第 4 章 謝罪の比較研究
第 3 節 企業謝罪(事故)
ハンガリーと日本でそれぞれ一つずつ注目されていた重大な事故を選んだ。二つの事故 のレベル、死者の人数などは大変類似していた。
事件の概要
事例⑥ 笹子トンネル事故(日本)
2012年12月2日午前8時5分に、山梨県大月市笹子町の中央自動車道上り線笹子トン ネル大月市側出口から約 1700 メートル付近で突然天井のコンクリート板(1.7 トン)が 130 メートルにわたって落下した事故があった。走行中の自動車 3 台が巻き込まれ、死者 が 9 人であった。笹子トンネルを管理運営していたのは、中日本高速株式会社(以下、中 日本高速道路)(NEXCO )である。
事例⑦ MALの事故(ハンガリー)
2010年10月4日12時25分にハンガリーの北西町アイカ市にあるアルミニウム工場で 廃棄物集積ダムの壁が壊れ、80万立方メートルの赤泥が流出し、周りの村を押し流し、10 名の死者を出した。アルミニウム工場を管理運営していたのが MAL ハンガリーアルミニ ウム製造販売株式会社である。
分析方法
事例研究のため、それぞれの国の購買率がもっとも高い新聞、日本では読売新聞324、ハ ンガリーではネープサバドシャーグ新聞325を選んで調査対象とした。
二つのケースともオンラインデータベースにキーワードで検索を行い、記事を集めた。
日本の場合は、読売新聞で「笹子トンネル」と「中日本高速道路」と入力し、ハンガリー の場合は、ネープサバドシャーグ新聞で「赤泥」(vörösiszap) と「MAL 株式会社」(MAL Zrt.)のキーワードを入力して、記事を検索した。二つの事故の場合とも、事故が起きた日
324 一日の全国版売部数は900万部で、東京本社版一日部数は650万部
325 一日の部数は8万1980部
にちから30日以内にデータベースに登載された記事を調査対象とした。読売新聞で 31件、
ネープサバドシャーグ新聞で28件を確認した。
新聞以外にハンガリーの場合は民間放送局のRTL Klub326とTV2327の映像も内容分析の ため利用した。
比較分析
笹子トンネルの事件が起きた日の午後 2 時、中日本高速道路株式会社は記者会見を開き、
金子剛一社長は深く頭を下げ、「大きな事故を起こして大変申し訳ない。行方不明者の救 出を第一に考えています」と謝罪し、「なぜ崩落したのかわからない」と繰り返した。次 の朝 9 時に改めて会見を開き、保全・サービス事業本部長は「9 人が亡くなっており、心 からご冥福をお祈りいたします」と再び謝罪した。
事件直後にメディアが注目したのが、中日本高速道路の謝罪と事故の原因についてであ った。中日本高速道路はメディアに「なぜ落下したのか分からない」と述べつつ、原因と なるさまざまな可能性についてメディアに説明した。さらに、事故の次の日に、中日本高 速道路は事故にかかわった被害者に対して、相談を受ける専用ダイヤルを設置した。その 上、経営しているすべての高速道路を改めてチェックする約束もした。
事故直後、国土交通省は事件の調査結果を報告した。その次の日、業務上過失致死傷容 疑で中日本高速道路本社と他6ヵ所の捜索を行い、保守点検資料など約 550 点を押収した ことが、新聞に報道された。事故3~4日から新聞はすでに公開された情報を繰り返し、特 にトンネルの管理とチェックの仕方に注目した。一週間後、中日本高速道路は安全点検が 不十分であったことを認めた。そして二週間後、国土交通省は中日本高速道路を安全点検 の再検討をするように指示した。
326 RTL Klubはドイツの本社のCLT-UFAの子会社であり、1997年10月7日にハンガリーの民間放送局
写23.MAL Zrtにおける被害328
一方、ハンガリーのMAL事故の場合は、事故直後に謝罪会見は開かれず、MAL株式会 社(以下、MAL)は、メディアに現れなかった。当時、事故直後、衛生局によると、「赤 泥は重金属を含み、呼吸器や消化器に入ると有害な影響を及ぼす」、あるいは「赤泥は肌 に触れると、ただれるなどの影響を及ぼすので、水でよく洗い流すように」との説明が繰 り返された。MALの本社が出した情報は、「赤泥はEU基準に照らせば、有害物質ではな い」329ということであった。
MAL の社長らは、事故後三日までメディアの前に現れず電話のみで質問に答えた。
MALは、「事故が起きた日の朝、ダムは検査され、異変はなかった」と述べた。一日後、
MAL の議長は「私たちは失敗していなかった」「MAL の従業員は全て規則通りにやった ので、災害の原因は分からない」し、また「事故一時間前従業員はダムをチェックし、損 傷個所がなかった」と述べた。流された村の住民は、MALが赤泥水をダムの許容レベル以 上に入れたことを知り、メディアにもこの情報を流した。
328 写真:Varga Gyorgy MTI(左)、mno.hu(右)
329 家田, “ハンガリー産業廃棄物流出事故に見る東欧とEU の境界:赤泥の定義をめぐる二重規範.”
一方、MALはこの批判に「現在、私たちは将来の被害がないように全力をあげており、
証拠がない情報には答えたくない」と語った。事故三日後、初めてメディアの前に現れ、
工場の入り口の門の前で質問に答え、亡くなった被害者に対する感情を表明した。当時、
ハンガリーのメディアTV2が字幕で書いたテロップは、
「責任の問題」
であった。社長は、紙を見ながら読み上げたのは、「最初にこれを言わないと、どうして も正直にならないが、被害者と死者の遺族に非常に残念な気持ちを伝えたい」であった。
写25.MAL Zrtにおける被害
事故二日後、地方開発省の副大臣は MAL に業務停止命令を出した。当日、被害を受け た村の住民はMALと相談会を開き、その場にメディアも呼んでいた。一方、MALの社長 らは現れなかった。代わりに MAL の技術部長が登場したが、彼は答える権利がなかった から、質問に一つも答えられなかった。翌日、警察が調査を始め、証人を探した。事故四
写24.MAL社長の謝罪の写真330
この金額はさらに被害者の怒りをつのらせた。右の写真331に赤泥で「MAL どうも」と書 いている。
同じく事故四日後、ハンガリーの首相は現場を視察し、被害者に会った。メディアに
「ここは救い出すものがなく」また「私たちはたくさんの命を失い、この場所の生活環境 が打ち壊された。この事故に対して誰かが責任を取らなければならない。責任と罰則は被 害とのバランスに合わせなくてはならない」と述べた。10 月 11日の事故から一週間後、
首相は国会議事堂で MAL の社長の逮捕を発表したとき、大きな拍手をもらった。当時の スピーチでは、「金持ちは逃げ出して、貧乏人が苦しんでいることはもう許さない。ハン ガリー政府は国民のために働くことを証明する時だ。そのため、MALを今日から政府が支 配する」と述べた。国会議員は賛成した。
事故十日後、警察は MAL の技術システムとオフィスを管理下においた。国会議員は調 査官を選び、MALはハンガリー政府が事故による補償に使った金額を返却するまで調査官 が会社の管理を続けるとした。調査官は、「工場の稼働は週末から再開する」と述べた。
その次の日に、地方開発省の副大臣は『MALはダムの調査に対して嘘をついている』と述 べた。翌日、MALの社長は警察から釈放された。
10月21日事故15日後、MALの弁護士は次のように発表した。「MALは事故に関する 責任を取らないが、これから5年間毎年3億フォリント(約1億3600万円)を被害者の サポートのため政府に振り込む」とし、さらに「専門家によると、事故の原因は地下10メ ートルの深さでのダムの決壊だ。この決壊の原因として考えられるのが、夏の大雨だ。そ う考えると、事故は自然災害だと思われる」。しかしこの結果とは関係なく、裁判では MALが事故で家を失った全ての家庭に1千万フォリント(約450万円)を支払う判決を出 された。同じ日にMALの常務取締役は辞任した。理由は、現在の事件でMALが世間に注 目され、ドイツ人の常務取締役はハンガリー語を話せないため、役に立たなかったためで あった。
危機管理準備の相違点
二つの事例を比較すると、はっきり分かるのが、中日本高速道路が事前によく準備して いたことである。中日本高速道路は、事故の前に危機が起きた時の計画を持っていた。こ
331 http://jobbik.hu/hireink/jobbikos-nyomasra-vegre-karteritest-kapnak-vorosiszap-karosultak
のため、事故直後、記者会見を開き、二回も謝った。一回目は社長が、二回目は保全・サ ービス事業本部長が謝罪した。また、彼らは二回とも、かなり言葉使いに気をつけている のがよく分かる。必ず、「責任」という単語を口に出さず、被害者の家族に対するお詫び を強調している。勿論、事故が起きたことに対して謝罪はするが、それは責任を取ること とは同義ではない。彼らの言葉使いは将来のことに言及し、過去の行動と過去のことにつ いては避けられていた。
一方、ハンガリーのMALは、危機に対する準備がまったくなかった。最後にMALは、
官報に公告させられたが、彼らが強調したのは、「MALは全て規則通りにした」というこ とである。MALの大きな一つの失敗は、記者達に情報を流していないことで、これによっ て、記者が自分たちで情報を調べることに邁進させ、結局、記者達が取り上げた記事と報 道がMALにとって致命的な情報になってしまった。
企業イメージ・責任
中日本高速道路の危機管理計画では、企業イメージを守るための行動もあった。否定的 な立場を取り戻すため、彼らは有料高速道路をある期間帯に無料で使用できるようにし、
さらに反省の気持ちと企業のイメージアップの宣伝もした。これにはパターン化された方 法が見えてくる。まず謝罪して、その次はこれからの変化の約束をして、最後に企業広告 をする。一方、ハンガリーの場合は、注目していたのが企業イメージではなく、財務の責 任であった。一番重要なテーマとして取り上げたのが、支払いの金額、その金額の源泉と 安全なダムを建設することであった。
謝罪の差異
文化的な文脈での謝罪の違いは儀式的な行為のレベルである。日本では、このレベルが 非常に高くて、メディア謝罪が非常に儀式化されている。その一方、ハンガリーではこの レベルがとても低い。
分析からよく分かるのが、中日本高速道路の謝罪会見は企業の評判を守るために行われ