第 3 章 謝罪・メディア・社会
第 1 節 ニュースからイベントへ
(1)ニュースの作り方
現在の社会では、インターネット、テレビ、新聞、携帯電話などによって国内および国 際ニュースをたくさん得ることが出来る。その多くのニュースから、私たちは自分たちの 好みであるニュースを選択し、読んだり、聞いたりする。一方、その読んだニュースがど れぐらい正しいのか、どれぐらい現実通りに伝わっているのかは視聴者にはわからない。
平気でうそを書いたりするメディアも存在するので、すべてのニュースが正しいとは言え ないだろう。まず、信頼性を高めるための一つの方法は、ニュースを作ったメディアソー スの名前を確認し、そのメディアの過去の評判を考えながら判断することである。筆者の 経験でこのことを重要だと感じたのが、2011年3月11日の東日本大震災の時だった。国 際ニュースだけではなく、日本国内のニュースの中にも、あまりにも違うニュースが流れ、
どれを信じればよいかが全くわからなかってしまった。
なぜ、ニュースはそんなに違ってしまうのかと考えるためには、記者の目線からニュー スを作る時に重要なポイントが何なのかを見てみないと分からない。ニュースを作る時に 大事なファクターはいくつかあるが、その中でもっとも記者の目線から外れてはいけない のが、次の五つである49。
① ニュースは新しいものであること
② 魅力的であること
49五つのポイントを考えながら記者はニュースを作る。しかし、主なメディアはスポンサーとから広告か ら収入を得ているので、この理由で、メディアは視聴者を満足させるだけではなく、スポンサーを満足さ せることも必要となある。つまり、メディアが報道するニュースでは、まずスポンサーを満足させる必要 があるが、視聴者も同時に満足させられるかどうか保証はない。そのために、メディアはニュースを報道 するときに、自分の放送局を経済的に支える企業の権益も守らないといけない。一つの例をあげると、
2011年にの東日本大震災の時、福島にある第一原子力発電所は大きな被害を受け、日本の各放送局はそ れについてさまざまなに異なったニュースを報道した。ニュースがその異なったニュースの理由はとし て、東京電力がたくさん多くのの放送局に広告を出していたため、自局のスポンサーについて気を付けて 配慮したために、報道した局が少なくなかったと考えられる。一方、震災での被害があまりにも大きかっ たため、福島第一原子力発電所については外国のメディアでも報道され、日本のメディアのニュースとは
③ 量的に視聴者の注目を得るものであること
④ 地域との関係が望ましいものであること
⑤ 規則違反、つまり道徳的なルールを破る事件、または政治的なルールを破る事件は 視聴者の注目を得ること
このようなファクターにあてはまる事件を伝えると、メディアに対する視聴者の関心が 高まる。
ニュースが異なっているもう一つの理由としては、メディアの数があまりにも多く、視 聴者の数を増やすために競争をしていることがあげられる。競争に勝つために視聴者を得 る方法の一つは、ニュースを面白くすることである。
娯楽の方法へ
テレビニュースは他局との競争による影響で、視聴者にニュースを報道するとき、事件 を分かりやすくするための例を出したり、ドラマチックでセンセーショナルな方法でニュ ースを紹介したりして、視聴者を納得させる。しかし、これによってニュースをそのまま 報道するという目標が失われてしまう50。視聴率の競争はニュースを客観的なジャーナリ ズムよりもっと視聴者を楽しませる方向へ流されているとよく批判されている51。 マス・
メディアはデモクラシーの背骨を構成する。メディアの民主的な機能は社会・政治的な発 展を監視しながら、関連するテーマを確認し、ディベートのための場所を提供することで もある。しかし、評論家によると、ニュースは報道するより楽しませる傾向に向かってお り、イデオロギーよりパーソナリティに注目している。つまり、言葉を言い換えると、ウ オッチ・ドッグが間違ったタイミングで吠えるとも言えるだろう52。
大衆化されたメディアでは、悪いもの、奇異なもの、恐ろしいもの、危険なものは重要 な役割を持つ。恐怖と危険はメディアにとって非常に魅力的なニュースである。恐怖と危 険は具体的な事件が起きるまでは目に見えないものなので、メディアが危険を確定する原 因を選ぶのに重要な役割を持っている。つまり、事件が起きるまでに、あるものは危険か
50 Fog, The Supposed and the Real Role of Mass Media in Modern Democracy.
51 Abramson, Four Criticism of Press Ethics.
52 Fog, The Supposed and the Real Role of Mass Media in Modern Democracy.
どうかを判断するのがメディアである。さらに、報道することによって、メディアは私た ち視聴者に、あることについてどのように考えればいいかをよく教えてくれる53。例えば、
事件を紹介するとき、メディアはなぜその行動は不適切であるかも説明する。規則違反の 事件は視聴者に道徳的評価と一緒に紹介される。つまり、メディアにとっては視聴者に軽 蔑と尊敬を提示するチャンスがある事件が望ましいニュースである。そのため、メディア は道徳のメンテナンスと再生に大きな影響を持っている54。
(2)情報収集からニュース作りへ
新聞は初めて出版されたころは、ニュースの取材方法は現代のものとは大きく異なって いた。新聞が定期的に出版されるようになってから、ニュースの数も増えてきた。世界で はたくさんの出来事があると思われたが、新しいニュースがなかったとき、それはジャー ナリストの責任であるように考えられた。二十世紀に入って、新聞の発行が多くなるとと もに、新しいニュースを出す期待が高まってきた。新しい出来事がなくても、ジャーナリ ストが探すべきとされ、見つからなかった場合は、作るべきであるという傾向へと向かっ た。
毎回同じニュースを繰り返さないため、新しいニュースを出すためのメディア・イベン トに対する要求が高まった。ニュースを集める傾向はニュースを作る傾向へと向かった。
インタビューはニュースを製作するための奇抜な方法であった。最初のメディアイベント としてのインタビューを1859 年に行ったBoorstinによると、私たちの社会では、神様よ りジャーナリストが世界を面白くするための責任があるという55。
「私たちはジャーナリストに仕事を与え、私たち視聴者に興味を起こさせるため、
神様の代わりにジャーナリストにストーリーを書かせる。」56
メディア・イベントは嘘か
53 Ibid.
1962年にメディア・イベントはPseudoイベントとして、初めてDaniel J. Boorstin57に よって提唱された。Pseudoはにせものという意味で、メディアの影響によって、視聴者は 偽の出来事を本物のイベントとして受け入れているとされている。Pseudoイベントあるい はメディアイベントは PR 行為でもある。ジャーナリストが情報を見つけられない時、メ ディア・イベントがニュースとして使われていた。インタビューや記者会見などもメディ ア・イベントの一つである。Boorstin58によると、Pseudoイベントは4つの重要な特徴を 持つ。
① 作られたイベントであり、
② 報道されるために行われ、
③ Pseudoイベントとその元になったイベントの関係はあいまいであり、
④ Pseudoイベントの目的は事前に想定していた予想の証拠になることである。
メディア・イベントのため、意識的な準備が必要である。一方、準備したすべてのイベ ントはメディア・イベントにはなれない。自発的に見せて、意識的に準備され、メディア の注目を得るつもりで作られたイベントだけがメディア・イベントになる。イベントを行 う前にメディアで報道するため、前もって準備を行う。
更にもう一つ大事な点は、メディア・イベントでは本物のファクターより、作られたフ ァクターの方が多くなければならない59。例えば、インタビューは報道するためにわざわ ざ作られた行為であり、メディアでの報道のために用意されたインタビューのファクター は、その実際の出来事より多い。さらに、インタビューの方が実際の出来事より大事であ り、さらに出来事とインタビューの関係はあいまいでもある。
Pseudoイベントはメディアが報道するために行うので、どれぐらい真実であるか疑問で
あり、よく批判されている。さらに、報道価値があるかどうかも疑問である60。
57 アメリカの作家、学者。Pseudoイベントの社会学なテオリーによく知られている。彼の用語でPseudo イベントはにせもののイベントであるが、本物のイベントより重要な役割を持つ。
58 Boorstin, The Image.
59 Rivers and Mathews, Médiaetika.
60 Boorstin, The Image.