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実務的な貢献

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 169-174)

8.3 本研究の含意

8.3.2 実務的な貢献

本研究は、意思疎通が難しく、経口摂取困難となった高齢者への医療行為の選択決 定プロセスを、現在の社会状況において判断した、介護当事者の経験を捉えたもので

ある。現在の日本社会では、経口摂取困難となった高齢者への対応は、水分・栄養を 補給する医療的な介入を行うより、むしろ、治療しないことも選択肢のひとつである として、「自然な看取り」を人間本来の姿とする傾向にある。こうした「自然な看取 り」の称揚は、胃瘻による延命を「自然」の対極にある「人工的」で本人の益になら ない行為として否定するものとなり、介護者自身が高齢者を医療行為から遠ざける構 造を形成していた。

こうした社会状況において、高齢者と生活を共にし、高齢者が口から食べられなく なったときに高齢者が生きることを選択した本研究の介護当事者たちの経験は、社会 に価値付けられた知識を退け、残り僅かな高齢者の命とともに生きたいと思う気持ち に寄り添って医療技術を利用することにより、穏やかな日常生活を実現していた。本 研究の実務的貢献は、介護当事者のこうした経験から学び、その方策を提示したこと であり、医療技術によってかけがえのない高齢者の命を延伸する判断に困惑している 介護当事者の問題解決に貢献するものである。また、介護当事者の日常生活における 意思決定プロセスの提示は、医療・介護従事者にとって、診察室の中だけでは捉えき れない、生活の中での医療技術のあり様の把握に貢献するものである。

事例1の介護当事者は、胃瘻を無理に導入して生命を延長するのでも、食事介助を 諦めて「自然の看取り」をするものでもなく、胃瘻の利用は当たり前の範囲の医療技 術であると捉え、胃瘻と共に生きる高齢者に見合った介護を行ったうえで成り行きに 任せるというものであった。介護者は、胃瘻の認識を「医療的処置」から「介護の道 具」にずらすことによって、胃瘻を用いた成り行きの看取りを実現していることを示 した。

事例2の介護当事者は、在宅介護と胃瘻造設を率先して決め、ヘルパー講座に通い、

主体的に介護に取り組んでいるが、高齢者自身は胃瘻による延命を望んでいないので はないかという懸念も持っていた。このジレンマを解消するには、高齢者本人が介護 を負担に感じない日常を提供することであると考え、リハビリや入浴など手間のかか ることは専門職に任せ、食事介助は胃瘻に任せて、自宅で行うのは必要最低限の身体 介助に留め、日常生活の助けが時々必要な高齢者と嫁が同居する日常を実現している ことを示した。

事例3の高齢者本人は、介護施設で預かることになった当初から、明日逝くかもし

れないし数年先かもしれないと診断されており、医学的な判断が困難な状態にあった。

主治医、家族、介護従事者の当初の合意は、高齢者の容体が悪化しても「何もしない」

というものであったが、介護従事者と高齢者の関係性は、介護従事者が主たる介護当 事者として高齢者と関わるなかで変容し、高齢者の容体が悪化したときには高齢者が 生きることを守る治療を望み実現している。ここでは、治療方針の判断を、家族が決 定するものという医療現場の慣行を優先させずに、介護当事者の「関係因」と、それ を受け止めて治療方針を考えた主治医の柔軟な態度が、家族の判断を変容させ、介護 当事者と高齢者の穏やかなひとときを実現していることを示した。

8.4 むすび

8.4.1 調査協力者のその後

Gilboa(2011=2012)は、意思決定論において何が「より良い選択」であるかは、

意思決定者自身の判断によって決められるべきであるという立場に立つ。本研究の調 査対象である介護当事者たちは、〈社会に価値付けられた胃瘻〉による胃瘻の否定を

〈関係因〉によってしなやかに回避し、そう長くはない高齢者との日常を過ごすため に経管栄養を選択したことに満足していることから、調査終了時点での3事例の意思 決定は、良い選択であったと言えよう。

さて、調査協力者の日常は、調査終了後も続いている。ここでは、調査終了後の調 査協力者に、経管栄養はどのような役割を果たしたかを紹介する。

事例[1]:胃瘻と迎えた最期

最後の調査日から約1年、胃瘻造設から約3年後の夏の朝、W1がいつものように 朝の排泄介助をしようとA1オムツを広げたら、オムツは血で真っ赤に染まっていた とW1はいう。M1は、その前日までは、いつも通り胃瘻から栄養を入れ、デイサー ビスにも、ショートステイにも通っていたと語り、突然だったことを補足した。

主治医に往診を頼み、尿道にカテーテルを通したが尿は出ず、血圧も低下していた 事から、胃瘻からの水分・栄養投与は一旦中止した。診断は腹部大動脈瘤であった。

しかし2日後、血圧は90まで戻り、カテーテルを外した途端に尿も出た事から、胃

瘻から水分を補給すると容体は安定した。主治医は日に 1、2 回きて、様子を見なが ら量を調節して胃瘻から水分を補給した。また、家で介護するのが無理そうだったら いつでも病院を紹介すると M1 と W1 に伝えた。W1は、「病院はずっと看ていては くれない。ここまで自分たちで看てきたのに、最期の最期に病院に“連れて行かれる”

のは嫌だ」と思い、家なら二人で看られるからと在宅で看取る事に決めた。最期を迎 えるまで、もう、日の単位である事を主治医はわかっていたとM1はいう。いつもは、

A1 が1 階で、夫妻は2 階で寝ていたが、大量出血してからは、何かあったときに2 階では聞こえないと考え、M1は、A1のベッドがある隣の部屋の仏間で寝た。母親と 並んで寝るのは、子どもの時以来だった。

大量出血から10日目の朝、A1の呼吸が弱くなっている事に気付いたM1は主治医 に連絡したが、医師がくるまでの間に A1は息を引き取り、M1とW1のふたりで見 送った。95歳だった。

臨終後、看護師から湯灌の提案を受け、W1は亡くなってからお風呂に入ってもと 思ったが、しばらくお風呂にも入ってないし最期は汗もかいたろうからといわれ、看 護師に任せた。3年間胃瘻栄養を続けてきたので、肌のツヤもよく、表情も穏やかだ ったとM1はいい、湯灌すると肌はうっすらとピンク色になり、洗髪してもらってい るのを見たらホントに「気持ちいい」と言っているように見えたと W1 はいう。M1 は、自分で言うのも変だけど、と前置きし、「本当にきれいだった」と満足そうに語 った[2014.4.17,フィールドノーツ]。

事例[3]:可能なら胃瘻に

経鼻経管から経口摂取に戻って半年後、喜寿の誕生日を迎えたA3のために、Xた ち職員は施設をあげての誕生会を開き、職員手作りのケーキと、トロミの付いたコー ラで祝った。日常の食事は、3食ともすっかり平常食に戻っていた。それから1ヶ月 半後の夏の日、A3 の隣の部屋で寝ているXが、いつものように朝起きて A3の様子 を見ると高熱でぐったりとしていた。弟夫妻はたまたま海外に出掛けており、連絡が つかなかった。Xから連絡を受けた主治医は直ちに駆けつけ、その場でできる限りの 処置を行い、とりあえず血液検査の結果が出る明日まで様子を見ようと判断した。昼 過ぎにはようやくBMともメールで連絡がとれ、A3の容体を伝えると、入院してよ くなるなら病院に入れて欲しい、胃瘻にして元気になるなら胃瘻にして欲しいと頼ま

れ、判断はXに任せると言われたという。夕方、再び様子を見にきた主治医にBMの 考えを伝えると、病院に行っても治療は今やっていることと代わらないし、むしろあ れこれ検査されて辛いだろうし、これほど手厚い看護、介護は受けられないと主治医 は判断し、とりあえず、この場所でできる限りの治療を行うことを提案した。Xも同 意した。

筆者はXから連絡を貰い、その日の夕方4時ごろから富山型施設にお邪魔していた。

A3 はときどき辛そうに少し速い呼吸をしては、ときどき無呼吸になっていた。額を 触るとうっすらと汗ばんでおり、スタッフが水枕を入れていた。筆者がいる1時間ほ どの間に、A3はXの声掛けに徐々に反応するようになり、いつも言っていた「痒い んじゃ」を発するようになる。X は、「どこけ、A3 さん、どこ」「言わんと」と言い ながら、腕や背中を軽く掻くいつものA3とXの掛け合いになった。Xの次男も、A3 を抱きかかえるように戯れ付いていた。筆者は、A3 が少し元気になったような気が して、6時ごろ帰宅した。施設を後にしながら、今回のA3の容体の急変に対し、BM は、A3が口から栄養を取れないのであれば胃瘻を希望していると聞き、当初、「何も しない」といっていた弟夫妻の変化に驚いた。それは、B3 夫妻が栄養療法に対する 正確な知識を得たことと、何もしなければ既に亡くなっていたA3の命が栄養療法で つながっている現状を経験したことに加え、胃瘻導入をめぐる話し合い以降、B3 夫 妻とA3との関係も「遠くの親戚」から「他ならぬ他者」へと徐々に変容しつつある ことを反映した「関係因」による希望と解釈されるものであった。

夜 9時過ぎ、X から「A3さん危ないです」と再びメールが来て、再び施設に向か った。10 時過ぎに駐車場に到着したところで施設から出てきたばかりの主治医に出 会い、いま死亡診断書を書いてきたところであると聞く。主治医は、「早かったです」

といい、「(スタッフの)みなさんがきています。行ってあげてください」と施設の入 り口まで送ってくれながら、ここに来たときからいつ逝っても不思議はない状態だっ たので、よくここまで持ったという思いの方が強い、それは、Xたちの、施設のスタ ッフの人たちの力だと繰り返し言った[2014.7.1,フィールドノーツ]。

8.4.2 おわりに

高齢者を思う数多くの良心的な医療・介護従事者や研究者たちが、高齢者への胃瘻 造設を「無益な治療」「徒な延命」「本人の負担」であると指摘してきたは、医学的視

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