第 2 章 本研究の謝罪言語行動の研究方法
第 1 節 調査方法と調査内容
(2)研究対象になる「言語」は、頭の中の言語ではなく、現実に、実際に使われている生 きた言語である。
(3)従来の言語学では、言語体系を研究対象にしているため、自分の内省がほとんどの場 合、他人の内省と重なっていると想定して、内省を研究の手がかりにすることが多い。
しかし、言語行動は個人差が大きく、自分の内省・意識が他人に当てはまらないこと が多い。
(荻野 2003:215-216 を要約)
社会調査に関しては、社会学、心理学などから論じられることが多いが、言語行動調査も 調査方法において基本的に社会調査と共通している。ここでは、まず言語行動研究によく用 いられる観察法、実験法、質問法の長所と短所を整理しておきたい。
まず、観察法についてだが、盛山(2004)は社会調査の立場から、観察法を「探求した いと考えている社会現象が起こっている現場に行き、その社会生活を共に体験する中で観察 したことを記録していく調査」であると定義している。言語行動調査の場合も、この定義を 用いることができる。荻野(2003)はありのままの自然なデータが得られること、および(相 槌などの)無意識行動の部分も調査可能であることを、この調査法のメリットとしているが、
同時に以下のような点に注意する必要があるとしている。
(1)「観察の対象者に気づかれずに「観察」することはできず、観察者がいることが人々の 言語行動に影響してしまう」という観察者のパラドックスの問題がある。
(2)「観察できる言語行動は、毎回違ったもの」なので、条件のコントロールができない。
(3)言語行動の記録方法には、録音や録画があるが、「記録する対象の範囲や、本当に自然 なままで記録できるのか」、また記録した後の「文字化」の方法などにも問題がある。
(4)観察結果をどのように解釈すべきなのかという妥当性の問題がある。
(5)テレビや映画の会話は会話データにならないことがある。
(荻野 2003:217-221 を要約)
また、「「知りたいこと」が、いつ、データとして採取することができるかわからないこと も問題点として挙げられる。「知りたいこと」を、検討するに十分な量のデータがどの程度、
「観察」を続ければ得られるのか見通しが立ちにくい」(田中 2004)こともこの調査法のデ メリットである。
次に、実験法について考えてみる。実験法は、心理学でよく使用される研究方法の一つで あり、原因となる要因を変化させていき、どういった結果がそこに生じるのかを調べていく 方法である。荻野(2003)は、言語行動調査に用いられる実験法には、被験者が実験されて いることを知らない「真性行動実験」と、被験者が実験されていることを知っている「疑似 行動実験」(いわゆるロールプレイ)があると述べ、そのメリットとデメリットを挙げてい る。メリットとしては、ほしいデータを直接得ることができること、および言語行動の諸条 件をコントロールできることである。しかし問題点もある。まず、「真性行動実験」に関し ては、次のようなことが指摘されている。
(1)ねらいどおりにいかない。
(2)時間と手間がかかる。
(3)被験者の同意を得ないままでそれを観察の対象するという倫理上の問題がある。
(4)記録する際、発話はもちろんのこと、発話される状況や場面も含めて記録する必要が あるが、状況や場面から何を切りとって記録すべきであるかという記録の問題がある。
(5)大量の実験は困難である。
(荻野 2003:221-222 を要約)
いっぽう、「疑似行動実験」の問題点は、次のようなものが挙げられている。
(1)談話を収録する際、マイクやテレビカメラ・ビデオカメラなどが設置される実験室 の中で他人の前で「話す」ので、その談話は自然談話とは異なる。
(2)普段どおりの自分のつもりで行動するには演技力が必要だが、それを持っている人は 必ずしも多くない。
(3)与えられた「役」は被験者が経験したことのないものである可能性もある。
(荻野 2003:223-224 を要約)
この調査法について、田中(2004)は「談話をコントロールしているという観点からは、
「アンケート調査」とみることもできそう」だと評価している。
質問法とは、調査事項や回答記入欄などをあらかじめ記載した同一フォーマットの調査 票を用いる調査である(盛山 2004)。田中(2004)によれば、この調査法の最大のメリット は、調査実施者が「知りたいこと」について、「知りたいこと」を検討するのに十分な量の データが、同じ質問方法・質問紙を用いて均質な回答から得ることができるところである。
また、個人の研究者でも、一定量のデータを時間的・経済的な観点において比較的低コスト で得られることである。つまり、均質な回答を得られること、手軽に大人数に実施可能であ ることが質問法の大きな長所である。質問法のデメリットは、意識と実際の行動にずれがあ ることである。荻野(2003)は、意識と実際の行動のずれに関して、一般的に意識のほうが 現実よりも、規範的な方向に傾く傾向があると述べ、そのことに留意した調査・分析をする 必要があると指摘している。
以上、言語行動調査に用いられる観察法、実験法、質問法について、それぞれのメリット とデメリット、留意点などを整理した。これを踏まえ、次に、本研究が用いる調査法につい て説明する。
1.2 本研究が用いる調査法
本研究は家族と親友に対する謝罪言語行動を研究対象としており、研究の目的に最も適し ていると思われる調査方法として質問法を選択している。
研究を進める上で、まず調査法の検討を行った。理論上は観察法、実験法、質問法のいず れも用いることができそうである。しかし、観察法は家族間の言語行動は、人間社会の最も 私的領域で行われるもので、まずそこに入り込み観察することは、プライバシーや人権など の問題があり実施は非常に難しい。加えて、観察する対象が一般の言語行動ではなく、謝罪 言語行動に特定されているため、行動がいつ現れるかわからないため、調査は困難である。
また、一定期間に大量のデータを得るのは難しく、結果を一般化することにも問題があるた め、本調査の目的に適合した調査ではないと判断する。
では、実験法の場合はどうであろうか。「真性行動実験」の場合、理想的な方法は調査者 が謝罪をされる側に立ち、何らかの手段で協力者である相手が謝罪するような場面や状況を 作り出し、そこで謝罪が発生し、謝罪言語行動を観察するという手順になろう。しかし、そ のような設定をして相手が謝罪するように誘導すること自体が困難である。また、相手が家 族と親友に限られているため、調査者が誘導に成功したとしても、得られたデータは調査者 と家族(数名)、調査者と親友(数名)と、数が非常に少なくなるため、一般化しにくい。
これまで自然会話を分析データとした言語行動研究には、「疑似行動実験」いわゆるロール プレイを用いたものが多かった。これらの調査のほとんどが友人同士の言語行動であったた め、協力者に友人を連れてきてもらえば、比較的簡単に実施できると思われる。しかし、本 研究においては、調査内容に沿えば必要なのは協力者と協力者の親友、家族となる。友人に 親友と家族(母親)の役を演じてもらうことになる。親友の役ならある程度の想像が可能だ が、自分と立場がかけ離れた家族(母親)のふりをすることになるので、収集した言語行動 は現実からかけ離れる可能性がある。このことから、「疑似行動実験」も、本研究が採用す
るには難しい調査だと判断した。さらに、観察法も実験法も大量のデータを収集するために は、多大な経費と時間が必要となる。組織的な調査ならともかく、個人で実施するのは非常 な困難が伴う。
本研究で最も有効と思われる調査法は、質問法であると考えられる。この調査法の最大の メリットは、一度に大量のデータがとれることである。また、データの条件をコントロール できることも大きな特徴である。本研究において、一定の条件下の質問に対する、特定の出 身地からの一定の年齢層による大量のデータを取得するという目的を達成するには、質問法 が最も適していると判断した。
次に、本研究の調査内容について詳しく述べる。
1.3 調査内容
本研究の質問法調査は、調査する場面状況を与え、実際にその状況におかれた場合、調査 協力者がどのように答えるかを、話しことばで空欄に書いてもらうというものであった。そ のため、できるだけ現実に即した、想定しやすい状況を設定する必要がある。本研究は、親 密関係にある相手への謝罪行動の実態に焦点を当てているため、謝罪が想定される相手とし て、家族と親友という二つのカテゴリーを考えた。ただし、現代家族の基本構成は親と子供 であるが、中国では「一人っ子政策」が実施されているので、父親、母親と一人の子供との 三人家族の家庭が多い。そのため、兄弟と姉妹の設定は中国語社会の現実にそぐわないとこ ろが大きい。日本においても出生率が 1.43 人(2013 年実績)であることから、兄弟がいな い子供たちがかなりいる。そこで調査は親と子の間の場面が適していると判断した。しかし、
親といっても父親と母親では、言語行動にかなりの異なりがみられる。日中のいずれにおい ても普段の生活の中で接触度が多く、謝罪する場面が想像しやすいということを考慮に入れ て、謝罪をする相手を母親に絞った。