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諸外国の胃瘻事情

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 47-52)

高齢者への医療介入は、高齢者が自立的に行動できなくなり、自律的に意思決定で きなくなった状態をどう捉えるかといった文化的背景や社会状況に負うところが大 きい。文化的背景や社会状況の違いを勘案せずに、胃瘻の造設状況だけを諸外国と比 較しても意味のある議論にはならない。しかし、本研究で、各国、各地域の文化的背 景や社会状況に言及するのは手に余るものであり、さらに、各国の先行研究も、どの ような文化的背景における状況であるのかを読み解かなければ、思い違いだけを列挙

することになりかねない。こうした理由から、本節では、日本における諸外国の医療・

介護の状況に言及した先行研究の相反する2つの主張と、諸外国の医療従事者の意識 と現状を捉えた調査結果を紹介するに留める。

2.3.1 諸外国での嚥下困難に対する対応

会田(2011)は、諸外国の学会や協会のガイドラインを参照しながら、欧米諸国で の経管栄養法の導入についての先行研究を詳密に整理している。以下、会田の整理に 従うと、医療経済研究機構の『要介護高齢者の終末期における医療に関する研究報告 書』(2002)によれば、スウェーデン、オランダ、フランスでは、自分で食べること が困難になった高齢者には、経鼻経管や胃瘻による栄養法は行わないのが通常である と報告されているという。米国のアルツハイマー協会のガイドラインは、「アルツハ イマー末期で嚥下困難になった患者に対する最も適切なアプローチは、死へのプロセ スを苦痛のないものにすることである。経管栄養法がこの患者群に利益をもたらすと いう医学的証拠はない」としている。オーストラリアのアルツハイマー協会も、「経 管栄養法は多くの合併症の原因となる。誤嚥性肺炎は、経管栄養法を受けていない患 者よりも受けている患者で多く発生しているという研究報告もある。延命効果もない という研究報告もある」と述べているという。老人ホームの診療所長である中村仁一 は、一度始めた胃瘻は、日本では途中で中止すると殺人と騒がれ止められないが、ア メリカでは裁判所が中止を決めるから可能であり、「フランスでは『自分の口で食べ られなくなったら医者の仕事は終わり、後は牧師の仕事』といわれている」と諸外国 の事情を紹介する。また、北欧へ研修に行った日本の介護関係者が、食べようとしな い高齢者の口にスプーンでムリに押し込んだら、「あなたは本人の意思を無視するの か」と叱られたというエピソードを紹介し、これは文化の違いであると述べている42。 一方、丸山(2013)は、実際にスウェーデンのエレブロという人口15万人程度の 町の大学病院を訪れ、毎年 50 人程度の患者に胃瘻が造設されている現状を知ったと 述べている。症例数は日本の10分の1程度だが、神経疾患である筋萎縮性側索障害 などのほか、認知症が進行して嚥下障害を起こしている場合にも胃瘻は造設されてお

42 livedoor NEWS「胃瘻は一種の拷問 人間かと思うような悲惨な姿になると医師」

201258日配信(20141010日取得,

り、当地のスウェーデンの医療関係者の話しによれば、日本と同様に、ナーシングホ ームなどの施設に移るときは胃瘻の方が管理しやすいため、容易に転院できるように 胃瘻を造ることもあるという。従って、典型的にいわれている「福祉の先進国・北欧 に胃瘻はない」という報告は、色々な取り組みをしている特殊な施設ばかりを視察し た報告ではないかと指摘している。また、韓国で栄養サポートを積極的に行っている 消化器内科の医師の話しでは、韓国でも多発性脳梗塞や嚥下障害になった患者に胃瘻 を作ることがあり、その数は増えているという。一方、ブルガリアの首都ソフィアの 2つ病院を訪問した際に東欧の胃瘻事情を調べたところ、ブルガリアでは胃瘻の手技 自体がほとんど普及しておらず、行っているのは軍の病院1か所のみで、事故で脊髄 を損傷し摂食困難になった患者にのみ実施されていたという。丸山が高齢者の嚥下障 害への対応を訊ねたら、「そんな患者は見たことがない」といわれ、改めて、高齢者 の嚥下困難をめぐる課題は、平均寿命の延伸によってもたらされた超高齢社会の課題 であることに気付いたと述べている。

2.3.2 創作事例をもちいた国際比較

辻ほか(2011)は、国際長寿センターによる「在宅介護・医療と看取りに関する国 際比較研究」の大規模調査の一環として、「在宅での療養が比較的多い国々ではどの ようなシステムのもとに、過度になりがちな医療に『抑制』をかけることができるの か」を明らかにするため、創作した典型的な臨床事例を用い、「もっともふさわしい」

と思う対応と、「実際」の対応を聞く方法によって調査を行った。ここで取り上げる 事例は、重度認知症を想定したものである。調査対象は、医療・介護従事者であり、

日本、イギリス、フランス、イスラエル、オーストラリア、チェコ各国の国際長寿セ ンターおよび、オーストラリア、韓国のアルツハイマー協会の協力を得て行われた国 際比較研究である(調査結果データは付録4に記載した)。

創作事例(辻ほか2011:p.14)

本人(男性、80歳)。自宅で妻と二人暮らしをしている。認知症(アルツハイマ ー病)と診断されてすでに10 年が経ち、意識障害はないものの、近親者や介護 士が呼びかけても目を動かす程度であり一般的な意思疎通には多大な困難があ る。また、半月前にひどい熱と咳のために病院へ受診したところ、肺炎と診断さ

れた。現在は、食物を呑み込むことができなくなってきており、点滴による薬剤 と栄養剤の投与を行っている。口からの栄養摂取は不可能なため、十分な栄養摂 取のためには近い将来に人工栄養摂取が必要となるが、この治療を行ったとして も余命は長くないと診断されている。妻(80)は在宅での生活の継続と看取りを 希望しており、また少しでも長い時間を一緒に過ごしたいと希望しているもの の、妻自身の介護能力は低く、近隣に近親者はいない。

(1)「今後の治療や看取りの方針を決定するための議論の主導権は、誰が持つのが『も っともふさわしい』と思うか?」という問いに対し「本人・本人の妻・かかりつけ医・

専門医・看護師介護士・ソーシャルワーカー・その他」の回答が用意された。チェコ は、「専門医」が現実とする回答が35.2%、理想とする回答が42.6%だったのに対し、

オランダは、「専門医」が現実とする回答が 28.6%だが、理想は 3.6%だった。チェ コ以外は、「本人の妻」が現実とする回答が約5割、理想とする回答は約8割だった。

チェコ以外は、理想も現実も「本人の妻」が主導権を持つのがふさわしいとする回答 が最も多かった。日本は、フランス、イスラエルと類似した傾向を示しており、「治 療方針や看取りを決定する議論の主導権を持つ人」についての特徴的な傾向は見られ なかった。

(2)「症例への対応の基本方針として、専門職として『もっとも望ましい』と考える 選択肢はどれか? 実際にはどのような選択になると考えるか?」の問いに対し「人 工栄養補給の実施・漢方薬治療などの代替医療による積極的治療・嚥下訓練等(リハ ビリ)の実施・現状を維持(点滴による薬剤・栄養剤の投与)し積極的治療は行わな い・特に何もしない・その他」が回答に用意された。日本、イスラエル、韓国、チェ コは、「人工栄養補給」が実際の選択になると約 7 割が回答し、望ましい選択肢とし たのは約 5 割だった。オーストラリアは、「人工栄養補給」が実際の選択になると 41.2%が回答したが、望ましい選択肢としたのは15.1%であり、45.3%が「現状の維 持」を望ましい選択肢と回答した。フランス、イギリスは、「現状を維持」が実際の 選択になると約 5 割が回答し、望ましい選択肢は、フランスが「嚥下訓練」、イギリ スは「その他」と回答した割合が高かった。オランダ、オーストラリア、フランスは 約 1 割が「何もしない」を望ましい選択肢とした。この結果は、「人工栄養補給」を 実際に選択しているのは日本だけの突出した特徴ではないこと、調査国の全てで、事

例の予後は「何もしない」より、点滴で栄養剤や薬を投与しながら看取ることを理想 の選択肢とした回答が多いことを示しており、点滴ボトルを下げた情緒的な看取りは、

日本特有の傾向ではないことを示唆している。

(3)前項の「治療方針を選択する際に『最も重視する』理由」について、「完治の可 能性・生存時間の延びる可能性・QOL 向上の期待・経済的・本人の尊厳の保持・家 族の意向に合致・国や施設のガイドラン・その他」が回答に用意された。日本と韓国 は、希望と現実のいずれでも「生存期間が延び」が顕著に高かった。また、日本とフ ランスが「家族の意向」で実際に選択する傾向にあった。チェコ、イスラエル、フラ ンスは「QOLの向上」を期待しているが、フランスでは「QOLの向上」を理由にし た選択が実際にされることは少なかった。イギリスとオーストラリアは、希望と現実 のいずれでも「本人の尊厳」が顕著に高かった。ここでは、日本特有の傾向として、

「本人の尊厳」より「家族の意向」に合致した選択が望ましいとする割合が高く、文 化的背景との関連が示唆された。

(4)「創作事例の本人の状態を終末期と考えるか?」の問いには、フランス、イギリ ス、オーストラリアの医療・介護従事者は終末期であると考え、日本、イスラエル、

オランダ、韓国、チェコは、まだ終末期とは考えていない傾向が見受けられた。また、

「本人は終末期」と捉えることと、「人工栄養を実施する」ことの相関図(図 2−5)

から、日本、イスラエル、韓国は、終末期ではないから人工栄養を実施し、オースト ラリア、イギリス、フランスは、終末期だから人工栄養を実施しない相関が読み取れ る。そのなかでオランダは、終末期でなくても人工栄養は控える傾向が示された。

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