使い方が上手とは言えないこともあるが、日本では表現、西洋で は言葉にもっとも注目されていることが事実である。言葉の選び方によって謝罪を柔らか くすることもできる。Clinton は謝罪発表の 40 秒に、嘘をついたことを認め、Monica
Lewinsky との交際も明らかにしたが、その言葉に自信を持ったままで、国民に謝ること
がなく、罪を認めることもなく、自分自身の罪を認めるように感じられる。
”As you know, in a deposition in January, I was asked questions about my relationship with Monica Lewinsky. While my answers were legally accurate, I did not volunteer information. Indeed I did have a relationship with Ms.
Lewinsky that was not appropriate. In fact it was wrong.” (00:36-00:55)
「みなさんご存知ように、1月の免職中にMonica Lewinskyとの関係について 聞かれたことがありました。私の返事は法的に的確でしたが、自ら進んで情報 を出していませんでした。確かにMs. Lewinskyと適切ではない関係にありまし た。事実として、これはよいことではありませんでした。」
嘘をついたことを全く言わず、あくまでも自分が言ったことが法的に正しくて、すべて の情報を出していなかったと発言した。つまり、自分の弱いところを見せず、強い大統領
317 Clancy, The Acquisition of Communicative Style in Japanese.
318 https://www.youtube.com/watch?v=5957yaSuueo
の印象を謝罪の最後まで残す。唯一弱さを見せているところは、家族について話している 場である。その一ヵ所だけで、謝罪の言葉を出す。しかし、その謝罪の言葉は国民に対す る謝罪ではなく、奥さんに対する謝罪だ。
”I know that my public comments and my silence about this matter gave a false impression. I misled people, including even my wife. I deeply regret that.”
(01:18-01:32)
「この問題に関する私のコメントと沈黙で不誠実な印象を与えたことを理解し ました、特に妻に対して。それについては非常に後悔しています。」
一方、中川の場合は、最初に発言するのが国民と皆様に対する謝罪である。
「私の軽率な行動のため皆様をお騒がせしたこと、深く反省しているところで ございます。」(02:26-02:41)
中川の謝罪行為から見えてくることは、使っている言葉の準備である。「申し訳ござい ません」と言う表現を使わず、自分の行為を「反省している」と述べた。謝罪を考えてみ ると、日本の謝罪会見で必ず現れているのが、「申し訳ございません」という表現であり、
国民に対する一番深い謝罪と考えられる。一方、反省しているという表現は、自分を罰す る行為に聞こえ、国民に対する謝る言葉ではないだろう。このように中川の謝罪は国民に とって、少し軽い謝罪とも考えられるが、顔の表情はそうではない。やはり、日本では自 分の弱いところを見せるのが美徳であるが319、全員のケースがそうではない。政治家の立 場まで進んだ人は力の強いところも見せないといけない。この理由で中川は謝罪につなが るお辞儀もしていなかったと考えられる。
プライバシー
中川の謝罪には複雑な行為が見える。謝罪していない状態で謝罪したのである。つまり、
外のプレッシャーに応じ、反省する姿を見せたが、日本の謝罪会見でいつも必ず見える行 動と言葉を口にしていなかった。その点で二つの謝罪は大きく異なっている。
中川は国会の場において他の議員(民主党の大西健介議員)からプレッシャーをかけら れた。
「早く地元に戻られて、そして地元のみなさんにご説明をされて、そして謝罪 をして回られる方がいいんじゃないでしょうか。まあ、それをされないという なれば、我々もこの問題を引き続き聞かなければならないと思いますけれども、
自ら身を引きなさる、そういうつもりはございませんでしょうか」(01:17-
01:35)
つまり、地元に戻るという表現は、投票してくれた支持者に自分の行動を説明すると考 えて、さらに、それをしないと「我々もこの問題を引き続き追及しなければならない」を 意味していると考えられる。つまり、私たちはその事件を忘れず、議員辞職されるまで、
ずっとプレッシャーをかけるという意味であろうか。なぜ、相手をそこまで追い詰めてい るのだろうか。
一方、今回の中川と Clinton のケースでも仕事とは関係なくプライベートの場で起きた 事件だった。勿論、メディアに出ている人の行為にみんな注目するが、プライベートの行 為は政治家という職そのものにも影響を与える可能性がある。しかし、二人ともそのバラ ンスをどのように取り、自分の文化圏に合わせて、適切な謝罪をするだろう。
中川が無視して反応しないと、日本社会、さらに他の党の怒りで事件を忘れさせてくれ なくなる。そこで、早く解決するためには、適切に反省することが必要であろう。
しかし、西洋人のアメリカ大統領はもっとも激しく違う態度を選んだ。
”Now this matter is between me, the two people I love most, my wife and our daughter and our God. I must put it right. And I`m prepared to do whatever it takes to do so. Nothing is more important to me personally. But it is private.
And I intend to reclaim my family life for my family. It`s nobody`s business, but ours. Even presidents have private lives.” (02:42-03:15)
「このことは私と私にとって大事な二人、妻と私たちの娘と神様の間の話です。
戻さなければなりません。そのために何でもやるつもりです。個人的にこれは 一番大切です。しかし、これは私的であります。私の家族を私の家族のため返 してあげます。これは私たちのみの用であります。大統領にも私的な生活があ ります。」
Clinton は国民を優しく注意し、この問題は他の人の問題ではなく、ただ奥さんと彼の 間の用であるとしている。更に「奥さんと私たちの娘と神様」の表現は、かなり多くの社 会グループに魅力を与える。筆者の意見では意図的に「私の娘」という表現ではなく、
「私たち娘」という表現を使うと、家族の大切さが含まれて聞こえるからだろう。更に、
神様の存在も表すと、多くのアメリカ人はキリスト教徒のため320、懺悔は神様の前で行う べきことであるため、国民が同情すると考えられる。
メディアの利用方法
メディアの利用によって、メディアは謝罪にどこまで係わることができるのであろう。
Clinton はメディアを完全に伝達者として使い、メディア記者あるいは他人が参加せずに、
一人でカメラの前で発表した。中川の場合もメディアは単なる伝達者として使われている が、他人の議員の前で行われた謝罪は、他人が謝罪に関わっているので、謝罪の成功が本 人だけではなく、他人からの批判にも影響をうけるだろう。カメラの前で、一人で話すと、
謝罪の成功の確率が上がるだろう。
Kellerman321とTavuchis322によると、政治家とリーダーが謝罪するかしないかは重要な 問題である。基本的に、政治家は自分の間違った行動をよく計算し、現在と将来的に影響 があるとしたら謝罪はするが、影響がなければ謝罪をしない。更に、用いるすべての言葉 が意味を持つので、注意深く言葉を選ばないといけない。Clinton の謝罪の目的は、まず はアメリカの国民との関係を回復、さらに自分の家族との関係をやり直すことであった。
そのため、自分の間違った行動を認め、”I was wrong”と述べた。Clintonの謝罪は成功 に終わり、謝罪後にメディアは大統領の仕事に注目した。大統領時代の最後の Clinton の 支持率は66%に戻った323。
320 アメリカ人の80%はキリスト教の様々な種類の宗教を持っている。
(www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/)