第 3 章 日本語と中国語の謝罪における言語表現
第 3 節 謝罪の意味公式と分類の方法
なお、このほかにも、「麻烦你」、「劳驾」、「请原谅」などが謝罪のあいさつことばと して認識されており、中国語学習者用の初級教科書には頻繁に掲載されている。しかし、こ れらは今回のデータにはまったく現れてこなかった。そこで本研究では、「对不起」「不好 意思」「抱歉」を定型表現の主な考察対象とし、それ以外の表現は謝罪の非定型表現とした。
また、謝罪のときに使用される「悪い」を定型表現として考える立場もあるが、森山(1992)
には、「「君に対して悪いと思う」のような表現は、「自分の心情にも関連する重い意味,
「悪い,悪い」のようなものは自分の立場を「悪い」と認定するだけの軽い意味」という指 摘がある。今回の調査には「本当に悪かった」のような回答もあれば、「わりぃ」のような 回答もみられ、どこまでを定型化した表現とし、どこまでを過ちを認めて自分の真情を述べ ている非定型の表現とするかの線引きが難しい。また、今回のデータでは量が多くなかった。
そこで本研究では、「悪い」とそのバリエーションをすべて、自分の非を認める意を表すも のとして、非定型表現に分類した。
語が果たす役割である。また、熊谷(2000)、熊谷・篠崎(2006)では、働きかけ方と機能 的要素を同様に扱い、「呼びかけ,説明など,相手に対する働きかけの機能を担う最少部分 と考えられる単位」と定義している。これらの表現はいずれも発話の機能に基づくものであ り、本研究でとり扱う意味公式と基本的に同じものと考えられる。
謝罪の意味公式に関する先行研究は第 1 章にも示したが、本研究は主に Olshtain &Cohen
(1983)、熊取谷(1992)、彭国躍(2003)、王源(2009)の研究を参考にし、本研究が独 自に設けた謝罪場面の性質を考慮し、調査結果のデータの分析に必要だと判断された意味公 式の分類を独自に作成し整えた。定型表現は一つの意味公式とし、「非定型表現」は、さら に下位分類の意味公式を設けた。各意味公式の分類の結果を表 14 に示す。
表 14 日中の意味公式の分類
種類 機能
定型表現 「ごめん」などの謝罪場面で広く慣用的に使われる表現。
非定型表現
〔事実認め〕 起こした不快な事実を認めることを表す。申し訳ないと思う直 接の理由。
〔対策/提案〕 相手に与えた不利益を解消するためにとる具体的な解決法。
〔呼びかけ〕 相手に呼びかける。
〔過ちの認め〕 自分の過ち/責任であることを認める。
〔理由/言い訳〕 なぜ不快状況が起きたかを説明する。
〔気遣い〕 相手に与えた不利益に対する心配や気遣いを示す。
〔再発防止の約束〕 二度と同じようなことをしないと約束する。
〔感動詞〕 話し手の感動、驚きなどを表す「ああ」「おお」の類の語3
〔無言〕 回答者がその場面で何もいわない場合。
〔不適〕 回答者が設定した状況が想像できないと判断する場合。
〔その他〕 以上の分類に入らないもの。出現数は少ない。
なお、〔無言〕と〔不適〕についてであるが、アンケート用紙の冒頭において、何もいわ ないときは「無言」を、設定した場面状況が自分にとって想像できない場面であると思った ときは「不適」と書くように指示したものである。〔その他〕は定型表現にも非定型表現に も分類できない表現である。これについては、第Ⅰ章第 5 章で説明する。なお、〔無言〕〔不 適〕〔その他〕は本来、非定型表現とはいえないものであるが、各意味公式が全体の中でど の程度の出現率で現れるかを比較するため、非定型表現に含めることとした。
この分類表によれば、例えば、p.70 に挙げた用例 O2-235 を意味公式に分類すると、以下 のようになる。
ごめんー。頼まれたん忘れてしまったー。私のやつ飲んでいいよー。 (O2-235)
定型表現 非定型表現の〔事実認め〕 非定型表現の〔対策/提案〕
以上、データ分析に備え、日中の謝罪場面にみられる言語表現を意味公式に分類し、その 分類の方法と各意味公式の定義などについて説明した。各意味公式の具体的な用例、および 使用傾向については、次の第 4 章と第 5 章で詳細に検討していく。
注
1 T1-7 は用例の番号を示している。東京、大阪、大連、杭州をそれぞれ頭文字の T、
O、D、K で表示し、その次の数字は設定した謝罪場面を表し、「-」の後ろの数字は回 答者の番号である。
2 森山(1992)では、詫びと感謝を同一のカテゴリーで考察しているため、定型表現の 4 分類には感謝の定型表現の用例も入れているが、ここでは謝罪の定型表現のみを提示 している。
3 〔感動詞〕は独立した意味公式として成り立つため、独立させて設けた。〔感動詞〕に は、話し手の感動、驚きなどを表す「ああ」「おお」の類のほかに、呼びかけを表す「お い」「もしもし」の類や、応答を表す「はい」「いいえ」の類も含まれているが、ここ では、特に話し手の感動、驚きなどを表す「ああ」「おお」の類を指す。