第 1 章 「謝罪会見」概観
第 4 節 形式化された謝罪
本章で明らかになったのは、2007年と 2009年にテレビに現れた「謝罪会見」のニュー ス項目に大きな違いがあるということだ。2009 年で、図 15 からわかるように、ヘッドニ ュースとしての「謝罪会見」が大きく減り、日常的に謝罪会見が報道されるようになり、
珍しさが薄れたと言えるだろう。また、図16から読み取れるように、謝罪が行われた事件 や事故の分野にも大きな変化があり、2007 年には食品偽装が多かったが、2009 年には個 人情報漏洩が多くなった。そして、ニュースの構成を比較すると、図17から見られるよう に、ニュース項目が短くなり、「謝罪会見」のニュースは 2009 年でフラッシュニュース として現れたものが多かった。つまり、メディアは何を謝罪すべきかを提示し、それにつ いて内部告発などが行われ、結果として件数が増えた。
(1)謝罪=頭を下げる
新聞とテレビにおける「謝罪会見」の大きな違いが図18に現れている。新聞の場合は編 集者によって、そのニュースを代表する一枚の写真が選ばれる。もちろん、テレビの場合 でも放送されている映像は編集者、または放送局の判断で編集されたものだが、写真のよ うに静止画ではなく、動画であるから連続的な場面が映し出される。ゆえにテレビの「謝 罪会見」のニュースでは視聴者にとって一番印象深い映像が選ばれる。これが頭を下げて いる姿である。新聞の写真は、必ずしも頭を下げている姿ではないが、テレビには必ず頭 を下げている姿が見られる。つまり、テレビでは謝罪を表現するため、頭を下げている姿 が大切なのである。換言すれば、動画で反省を示すためには、頭を下げることが必要なの だ。
(2)パターン化された謝罪、謝罪トレーニング
図19と図20を総合するとわかるのは、2009年に「謝罪会見」の定型パターンが登場し たことである。2007 年にはさまざまな種類の「謝罪会見」が放送されていたが、2009 年 には決まったスタイルになっていた。それは、ニュース項目の最初の部分で立った状態で 頭を一回だけ下げることである。
しかし、なぜ 2009 年に「謝罪会見」の標準となるパターンが成立したのだろうか。新 聞研究で説明したように、2007年には多くのメディアに注目された「意味がはっきりしな い謝罪」が放送され、それらに対してメディアが強く批判した。「意味がはっきりしない
謝罪」が行われると、メディアの強い批判によって不祥事を起した人の名前は不誠実なイ メージと結びつけられるようになる。このようなイメージは、その人のその後の社会活動 をも困難にする。自分の名前が不誠実なイメージと結びつけられないために、「正しい謝 罪会見」をしようとする。では、正しい「謝罪会見」とはどんな会見であろうか。これに ついては、それを教えるための、PR 会社などによるメディア対応のトレーニングがすで に存在している38。メディア対応のトレーニングの中で、「謝罪会見」のトレーニングが なされ、2009年にはメディアに批判されない「正しい謝罪会見」のパターンが生まれてき たのだろう。まだ 2007 年には、謝罪会見で何をすべきかが明らかではなかったが、おそ らく 2009 年には、トレーニング企業の活動状況からさまざまな企業で「謝罪会見」のト レーニングが行われていたと推測され、その結果 2009 年には物議を醸すような「謝罪会 見」が少なくなったのだろう。もちろん、メディアで謝罪した人が皆トレーニングを受け ていたとは言えない。むしろ、一部の企業に対するトレーニングによって、メディアの中 に手本となる「正しい謝罪会見」が現れたから、トレーニングを受けていない人も、それ を真似することで、「正しい謝罪会見」をすることができたのだろう。
2007年に出版された本の中で中島は、「謝罪会見」を開くときに気をつければならない ことを注意している。
会見者全員が立ち上がり、謝罪の言葉を述べながら記者団に向かって頭を下 げます。その目的は、カメラマン、テレビに、「不祥事、緊急事態で社会に不 安を投げかけている会社のトップとして率直に謝っている姿を撮ってもらうた め」です。(中略)お辞儀した姿勢で「5秒間」は静止していただきたいと思い ます(5秒ルール)。(中略)その5秒ですが、「ひゃくいち、ひゃくに、ひゃ くさん、ひゃくよん、ひゃくご」と「百」をつけて心の中で数えるとよいとさ れます。(中略)お辞儀の最後で笑う人が少なくないのです。実は、正確にい うと笑っているのではなく、ホッとして顔の筋肉がゆるんでしまい、笑ってい
38 2006年3月4日の朝日新聞東京版には、ギャビン・アンダーソンやフライシュマン・ヒラード・ジャ
パンなどのメディア対応のトレーニングを行う企業が紹介されている。「不祥事や事故が起きてしまった 場合、新聞やテレビの取材にどう対応すればいいのか。万一に備え『メディアトレーニング』を受ける企
るように「見える」のです。「会社を代表してきちんとお辞儀をしなければな らない!(中島 2007:214-217)
「メディア・トレーニング」において何が重視されるかは、電通のホームページでこう 書いてある。
一般的に「記者会見」で重要なのは、メディアの方々に誤解や曲解を与えな いことです。「この会見では何をどこまで伝えなければならないか」を前提に 準備し、正確に、こちらの意図通りに伝えるためには、(1)わかりやすい表現で、
(2)誠実な態度(伝える姿勢・熱意)で、そして(3)あらゆるツールを駆使して説 明することが基本です。電通PRは、メディア・トレーニングルームを設置し ています。このトレーニングルームは、記者会見や記者発表会の演習室、個別 インタビューの練習室、そして講評室の三つの部屋で構成されています。(中 略)これらを駆使し、「緊急お詫び会見」であれ、「M&A」や「新製品の発 表」であれ、お客様が如何に工夫をして説明を試みるかを我々スタッフが厳し い眼でじっくりと観察いたします。(中略)インタビュー練習室は「大企業の 役員応接室」を想定し調度類を整えました。壁紙やカーテンも、背景としてイ ンタビューを受ける方の顔が映える色調、デザインを吟味しました。また講評 室は、スポークスパーソンを含む関係部署の方々数名がお入りいただけるスペ ースを確保し、ここにモニターとビデオデッキを設置し、収録した映像をご覧 いただきながら、講評とディスカッションを行ないます39。
ニュースでの街頭インタビューについても 2007 年と 2009 年では違いがあった。図 21 のように、2007年にはニュースの中に街頭インタビューによる「視聴者の声」が多かった。
しかし、2009年になるとそれが大きく減ってしまった。視聴者の意見はいらなくなったの だろうか。それは、インターネットで意見を出す視聴者が増えたという理由か、2007年で は視聴者に代弁させていた判断を 2009 年にメディア自身でいうようになったとの理由も 考えられるだろう。謝罪会見に関するニュース全体の放送時間が減ったことも原因のひと
39 http://www.dentsu-pr.co.jp/servicemenu/01.html 2010.01.10
つだが、反応に面白味がなくなったのも原因のひとつだろう。あるいは、2009年には「謝 罪会見」の形が形式されたため、この決まった「謝罪会見」のパターンをメディアが認識 したことで、視聴者の存在はいらなくなったのだろうか。視聴者の声がいらなくなったの が、インタビュー調査の結果として、視聴者が期待している「謝罪」と実際に放送されて いる「謝罪」が一致していないことがその証左といえるだろう。
(3)謝罪者ー視聴者ーメディアの三角形
三者の不思議な関係を理解するため、二つの図を比較してみる。
図22を見てみると、ある企業が不祥事を起こし、社会的な評判が落ちてしまう。この落 ちてしまった評判をもとに戻すため「謝罪会見」を開く。「謝罪会見」にメディアが注目 し、注目を失わないため、できる限り謝罪の批判ができそうな点に注目し、報道する。報 道する時間が長ければ長いほど、ニュースはもっと注目を得る。謝罪が正しくない場合は、
メディアからのプレッシャーにより再び謝罪させ、メディアにもっと厳しい目で見られる。
二~三回謝罪を繰り返すと、評判をもとに戻すことができなくなってしまう。
一方、図23を見ると、同じようにある企業が不祥事を起こし評判が落ちるが、謝罪を正し く終えると、メディアの注目がもうなくなれば、評判を元に戻すことができる。
図22と図 23の企業の間の違いは、図 23の企業は正しい謝罪ができるようにトレーニ ングを受けていたか、それまでのメディア報道により認識されていた謝罪会見の形式を理 解していたこと。企業へのトレーニングでは、はじめに、メディアが謝罪として何を認め、
何を認めていないかをトレーニング企業側が理解し、クライアントに教える。この関係と 行為が繰り返されることによって「謝罪」がパターン化されて、セットが決まっていくの である。一方、よく考えてみると、この流れから謝罪を受けるはずの被害者が排除されて いることがわかる。この理由もあって 2009 年に「視聴者の声」が少なくなってしまった のだろう。
2009年の「謝罪」は視聴者のためではなく、第一義的にはメディアのために行っている。
メディアの前に謝罪で合格するかどうかは、トレーニングによる。しかしパターン化され た謝罪は視聴者に当然気に入られているとは言えず、前述のインタビュー調査においてパ ターン化の謝罪のシンボルとなった「頭を下げること」と「申し訳ないという言葉」は要 らないという意見がこれを表しているであろう。視聴者はパターン化された「謝罪会見」
より、「説明会」を期待しているのかもしれない。
パターン化されたことの原因は二つ考えられる。一つがメディア側とトレーニング側の 関係が強くなり、お互いにサポートをしていることであり、トレーニング企業はメディア で行われる謝罪をサポートするサービスとして生まれ、トレーニング側がメディアの要求 に合わせた謝罪を形式化していったということである。もう一つとして考えられるのが、