第 1 章 謝罪言語行動研究の全貌と本研究の位置づけ
第 2 節 日本語の謝罪言語行動の研究
2.1 謝罪の動機、目的に関する研究
まず、謝罪の動機、目的に関する研究を紹介する。熊取谷(1992)によれば、「発話行 為対照においては、発語内意図だけでなく、対人交流上の目的や談話構成上の目的など、社 会的相互作用を成立させる上に不可欠な「目的」に焦点を当てる必要がある」と考え、「詫 び」の場合は、Goffman(1971)のいう「事実上の危害」と「修復作業」概念をとり入れ、
「詫び」を人間関係の不均衡を修復するためにとる儀礼的方略の一つとみている。ここでい う Goffman(1971)の「事実上の危害」や「修復作業」の概念は社会学の相互作用論の観点 から謝罪をとらえるときに使用されるものである。Goffman(1971)は社会学の立場から謝 罪を社会生活の中で何らかの違反行為(infraction)が生じたときに行う修復行為(remedial work)の一つとして規定している。その特徴は、侵害(offense)に対して罪の意識を感じ ていることを示し、違反行為をしたことを認めることである1。
熊取谷のほかに、この Goffman が提唱する相互作用論的な社会学の視点から謝罪の目的を とらえようとする研究には、森山(1992)がある。森山はお詫びとお礼を関係修復のコミュ ニケーションの典型として次のようにとらえている。
我々の相互作用の中で、我々自身の責任として処理すべき利害関係ができたと感じる場合、
すなわち、話し手が相手から恩恵を与えられた場合や、話し手が相手に害を与えてしまっ た場合、いずれも、利害の不均衡関係が生ずると言える。そこで、その関係を修復するた めに話し手がとる言語行動を、関係修復の言語行動と名付ける。具体的には、前者がお礼、
後者がお詫びである。関係修復の表現は、基本的には利害の不均衡に関するものではある が、出会いや別れなどの交話的側面にも、例えば「失礼します」のように、一種の利害関 係が持ち込まれることもある。
(森山 1992:288-289)
つまり、森山は謝罪も感謝も利害で生じた不均衡関係を修復するためにとる行為であると 考えている。
また、熊谷(1993)においても、謝罪を「話し手のあやまちや相手への被害などへの責任 を認め、許しを乞い、それによって相手との人間関係における均衡を回復する行為である」
と定義し、「相手に与える影響を視野に入れ」、「相手との関係修復の部分までが本質的な 内容に含まれ」る行為だと主張している。これは断りのような、「相手からの依頼や申し出 などに対して否定的に応答する」ことを本質とする行為においてみられる気遣いとは本質的 に違うことが説明されている。
上述した日本語の謝罪についての三つの論考は、すべて Goffman が提唱する相互作用論的 な視点に基づくものであり、謝罪を人間関係に生じた不均衡関係を解消することを目的とす る行為であるととらえている。
ところが、Kotani(1999)の研究結果によれば、日本語の謝罪行為の動機は必ずしも関係 修復ではない。Kotani は日本人大学生にインタビューを用い収集した談話を分析したが、
その結果、自らの責任を感じていなくても謝罪を行うことが多くみられ、その理由は多くの
日本人にとって謝罪は人を良い気分にさせるものだからというのである。つまり、日本人の 謝罪とは、必ずしも悪い事態の責任をとるために行う行為ではなく、相手が何かの違反をこ うむっていることに気づいて心配してみせ、その結果、相手を良い気分にさせる行為である。
さらに、Kotani は特に謝罪の対象が些細な問題である場合にはその傾向が強いことを指摘 している。
以上、日本語における謝罪の動機・目的に関する先行研究から、日本語の謝罪とは実質的 に利害関係が生じたとき、人間関係の不均衡を解消するために行われるもののみではなく、
その利害関係が自分の責任ではないときでも、「人を良い気分にさせる」目的で行われる行 為でもあるとまとめることができよう。
2.2 謝罪が行われる状況に関する研究
次に、謝罪が行われる状況について論じられた研究を概観する。この視点に基づく研究と して、熊取谷(1992)、中田(1989)、住田(1992)、三宅(1993)、沖(1993)、堀江・
インカピロム・プリヤー(1993)などが挙げられる。熊取谷(1992)は謝罪を誘発する不快 状況の主なタイプを次のようにまとめている。
(1)状況転換。話し手にとっての「快適状況」を聞き手にとっての「不快状況」と捉 える視点の移動により生じた現象のことという。いわゆる日本語によくみられる 感謝の場面に「すみません」などの謝罪表現が用いられることである。
(2)過失による被害(物を壊したなど)
(3)許可要請、行為/情報依頼
(4)退室、入室、別れの挨拶として
(5)事実誤認(人違い、言い間違いなど)
(6)エチケット(行儀)違反
(7)期待あるいは要求されていた行動がとれなかった(依頼の拒絶、質問に答えられ ない、義務不履行など)
(熊取谷 1992:.30-31 を要約)
この 7 つのタイプの不快状況をみればわかるように、熊取谷は、謝罪を誘発する不快状況 を「交感的言語使用の典型としての挨拶から「正真正銘」の詫びまで、「実質的な被害が存 在するものからその存在を認めにくいものまでを含む連続体」であると認識している。また、
その連続体を次のような図で示している。
連続体としての不快状況
挨拶 エチケット違反 期待に添えない 実質的危害
不明確 offense の存在 明確
図 3 謝罪を誘発する不快状況の連続(熊取谷 1992:32)
映画・テレビドラマなどの脚本から収集した用例を用い、日本語と英語の陳謝の比較を行 った中田(1989)は、日英にみられた共通の陳謝の対象には「相手の損害」、「話し手の不 適当な行為」、「断りに添えて」、「依頼に添えて」、「社交辞令」、「儀礼」、「注意喚 起」、「皮肉・冗談として述べられる陳謝」があると述べている。しかし、日本語の場合、
相手の自発的な尽力も自分が相手にかけた迷惑と同列に考えて陳謝の対象とすることや、謙 遜で自分側の能力不足や不行き届きを陳謝することもみられたという。つまり、日本語の映
画やテレビドラマなどの脚本にみられる陳謝の対象には、次のようなものがあるとまとめる ことができる。
陳謝の対象
(1)相手の損害:所有物の破損、汚れなど、身体(ケガ、殴るなど)、精神的動揺(心配、怒 りなど)、迷惑・面倒
(2)話し手の不適当な行為:不適当な発言、誤解、訪問・待ち合わせ(遅刻など)、不作法・
非常識な行動、不注意・間違い、犯罪・規則違反、義務を果たさない/果たせないなど
(3)断りに添えて(「申し訳ないんだけど……」など)
(4)依頼に添えて(「すまないけど、~してください」など)
(5)社交辞令(会見の最後に、時間を取らせたことに言及する、または「先日は失礼致しまし た」など)
(6)儀礼(辞去する際や腰を下ろす時の「失礼します」など)
(7)注意喚起(話しかける時の「すみません」など)
(8)皮肉・冗談として述べられる陳謝
(9)相手の自発的行為や尽力
(10)謙遜で自分側の能力不足や不行き届き
(中田 1989:192-193 を要約)
脚本ではなく、実際の言語生活の中でどのような謝罪場面がみられるかを研究したものに は住田(1992)があった。住田は大学生の言語生活においてとらえた談話を観察し、陳謝の 場面として、「ひとにぶつかった時」や「ひとの物を汚した時」などの身体・所有物に「相 手に損害を与えた」場合や「相手の心を傷つけた時」などの「精神的な損害を与えた」場合、
「遅れた時」などの「自分が「まちがい」や「失敗」をして、相手に迷惑をかけた」場合、
「ひとの道をふさいだ時」などの「自己の行為が、相手にとっての「妨げ」「邪魔」になっ た」場合、また「相手の意向に添うことができなかった」場合、「相手に十分な世話ができ なかった」場合などをあげている。さらに、住田はこれらの場面に現れる謝罪の慣用表現2 は談話において「相手を煩わせたことに対するねぎらい」、「問いかけ・依頼・断りの前置 き、または呼びかけ」、「談話のきり出し、きり取り、きり上げ」のような機能を持ってい ることを指摘している。住田が指摘している陳謝場面は以下のようにまとめられる。
(1)身体・所有物に相手に損害を与えた場合
(2)精神的な損害を与えた場合
(3)自分が間違いや失敗をして、相手に迷惑をかけた場合
(4)自己の行為が、相手にとっての妨げ、邪魔になった場合
(5)相手の意向に添うことができなかった場合
(6)相手に十分な世話ができなかった場合
(7)相手を煩わせたことに対するねぎらう場合
(8)問いかけ・依頼・断りの前置き、または呼びかけの場合
(9)談話のきり出し、きり取り、きり上げの場合
(住田 1992 を要約)
熊取谷(1992)、中田(1989)と住田(1992)が挙げている謝罪が行われる場面は分類の 方法が異なるが、ほぼ共通している。こうした日本語にみられるさまざまな謝罪の状況の中 で、特に状況転換、つまり感謝の場面に謝罪表現が使用される現象が日本語の謝罪表現の特 徴として注目されている。例えば、森山(1992)では、日本語におけるお礼の場合に使用さ れる「すみません」のような詫び表現の問題について、当然視の原則、つまり相手の負担を 当然のことように思ってはいけないという意識があるから生まれた現象で、その根底には、