第 2 章 対人関係観が反映する日本語と中国語の謝罪
第 2 節 日本と中国における対人関係観と意味公式分布の関係
とはかなり異なった家族観から発しているものと思われる。これは、家族の謝罪行動の相違 を解明するのに、重要な手がかりになる。日中の「家族観」の違いを問うには、日中におけ る「家族観」に関わる「家族」「家庭」「家」という基本概念の整理、および周りの人たち との人間関係のとらえ方に関する考察が必要となってくる。
「家族観」に関与する基本概念である「家庭」「家族」「家」については、社会学や人類 学の分野で、様々な考え方が提示されてきている。謝罪言語行動の枠組みでこれらの概念を 日中で比較する際、まずそれぞれの意味を整理する必要がある。「家庭」「家族」「家」は 漢語であるが、現代の日本語と中国語では、使われ方にずれがある。ここでは専門用語とし て用いられる概念の説明には触れないことにし、一般に知られた辞書的な意味を中心に考察 をする。
1) 日本語社会の「家庭」「家族」「家」
a)「家族」
日本では、「家族」ということばは、幕末から明治初年にかけて使われるようになったも のである。「明治初年以降の法制度の整備のなかで、家族という語が使われることによって、
それまでの家をめぐる人間関係に変更が加えられていく」(広井 2002)という。つまり、
法制度の整備によって、家族という概念が登場し、徐々に定着していったのである。家族の 意味を辞書で調べたところ、『日本国語大辞典』(第二版)では、
夫婦・親子を中核として、血縁・婚姻により結ばれた近親者を含む生活共同体。家属。
うから。やから。「家」制度が定められていた旧民法のもとでは、戸主と戸籍を同じく し、戸主の統率する家を構成する親族およびその配偶者を法律上家族と称した。
と定義している。つまり、ここでいう「家族」という概念には、現在の社会学の定義と旧民 法上の家族の定義との二つが含まれている。前者は欧米の family の訳語として使われ、近 代的な核家族を意味している。後者の家を構成する親族およびその配偶者という定義は、
1947 年の民法改正のもとで「家」制度がなくなった時期ととともに、空洞化した表現にな ったといえるであろう。
実際に日常語で使われている家族の意味は多様である。ためしにインターネットで「家族」
に関連した言葉を検索してみると、以下のような組み合わせの用例が抽出できた。
① 家族に関する制度・規定を意味する表現
「家族法」、「家族手当」、「家族制度」
② 家族の構成・規模を意味する表現
「大家族」、「核家族」
③ 家族全員を意味する表現
「家族旅行」
「職人気質の父でしたが、家族に対する愛情はとても深く(後略)」
④ 個々の家族の構成員を意味する表現
「扶養家族」「新しい家族の誕生を楽しみに待っています」
b)「家庭」
川添(2003)は、「家庭の庭(にわ)は、祭場を斎(いわい)の庭、戦場を戦(いくさ)
の庭とよんだように、ある事をする場所をいい、家庭とは家族が生活をいとなむ場所をい」
い、生活におけるさまざまな営みが行われるところであると述べている。つまり、「家族」
という語が現れる前にも、人々の生活が営まれるところを表す、「家庭」(「やにわ」と呼
ばれていた)という語はあったが、「家族」が生活する場所とは限らなかった。「家族」と いう語が登場して、ようやく家族が生活を営む場所というようになった。
「家庭」ということばが一般に使われ始めるのは、「明治初期、近代国家の国民の中核と なるべき家族像を求め、ホームの訳語に用いて以後とされる」(川添 2003)という。この ホームの意味内容の中核は「家庭の幸福=「一家の和楽団欒」という愛情を基盤に成り立つ 家族成員相互の情緒的コミュニケーション」(山本 1991)である。明治初期まで家族が生 活を営む単なる「場所」としての意味しかなかったが、「家庭」という言葉には新たな意味 が付与されたわけである。
以上のように、家庭という語には、
・ 家族の生活空間(場所)
・ その生活空間の雰囲気
という二つの意味が含まれているといえる。たとえば、「家庭に入る」という場合は「家庭」
という場に入る意味から派生して、主婦になるという意味になると考えられる。これに対し て、「家庭的な店」の場合は、家庭にいるときのような、うちとけた気分に浸れる店を表し ている。
c)「家」
『日本国語大辞典』(第二版)によると、家という語には主に以下のような意味がある。
1 家屋。人が住むための建物。
2 自分のうち。わがや。自宅。うち。仏教でいう在家の意味にも用いる。
3 家族。家人(かじん)。家庭。一家(いっか)
4 妻。家刀自(いえとじ)
5 先祖から代々伝えてきた家族団体。また、それにまつわるもの。(○イ家名、家督と
いう場合。○ロ流儀、芸風などをいう場合。○ハ家柄、門地をいう場合。)
6 「いえもと(家元)」の略。
7 「いえぼり(家彫)」の略。
このように、家は住居を意味するほか、日本の伝統的な家族集団(親族以外のものを含む 場合もある)およびその抽象化されたもの(家名、名跡など)も含まれる概念である。
2) 中国語社会の「チャーティン家庭 」[チャーゾー家族 」「チャー家 」
日本語の「家庭」「家族」「家」とまったく同じ語は中国語にもあるが、それぞれの意味 は日本と異なっている。
a)「チャーティン家庭 」
中国語の「チャーティン家庭 」は社会学の family という用語の訳語であり、その意味は日本の「家 族」とほぼ対応する。しかし、日本語の「家族」は家族の構成員を意味する場合が慣用であ るのに対して、「チャーティン家庭 」にはそういう意味がない。「チャーティン家庭 」の構成員は「チャーティン家庭 成員」
という。ただし、「チャーティン家庭 成員」は、中国の人口調査(いわゆる日本の国勢調査)など居住 や身分上の登録に使われる、ややかしこまった表現である。日常語では、「チャーティン家庭 成員」を 指して、「チャーリン家人 」という表現を使う。日本語の「家族に謝る」といういい方を中国語に換 えると、「チャーリン家人 に謝る」となる。
さらには、「チャーティン家庭 」には日本語の「家庭」と重複する意味もある。「チャーティン家庭 」は家族の 生活の場所およびその雰囲気を表す語としても使われている。例えば、「家庭教師」、「温 暖的家庭」(暖かい家庭)などがある。
b)「チャーゾー家族 」
『現代漢語大詞典』(漢語大詞典出版社)では、中国語の「チャーゾー家族 」は「血統関係を基礎 に結ばれた社会単位。同一血統の幾世代の人々を含む」と定義されている。つまり、中国語 の「チャーゾー家族 」は「チャーティン家庭 」より大きく、構造上、複数の「チャーティン家庭 」を包括するものである。
c)「チャー家 」
中国語の「チャー家 」は非常に伸縮性のある概念で、いわゆる核家族の血縁集団を表す「チャーティン家庭 」 を意味する場合もあれば、広く共通の曾祖父を持つ集団、いわゆる「チャーゾー家族 」を意味する場 合もある。チャー家 の成員は「チャーリン家人 」といい、狭い意味で、日本語の「家族成員」という意味で の「家族」に相当するものである。『クラウン中日辞典』(三省堂)の例文をみてみると、
「チャーリン家人团聚」:家族が団らんする
「很久未与チャーリン家人联系」:ずいぶん長いこと家族と連絡をとっていない
などのように、「チャーリン家人 」は「家族」と訳されている。日中におけるこのような基本概念の 違いを図で表すと、以下のようになる。
図 35 現代社会における日中の「家族」「家庭」「家」の概念の比較
つまり、中国語の「チャーティン家庭 」には日本語の「家庭」と「家族」の二つの意味合いが含まれ ている。核家族の構成員を意味する時に、中国語の「家庭成員」は日本語の「家族」と相当 するが、この表現が中国では公的な文書以外にはあまり現れないため、日常的には狭い意味 での「チャーリン家人 」というのである。
以上、日中における「家族」「家庭」「家」「家人」の意味範疇を比較し整理した。この 四つの概念において、日中でずれがあることが明らかになり、日本語でいう「家族」は中国 語の「家人」に相当することが判明した。しかし、両国の言語行動について考えるためには、
「家族」とは何なのか、「家族」の集団である「家」とはどういうものなのかについてさら なる考察が必要と思われる。そこで、次に日中の伝統社会における「家」についてみていく。
家族
(家族の成員)
家庭成員
(家庭の成員)
チャーリン
家人
日本語 中国語
チャーティン
家庭 チャーゾー家族 家 家庭
家族
家
2.2 日中における「家」の特徴の比較
日本の家族制度については、有賀喜左衛門の精力的な研究が、後の歴史学・社会学・社会 人類学に大きな影響を与え続けてきた。有賀は、その著書『日本の家族』(1965)において、
「家」は夫婦を基礎とし、非血縁者も含む生活諸機能を複合する生活集団であると主張して いる。住谷は『事典家族』(1996)の中で、この有賀の説を参照し、日本の伝統社会の「家」
について、次のように論じている。
家は,夫婦関係を基礎とし,非血縁者をも含む生活諸機能―信仰・経済・法律・道徳・自治・
芸術など―の複合で営まれる生活集団であり,その機能の増減伸縮で家の構成ならびに成員 の規模が決まる。これらの生活諸機能を統合するのは,同じ家生活に属するという共属意識,
すなわち家族意識であり,この生活諸機能に参加することによって生じる家産に対する一定 の権利・義務の取得である。非血縁者もこの家族意識,権利・義務を有することで家の成員 と認められることになる。
(住谷 1996:12-13)
つまり、非血縁者であっても、家生活に参加すれば、家産に対する一定の権利と義務を取 得でき、家族の一員として認められる。この「家」は血縁で結ばれた集団というより、共属 意識で築き上げたものといえよう。
中根(1967)も有賀の説を受け継ぎ、日本の伝統社会の「家」についてさらなる考察を行 っている。