第 4 章 謝罪の比較研究
第 1 節 俳優の謝罪
芸能人はリーダーと同じように、成功すると英雄になり、失敗すると犠牲者となる299。 失敗した場合に謝罪するのは、ファンとメディアの怒りを収めて、自己の名声を元に戻す ことである。芸能人の事例として取り上げたすべてのケースで、お酒を飲みすぎたり、麻 薬を使用したりする状態で起こした事件であるが、Gibsonと草彅のケースは法的な問題は なく、Stohl の場合は裁判で判決が出された。芸能人の場合、実際の事件に対する謝罪会 見ではなく、カムバックの謝罪ショー、またはインタビューに注目した。
事件の概要
事例① Mel Gibsonの謝罪(アメリカ)
Mel Gibson(アメリカの人気俳優)は2006年7月28日に酔っ払っい運転をしたことで
警察に捕まり、警察の車で警察官に「お前はユダヤ人でしょう。ユダヤ人は世界のすべて の戦争の責任者だよ」と言った。この反ユダヤ主義の表現が多くの人々の気持ちを傷つけ た。GibsonはGMA Exclusiveでインタビューに応じ、当時の気持ちについて語った。
事例② Stohl Andrasの謝罪(ハンガリー)
Stohl Andrasはハンガリーの人気芸能人である。俳優でもあり、多くの番組でアナウン
サーとして勤めていた。2010年、酒を飲み酩酊状態で車の事故を起こし、事故に巻き込ま れた二台の車に乗っていた人が数人怪我をした。彼は、事故後すぐメディアと劇場の仕事 の半分以上を失った。裁判の判決は有罪で、5 か月間刑務所に入った。刑務所に入る前に 自分の心境についてのインタビューを受けている。
事例③ 草彅剛の謝罪(日本)
草彅剛は日本のアイドルグループ SMAP のメンバーである。2010 年酩酊状態で、東京 都内の公園で裸になって騒ぎ、警察に逮捕された。事件後すぐにSMAPと一緒の仕事を一 時期失い、放送されていた広告が休止され、5 週間の謹慎が課せられた。謹慎が終わって から、生放送のショーで改めて謝罪し、復帰した。
299 Kellerman, When Should a Leader Apologize—and When Not?
分析方法
事件を比較するため、YouTube に保存されていた映像を用いながら、三つのケースの内 容分析を行った。本節では、特に事件後の謝罪会見ではなく、カムバックの時のショー、
あるいはインタビューの映像を分析した。勿論、すべてのケースにインタビューとショー の中に謝罪が含まれている。
アメリカのGibsonの事例については、2006年7月28日に行われ、8月1日にインター ネットにアップされた謝罪の手紙300と2006年10月13日にGMA Exclusive Good Morning
America(ABC チャンネル)で放送された 20 分のインタビューを研究対象として用いた。
2010年5月8日に起きた事故後にすべての放送局がStohlについて報道した。その中で も、RTL Klubの民間放送局で9分間のニュースとFokusz番組の4分間の映像を対象とし た。更に、裁判での有罪判決後に行われ、ケーブルテレビSTORY4で放送された17分の インタビューを対象として用いた。
日本のケースでは、草彅剛の5週間謹慎後のカムバックショーを対象とした。2009年6 月1日に『草彅剛復帰SPECIAL LIVE』というタイトルの番組がフジテレビで生放送され た。24分の生演奏とBistroSmapの番組を比較対象として用いた。
比較分析
アメリカとハンガリーのケースは非常に似ていることが分かった。二人の芸能人ともに 自分の失敗を認めていたが、今までとは違うようにそれを発言した。
”Are those anti-semitic words? Oh, yeah, yeah, sounds horrible. And I’m ashamed of that. That came out of my mouth. That’s not who I am, you know?”
「反ユダヤ主義の発言でしたか。 そう、そう。ひどいでしょう。本当に恥ず かしいですよ。口から勝手に出てきましたよ。でも、私はそんな人じゃないよ、
分かるでしょう。」301
Stohlの場合でも似たような自己バッシングが見える。
”Nem csak a bácsi lábát sikerült eltörnöm, hanem úgy tűnik, hogy az életemet is ketté törtem… Erre nincs mentség. Számtalanszor mondták, mindig mindenki, Ancsika, anyukám, nővérem, gyerekeim. Mindenki felé csak lelkiismeretfurdalással tudok tekinteni, mindenkinek igaza volt, én voltam a hülye…Tudom, hogy erre nincs bocsánat, de ha lehet bocsássanak meg nekem az emberek. ”
「おじさんの足を骨折させただけではなく、自分の人生も骨折してしまいまし た。私の行為に対して言い訳はありません。何回も言われて(酔っ払って運転 することについて:筆者)、奥さんに、お母さんにお姉さんに私の子供にも、
非常に罪悪感があります。みんなが正しかったです。私はバカでした。許され ないと思いますが、可能なら許してください。」302
二つのケースでも、自己バッシングをしているのが確認できる。他の人に謝るより、自 己バッシングを他の人に見せる。謝るより、自分の罪を感じていることを外に出す。大谷 が発言したように、「自分の面子を自分で潰して、先に罰することです。人に罰せられる 前に先に罰する。そうすると、心情的にもうそれ以上言えなくなってしまいます」303。そ のため丸刈りをして、自己バッシングを見せているのだとしている。一方、外国の芸能人 のインタビューでも同じように自分を罰する行為が見えるので、このような行動は外国の 丸刈りであるとも考えられる。筆者により、国民の怒りを定めるためにGibsonもStohlも 自己バッシングのプロセスを発言した。一方、意図的にやっていたのか、自然的にやった のかは判断しにくい。また、怒りがこの行為によって収まるかどうかは疑問である。
302 https://www.youtube.com/watch?v=qxwdFtJmpnA
303 “丸刈りでおわび!?ニッポンの”謝罪”.”:21:02
写18.Mel Gibsonの謝罪の写真304
更に、二人のケースでは今回起こった事故を、一種の祝福として考えている。
”That`s the price you paid. Because sometime that`s what you need. In my case public humiliation in a global scale seems to be required.”
「これは自分の行為の代償です。誰でもどきどきあるでしょ。私のケースでは、
世界的な規模恥さらしになったみたいですね。」305 一方、ハンガリーのStohlは、
”Ez a legemberségesebb ítélet ami most történt. Engem széttéptek volna..
hogyha én felfüggesztettet kapok. Az életben nem mostam volna le hogy megvettem az ítéletet. Így meg normálisan végig tudok menni az utcán.”
「これは一番人間らしい裁判の判決です。私は執行猶予をもらうと、みんなに 怒られると思います。一生、賄賂じゃなかったと証明できないです。こうすれ ば、普通に道を歩けるようになります。」306
二人の場合、自己バッシングとともに、自己確認も現れる。自分の行為を認めていつか このようなバッシングが要求されていることも述べている。否定的なことでも積極的な部
304 GMA Exclusive Good Morning America 2006年10月13 https://www.youtube.com/watch?v=FDfUhlBgfoU
分を見つける。例えばそれは、今まで他の人に怪我をさせたことがなかったことである。
更に、ハンガリーの場合は自分の失敗をネタにし、本を出版することにもなった。
それは、ただの公的な懺悔であるか、あるいは失敗から利益を得るために書かれていた かは疑問である。しかし、海外の場合は事件が謝罪だけで終わるわけではない。
Gibson は、ユダヤ人コミュニティに公的な手紙を送って、謝罪し、さらに謝罪を証明す るための最初のステップとしてユダヤ人に会って、話をしたいと書いた307。それとともに、
アルコール中毒であることを理解し、治すためにカウンセリングへ行った。インタビュー の最後にユダヤ人コミュニティに寄付する話も上がってきた。
Stohl の場合は、法的な処罰としてドラッグセラピーに行くことが課せられ、ボランテ
ィアでハンガリー全国の高等学校を回り、麻薬の悪い効果についてのプレゼンテーション をすることとなった308
写19.Stohl Andrasの謝罪の写真309
二人のケースでは長いインタビューが行われ、行為の原因を探した。家族問題、アル コール中毒などについて正直に話し、深層面接のような話が行われた。重要なのは、二つ のケースとも日本とは違って、一対一のインタビューである点である。つまり、お客さん の参加はなく、親密な状況を作り、事実を説明するイベントが作られた。このインタビュ ーには二つの意味が考えられるだろう。一つは謝罪者の否定的なイメージを自己バッシン グの話によって増加させることであり、もう一つは謝罪につながるメディア・イベントを 作り、視聴率を高くすることである。謝罪者にとっても視聴率が高ければ高いほど効果が あると考えられている。
307 Gibson, “Mel Gibson’s Apology to the Jewish Community.”
308 https://www.youtube.com/watch?v=PZTaufEp5H0
309 https://www.youtube.com/watch?v=YVsPEC2EPoY
写20.草彅剛の謝罪写真310
一方、日本の草彅の謝罪ショーを見てみると、まず明らかなのは、カメラの前だけで行 われているショーではなく、お客さんも参加するイベントであることがわかる。それは、
お客さん=社会の反応もすぐ見せる行動とも考えられる。更に、お客さんの泣き声、叫び 声を放送することで視聴者を上手く惹きつけることができるだろう。
外国のGibsonとStohlの発言と草彅を比較すると、草彅は他の人、客、視聴者の目線か ら話していることが多い。「本当に申し訳なく思い」「みなさんに迷惑をかけてしまって、
心配かけてしまったんです」「皆様、温かく声をかけてくださる」311など自分を他人の視 点から見て話すことが少なくない。一方、アメリカとハンガリーの場合は、このような表 現は非常に少ない。Gibsonの場合に一度、ユダヤ人の気持ちを理解していなかったという 表現があった。その違いは、集団主義と個人主義の文化の違いから来ているだろう。つま り、集団主義の日本人は他人との調和を守るため、自分の目線から事件を見ているではな く、集団に対してどれぐらいの迷惑をかけたかで自分を判断する。一方、個人主義のアメ リカ人とハンガリー人(特にハンガリー人)は、今回の事件は自分にとってどれぐらいの 不利益を起こしたかをまず見る。
しかし、日本の場合でも他人からじゃなくて、自分の視点から言及することも見えてく る。