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第 1 章 謝罪言語行動研究の全貌と本研究の位置づけ

第 3 節 中国語の謝罪言語行動の研究

中国語における謝罪言語行動の先行研究は管見の限り多くなされていない。それは中国語 における社会言語学の研究の特徴にも関わる。ここでは、まず中国語における社会言語学の 研究の現状について触れておきたい。彭国躍(2001)によると、中国で言語と社会の関係が 注目されはじめたのは 1950 年代頃だったが、社会言語学が一つの研究分野として確立した のは 80 年代に入ってからだという。そして、この分野の主な研究テーマは「言語併用と言 語接触」、「言語変異と言語意識」、「言語規範と言語政策」、「命名論と敬語論」がある とし、研究の特徴として次のように指摘している。

(1)少数民族言語や言語併用問題の研究に著しい成果が現れている。

(2)歴史的、文化論的な視点による考察が目立つ。

(3)数量化による実証研究より記述的研究が多い。

(4)消滅の危機に瀕する言語への対応が急がれるべき課題となっている。

(彭国躍 2001 を要約)

2003 年以降の社会言語学的研究の中心は都市部の言語使用の調査であ り、具体的な研究 テーマは都市部の言語使用状況や農村部の言語生活との比較などがみられるという(徐大明 2006)。つまり、中国の社会言語学の研究の焦点は、少数民族言語の研究や方言研究、近年 になってからは都市部の言語使用研究に置かれており、その研究方法は歴史的、文化論的な 視点による記述的研究が多いことがわかる。謝罪の先行研究については、中国語で書かれ中 国で発表された論文は少なく、大半は日本の学会誌などに発表されたものである。従って、

ここでは日本語で書かれた文献を中心にみていく。それらは日本語と同様に、基本的には謝 罪の動機・目的、謝罪が行われる状況、謝罪の方略・ストラテジーの分類および社会文化的

要因との関係を考えるという流れで論が進められることが多い。以下、例を示しながら解説 する。

まず、謝罪の動機・目的について論じる研究には郝晓梅(2005)がある。郝晓梅(2005)

は、Holmes(1989)が提案した謝罪の定義をとり上げ、相手のメンツを維持し、良好な人間 関係を保つために行われる行為であるため、西洋社会では謝罪の目的と機能に着目するとし ている。しかし、中国語の謝罪は「道歉」といい、「歉」が不安、申し訳ないの気持ちを意 味し、「道」はいうの意味であるが、中国語の謝罪は、謝る側が抱える申し訳ない気持ちを 表出することに重点が置かれると指摘している。

郝晓梅(2005)は、謝罪が行われる状況、謝罪の定型的な表現の機能に関しても言及して いる。まず、謝罪場面で頻繁に使われる「对不起」の発話機能に注目し、収集した「对不起」

が現れる例文には、次の 14 の機能がみられるとしている。

①单纯表达道歉的功能(単に謝罪を示す機能)

②兼有请求帮助的功能(依頼を求める機能)

③兼有转换话题、中断正在进行的谈话或其他活动的功能(話題の転換、談話の中断の機能)

④兼有表示说话人失礼的功能(話し手が失礼なことをしたことを表す機能)

⑤兼有表达不一致的功能(相手の意見と一致しないことを表す機能)

⑥兼有即将传递坏消息的功能(今から悪いニュースを伝えることを示す機能)

⑦兼有表示拒绝的功能(断りの機能)

⑧兼有表示中途告退的功能(途中で失礼することを表す機能)

⑨兼有表示一般性的客套礼节的功能(儀礼語としての機能)

⑩兼有表示逐客的功能(客を帰らせることを表す機能)

⑪兼有表示感谢的功能(感謝の機能)

⑫兼有表示打扰的功能(邪魔したことを示す機能)

⑬兼有表示命令的功能(命令の機能)

⑭兼有表示警告、威胁、甚至诅咒的功能(警告、威嚇などの機能)

(郝晓梅2005、日本語訳は筆者)

しかし、この分類は、「对不起」の前後の文脈の意味を分類するものであり、機能による 分類ではないと考えられる。そのため、例えば④、⑤は「对不起」が使用される文脈は異な るが、相手に失礼なことをしたときの謝罪のことばとして使われている。また、⑪の感謝の 機能に関しては、郝晓梅は例として「真对不起,浪费了你这么多时间」(本当にごめん、た くさんお時間を費やしちゃって)を挙げたが、これは明らかに謝罪のことばである。

最後に、謝罪のストラテジーおよび社会文化的要因との関係に関する研究をみていく。彭 国躍(2003)では、中国語の謝罪発話表現がいかなる条件で謝罪行為として機能するかに注 目し、プロトタイプ理論を導入して中国語の謝罪発話表現の体系化を試みた。彭国躍は謝罪 にかかわる表現全体をまとめて「謝罪発話表現」とし、意味論的レベルで謝罪の適切性条件 を満たすかどうか、およぶ意味論的レベルで明示性を満たすかどうかによって、謝罪発話表 現を分類した。彭国躍の提案した類型と分類の基準は表 4 のようにまとめることができる。

すなわち、語用論レベルで謝罪の適切性条件を満たし、意味論レベルで明示性を満たした 表現を「真性・明示型謝罪発話表現」、語用論レベルでは遂行条件を満たしたが、意味論レ ベルでは謝罪を明示することばではない表現を「真性・暗示型謝罪発話表現」、語用論レベ ルでは遂行条件を満たさないが、意味論レベルでは謝罪を表すことばと規定される表現を

「擬似・明示型謝罪表現」、そして語用論と意味論の両方のレベルで直接謝罪とは認められ ないが、形態上真性・暗示型謝罪表現に類似する、間接的に謝罪とのかかわりを持つ表現を

「擬似・暗示型謝罪発話表現」としている。この類型からすると、遂行条件が満たされれば、

中国語の「对不起」(すみません)、 「不好意思」(すみません)、 「抱歉」(すみませ ん)などのような、意味論的レベルで謝罪のことばと認識される表現は「真性・明示型謝罪

発話表現」に、「我错了」(僕が間違いました)、「我陪你」(弁償します)、「下次一定 注意」(今後気をつけます」などのような、文字通りには謝罪を明示することばではないが、

適切なコンテクストにおいて謝罪として機能する表現は「真性・暗示型謝罪発話表現」に入 れられる。彭国躍はさらに、中国語の「真性・明示型謝罪発話表現」と「真性・暗示型謝罪 発話表現」をそれぞれ表 5 と表 6 のように分類している。

表 4 謝罪発話表現の類型

謝罪発話表現

類型 語用論レベル

(適切性条件を満たすか否か)

意味論レベル

(明示性を満たすか否か)

真性・明示型 〇 〇

真性・暗示型 〇 ×

擬似・明示型 × 〇

擬似・暗示型 × ×

(彭国躍 2003:6 に基づき筆者が作成)

表 5 真性・明示型謝罪発話表現

表現タイプ 表現内容

①原初的遂行表現 对不起/不好意思/抱歉

②遂行動詞 (为此我们向您)道歉/(我向你)赔礼道歉

③遂行句 (我们対此)深表歉意/(我向你)表示道歉

(彭国躍 2003:8)

表 6 真性・暗示型謝罪発話表現

表現タイプ 表現内容

①事実を認めるタイプ 我错了(私が間違いました)/是我给忘了(私が忘れました)…

②被害を確かめるタイプ 要紧吗(大丈夫ですか)/伤着了吗(怪我されましたか)…

③弁償を申し出るタイプ 我赔你(弁償します)/我买了还你(買ってお返しします)…

④悔いを表すタイプ 我很惭愧(後悔しています)/心里很内疚(悔しく思います)…

⑤許しを乞うタイプ 请多多包涵(どうかお許し下さい)/请原谅(お許し下さい)…

⑥改正を誓うタイプ 保证不再犯了(二度とやらないことを誓います)/再不这样了(二 度としません)…

(彭国躍 2003:12、表現内容は一部のみ引用)

この研究を踏まえ、彭国躍(2005b)は「明示型謝罪発話表現」と「暗示型謝罪発話表現」

を含め、中国語の謝罪発話表現と発話コンテクストとの関係について、言語意識調査を行っ て検証した。「スーパーで小銭を持っていない」、「試験で自分が受かったが友人が落ちた」、

「抽選で自分が当たったが、友人が外れた」、「友人の本をなくした」、「先生の本をなく した」、「バイト先で上司の誤解で叱られた」、「母にぶつかった」、「母のお金を使った」

「人違いをした」という 9 つの場面を提示し、それぞれの場面でいいそうなことばを書いて もらうという調査を行った結果、中国語の謝罪明示表現の使用傾向について以下のことが明 らかになったという。

まず、調査データに現れた謝罪明示表現の「对不起」、「不好意思」、「抱歉」の中で、

「对不起」が圧倒的に多く使われており、最もプロトタイプ生が高いが、母親のような身内 に対する使用は少ない。「不好意思」は相手への加害事実がないが、相手との間に利益不均 衡が生じたコンテクストにおいても使われ、「对不起」に比べて配慮的意味が相対的に強い。

また、「不好意思」は同輩の相手に相対的に多く使われるのに対し、「抱歉」は身内以外の