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第 1 章 謝罪言語行動研究の全貌と本研究の位置づけ

第 4 節 日本語と中国語の謝罪言語行動の対照研究

本節では、日本語と中国語の謝罪言語行動の対照研究を概観する。まず、謝罪の動機・

目的に関する先行研究からみていく。鄭加禎(2006a)は日本と台湾の社会人を対象とした アンケート調査をもとに、「謝るべきと感じること」という「謝罪表明義務感」と「すまな いと感じること」という「罪悪感」の異同と関連性について考察した。「過失」、「被援助」、

「相互儀礼」、「責務不履行」、「社会的ルール違反」といった性質の場面において日台で 興味深い結果がみられたという。まず、「過失」の場面において、日本人は台湾人よりも「謝 罪表明義務感」も「罪悪感」も強く感じるといい、これまで先行研究でいわれてきた「日本 人は本心のない謝罪を軽く口にする」傾向があるという考え方を見直す必要があると指摘し ている。

また、「社会ルール違反」では、台湾人のほうが日本人よりも「罪悪感」を感じやすいと いう結果について、朱(1993)と末田(1998)で論じられた「「個人の能力の評価」に関わ るものに関心をもつ」という中華系の社会人の面目概念と「自分の社会的立場が社会から受 け入れられるか否か」に関わる日本人の面目概念の違いから説明を試みている。

さらに、責任の所在が不明確である「相互儀礼」に関しては、日本人は台湾人よりも「謝 罪表明義務感」を強く感じるといい、これを解釈するために、加地(1997)の「日本人はよ く他人に対し、儀式(形式名)の謝罪をするのに対し、中華系の人は形式化の行動をそれほ

どしない」という「名」と「実」の説を用いて解釈をしている。

彭国躍(1992)はさまざまな社会的要因によって、日中の謝罪行為がどのように遂行され るのかを意識調査を通して考察し、そのうえで謝罪行為の遂行に一般語用論の「質の原則」

と「合意の原則」がどのように適用されるのかを検討した。その結果、次のようなことが判 明した。

まず、中国語の場合は上下関係が謝罪の遂行に影響を及ぼしているが、日本語の場合は上 下関係より親疎関係が大きな影響を与えていることが明確になったという。そして、謝罪の 遂行と男女差について調べたところ、その結果からは「中国も日本も問題にするほどの大き な差があるとは認めがたい」と述べている。

また、「自分が間違ったと思う場合」と「自分が間違っていないと思う場合」という二つ の心理的認識が謝罪の遂行に与える影響について考察した結果、日本人は「質の原則」と「合 意の原則」のどちらかを守って行動する傾向があり、両方を破るような行動をとらないのに 対し、中国人は「質の原則」と「合意の原則」を両方とも守らない「沈黙」行為と「自分が 間違っていないと主張する」行為が多くみられたという。これについて、彭国躍は Goffman のメンツ防衛の視点から、「沈黙行為は、結局「合意の原則」と「質の原則」への明らかな 違反にならない程度、つまり相手のメンツを損なわない程度に自分のメンツを守る行為と考 えられ、また「「親しき主張」の行為は相手のメンツを考慮せずに「合意の原則」と「質の 原則」を明らかに破ってまで自分のメンツを救おうとする行為だとみることができる」との 解釈を試みている。

結論として、「同じ条件で、中国人は日本人と比べてより自分のメンツが脅かされること を意識し、それを守る意向がある」が、「日本人はより他者との調和を重視し対人関係の修 復に積極的である」とし、「その背後にある、上下、親疎関係のコンテクストが決まれば真 っ先に謝ることを要求する日本社会と、ある程度謝らないことを要因する中国社会との社会 的、文化的環境の差がみえる」としている。

謝罪の定型的な表現の対照研究として谷口(2007)が挙げられる。谷口(2007)は台湾で 職場の同僚の仕事を手伝おうとしたときにいわれた「不好意思」の機能を考察したものであ るが、「不好意思」は面子に関わる表現であり、陳謝と感謝のいずれにも使用されることを 明らかにした。ただし、日本語の「すみません」のように、行為が相手や自分にとってプラ スかマイナスかによって陳謝か感謝に使い分けされるのではなく、「相手あるいは自分の行 為が、自分(あるいは自分の地位)にとって面子をつぶすことであるか否かという自己志向 的な観点から使用される」と指摘している。

謝罪の方略・ストラテジーの使用傾向および社会文化的要因との関係に注目した研究には、

佐竹(2005)、王源(2009)、鄭加禎(2006b)がある。佐竹(2005)は大学生を対象とし たアンケート調査を実施し、相手がそれぞれ教師と友人の場合に用いられる意味公式の使用 状況を日本語と中国語で比較した。その結果、日本語話者も中国語話者も相手に関わらず理 由を述べる傾向があるという共通点があるものの、中国語話者は日本語話者より埋め合わせ をいうのが多く、また、相手をなだめたり故意ではないことを強調したりする傾向があるの に対し、日本語話者は定型的な謝罪のことばのみで謝罪することが多いという。この結果に ついて、佐竹はインタビュー調査を行い、意味公式の使用意識について尋ねたところ、次の ことが判明したと述べている。

(1)理由に関しては、中国語話者は自分の立場を理解してほしいし、相手を納得させるた めにもいうべきものと考えているため、理由を述べることが必要だと考える。いっぽう、

日本語話者は理由は必ずなくてはならないものではなく、付け加えるもの、とりあえずい うものとして位置づけ、謝罪のことばや態度が重要視されている。

(2)埋め合わせに関していえば、中国語話者は相手の怒りを鎮めるために使うが、日本語 話者はむしろ、怒りの鎮め方として、謝る態度を明確に見せる謝罪を良しとする。また、

自分が相手に埋め合わせを提案された場合、中国語話者は積極的に関係を修復しようとし

ていると受け止めるが、日本語話者は「かえって負担に思う」、「すりかえられている感 じがする」、「困る」、「そこまでしなくてもよい」と考える傾向がある。

(佐竹 2005 を要約)

王源(2009)はアンケート調査と面接調査を通し、特に謝罪の慣用表現に注目しながら日 本語と中国語を比較した。アンケート調査では回答を意味公式に分類し、比較した結果、日 本語では友人にも先生にもほとんど全員が「慣用表現での謝罪」を用い、特に友人には何度 も繰り返し使用する傾向がみられたという。いっぽう、中国語では先生に対しては日本語と ほぼ変わらない使用率だが、友人に対しては使用率が低く、使用回数も日本語より少ないと の結果を得ている。

また、面接調査で日本語話者と中国語話者に慣用表現の多用現象について印象を尋ねたと ころ、日本語話者は「慣用表現は自分の申し訳ない気持ちを伝える手段として使われ、自分 の負い目や心情・態度を伝えるため、何度も言っている」と考えているのに対し、中国語話 者は「謝罪の慣用表現は許しを乞う表現や二度とやらないと誓う表現などと同じように相手 に許してもらうために使い、謝罪の慣用表現だけ何回もいうとかえって誠意や誠実さがなく なる」と考えていることが判明した。

鄭加禎(2006b)は、佐竹(2005)、王源(2009)の調査方法とは異なる方法で謝罪を考 察した。そして、具体的な事例分析を通し、発話行為理論で記述された謝罪の個々の適切性 条件は文化によって重みが違うこと、Sperber & Wilson(1993)の関連性理論で論じられた 話者の意図の推論という二つの視点から、日本語話者と中国語話者の謝罪行為の差異を検討 した。考察の結果、次のようなことを指摘している。

(1)中国語の謝罪のことばは日本語のように広義に使われていないため、中国語話者は広 義に使用される謝罪のことばをうまく推論できないことが誤解の原因の一つである。

(2)日本語話者は謝罪ことばの表明、中国語話者はことばより実際の修復行動を重視する 傾向がみられ、謝罪の適切性条件は文化によって重視する条件が違う。

(3)中国語話者は関係を修復するとき、侵害の理由が求められるため、理由だけをいうこ とを好まない日本人からみると、否定的なイメージを持たれやすいと考えられる。

(鄭加禎 2006b を要約)

以上、日本語と中国語の謝罪言語行動の対照研究を概観した。この分野の研究の焦点は、

主に中国人は謝らないのに対し日本人はよく謝る傾向があるという問題に置かれている。謝 るときの罪意識調査をする研究(鄭加禎 2006a)や、それを実証する研究(佐竹 2005;王源 2009;鄭加禎 2006b)があり、さらにこの日中の相異が生み出される原因を言語表現(鄭加 禎 2006b)、行動習慣(陸慶和 2001;鄭加禎 2006b)、メンツ(彭国躍 1992)などの面から 探っている。