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第 3 章 地方差が反映する日本語と中国語の謝罪

第 3 節 大連と杭州にみる地方差と方言使用の関係

ところが、対親友(図 43、表 40)においては、2 都市間で非常によく似た意味公式の使 用状況であることが分かる。カイ二乗検定および正確確率検定の結果、1%水準で有意差が あったものは〔理由/言い訳〕と〔その他〕のみであった。具体的な数字からみると、この 二つの意味公式の使用率はそれぞれ 15.6%と 7.4%、12.7%と 3.7%となり、いずれも大連 のほうが多く現れる。特に、定型表現の使用において、大連と杭州では大きな違いが現れな かったのが印象深い。2 都市にみられる定型表現の異なりについて、次節では詳しく考察す る。

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慣習が分かれる。この北と南の地理、言語の特徴について、ラムゼイ,S.R.(1990)は次の ように述べている。

北部中国は、樹木のない平野と高原が長城の南から黄河とその支流の流域までに一面に 広がる地域であり、南部中国は揚子江峡谷と水の豊富な山地や渓谷、および南部に広がる 穀倉地帯である。この二つの地域はどちらも大河がその中心にあり、ともに中国の文明と 歴史の地域的な環境を形成してきた。 (ラムゼイ,S.R.1990:31)

図 44 中国の地勢区分(ラムゼイ,S.R.1990:33)

つまり、中国の北部は広々とした平野と高原が続くが、南部は主に山地や渓谷であり、そ れぞれ黄河と揚子江を中心に、異なる文明や習慣を形成したのである(図 44)。さらにラ ムゼイは、この自然環境と同じように、中国の方言も北と南に分けられると指摘している。

中国の言語も、中国そのものと同じように、地理的に北部と南部に分けられる(図 5 参 照―筆者注:本稿では図 46 で表示する)。北方語、すなわち英語で通常 Mandarin dialects

(官話諸方言)と呼ばれるものは、黄土平野と黄土台地を横切って広がっている。この方 言区はまた、南は揚子江流域にまで広がり、さらに最西南部にまで細長く伸びて、四川省 や雲南省を通ってタイとの国境にまで達している。この西南部はちょうど満州や内蒙古、

そして最西北部と同様に、近代になって開拓された地域であり、そこでは官話が唯一の話 される中国語である。これらの拡大にともなって、今では官話地域が国土の 4 分の 3 以上 を覆っている。南方語―いわゆる「非官話諸方言」は、東南部で揚子江の下流と南シナ海 で作られるくさび形の土地だけに限定されている。

(ラムゼイ,S.R.1990:31-32)

中国語は大きく、北方で話される官話方言と南方で話される非官話方言に分けられるが、

官話方言を話す地域は非常に広く、近代の開拓により西南部まで広がるいっぽう、非官話方 言が話される地域は非常に限られているというラムゼイの記述は、中国語の言語分布を説明 する最も一般的な把握の仕方である。

なお、中国語の方言に関する記述には様々な用語が用いられる。本論文では混乱を避ける ため、北方で話される方言を「官話方言」、南方で話される「非官話方言」という表現に統 一して論を進める。また、それらが話される地域はそれぞれ、「官話方言地域」、「非官話 方言地域」という表現に統一するが、引用部分についてはこの限りではない。

ラムゼイ,S.R.は、この二つの方言地域の特徴について、さらに以下のように論じている。

これら二つの地域には質的な差異が存在する。一方の官話地域は非常に統一されており、

そこで話されるほとんどすべての方言は相互理解が可能であるか、もしくはそれに近い。

官話地域ではもっとも東北の隅に位置するハルピンに生まれた人は、2500 キロ離れた最も 西南部の町である重慶から来た人と話すのに、ほとんど不自由を感じない。官話には、た とえばフランス語やあるいは又ドイツ語ほどの変種しか存在しないのである。しかし非官 話地域は極端に変化に富んでおり、その中でははっきりと異なる方言の形が、わずか数キ ロ離れるだけで区別されることがしばしばある。たとえば厦門の方言は台湾の向かいにあ る東南部の海岸で話されるが、それはどちらの方角であれその地域から 100 キロ以上離れ た所に住んでいる人にはまったく理解できないものである。南部の言語の種類は非常に多 いため、その方言は少なくとも 6 種類に分類することができ、そのいずれもがそれぞれ官 話地域全体と同じくらいに変化に富んでいるのである。

(ラムゼイ,S.R.1990:32)

この二つの特徴を簡単にまとめると、官話方言地域にある方言は非常に統一されており、

方言間の差異が小さいのに対し、非官話方言地域にある方言は極端に変化に富んでおり、わ ずか数キロ離れるだけで区別されるほど多様な方言の形が存在している。また、ラムゼ イ,S.R.はこのような差異をもたらした原因について、北部のような広々とした地域では、

言語の結合が容易に行われたのに対し、南部では丘陵や川が多く、移動が困難なため、交流 が遮断されたからであるとしている。上の文中において、ラムゼイ,S.R.は中国語の方言を 七つの方言地域に区分している1(図 45)。七大方言とは官話を含めて、呉語、湘語、贛カン語、 客家話、エツ粤語、 ビン閩語である 2。各方言の使用人口の概数と地域を表 41 に示す。

図 45 漢語方言区図(中国大百科全書・語言文字 1988:62)

表 41 中国語の方言分布 方言 使用人口

(千人)

話される地域

官話 662,230 揚子江以北の漢族居住地。揚子江以南では鎮江から九江までの揚子江 沿岸、四川・雲南・貴州各省の漢族地区、湖北省の大部分、広西壮族 自治区の西北部、湖南省西北部など。

呉語 73,790 江蘇省の揚子江以南・鎮江以東の地区、浙江省の大部分、江西省東部 の若干の県。

湘語 36,370 湖南省の西北部と東部を除く地域。

カン

贛語 48,000 江西省(揚子江沿岸と南部を除く)と湖北省の東南地域。

客家話 42,200 広東省・広西壮族自治区・福建省・江西省の境界あたり。湖南省・四 川省にも方言の「島」がある。

エツ粤語 58,820 広東省中部南部・広西壮族自治区南部。

ビン閩語 75,000 福建省北部。福建省の南部から広東省の潮州・汕頭の一帯、海南島の 一部、台湾の大部分。

(『中国语言地图集』2012に基づいて作成)

表 41 でわかるように、官話は中国語の方言の中で最も使用人数が多い方言である。「官 話」という語は現在の一般的な言語感覚には馴染まないことばであるが、その表記のとおり、

もともとは官吏が使用することばを意味していた。藤井(2004)によると、官話ということ ばは、公に用いられる言語を指す名称として、明末清初のころから用いられたようであるが、

現在では、中華民国までの国家において官吏が用いてきた言語を通時的に指していう。その 由来は中国の科挙試験制度にあると藤井は述べている。

中国においては、文字は一部知識階級の占有物として長い間一般民衆には広まらなかった。

中国においては知識階級イコール統治階級となることが多かったが、それは官吏登用が科 挙試験制度によっていたからである。中国全土で実施される科挙試験においては規範とな る共通の言語が必要であり、必須とされたのは書き言葉としての文言と話し言葉としての 官話であった。(中略)文言とは、古代官話の基本語彙・語法をもとにした書面語のこと である。文言は、固定化された型をもつがゆえに、中国において時代や地方の差異を超え て共通して用いる言語の役割を果たしてきた。(中略)結果的に、官吏となった知識階級 には共通の素養となる文言の知識があり、さらに政治に携わるものとして地域のコミュニ ティを超えて通用する言葉、即ち官話を操る能力があった。 (藤井 2004:9)

すなわち、官話は官吏の登用と政治運営において必須とされた共通語であった。しかし、

この官話も、中国全土で完全に統一されていたのではなく、地域によって若干の差異がある。

先にもあげたラムゼイ,S.R.(1990)では、官話区(北方官話方言地域)をさらに四つの下 位グループに分けて説明している。

(1)北方官話:東北部で話され、北方方言もその中に含む。

(2)西北官話:黄土台地とそれ以西の地域の方言を含む。

(3)西南官話:四川とその近隣地域で話される。

(4)東方官話あるいは下江官話:南京周辺で話される方言に代表される。

(ラムゼイ,S.R. 1990:116)

本研究で調査を行った大連は、北京方言と同様、官話方言地域に含まれている。もちろん、

回答者の出身地がすべて大連市内に限られるわけではない。しかし、第Ⅰ部の第 3 章で示し たように、回答者のほとんどは大連市が属する遼寧省出身であり、黒龍江省と河北省も含ま れているが、いずれの省も官話方言地域に分類されている。この北方官話の典型となるのが 北京語である。北京語は中国標準語の基盤となっており、標準語とほぼ同じと一般に意識さ れている。

以上、中国全土で話される方言について概観した。簡単にまとめると、中国語方言は、言 語間の均質性が高い官話方言地域と、性質が大きく異なる非官話方言地域に分けられる。非 官話方言地域(南方語)は、さらに六つの方言地域に分けられ、官話とこの六方言を合わせ て、七大方言地域と称されている。本研究で調査した大連と杭州はそれぞれ、官話方言地域 の中の北方官話と非官話方言地域の中の呉語方言に属している。

ただし、現在標準語化が進んでいるといわれる官話方言地域でさえ、標準語化の速度は非 常に緩やかであった。標準語化が中国全土を巻き込んでいっせいに始まるのは、19 世紀末