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主な発見事項

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 165-168)

本研究のリサーチクエスチョンは、(1)意思の疎通が困難な高齢者への水分・栄養 補給はどのような社会状況において問題化され、どのような社会状況を生み出してい るのか、(2)主たる介護者は、どのような社会状況との関わりにおいて水分・栄養補 給の方法(とりわけ胃瘻)を知り、高齢者本人とのどのような関係性の中で人工的な 水分・栄養補給を導入する判断を行っているのか、であった。以下、リサーチクエス チョンの答えを述べる。(1)をめぐっては、社会学的なアプローチによって考察・分 析を行い、(2)は、フィールドワークに基づいたエスノグラフィックな記述的説明に よって明らかにした。

8.2.1 意 思 の 疎 通 が 困 難 な 高 齢 者 へ の 水 分 ・ 栄 養 補 給 は 、

「 不 健 康 な 期 間 」 を 生 き る 高 齢 者 の 激 増 と い う 社 会 状 況 に おいて問題化され、 「自然な看取り」の称揚という社会状況 を生み出している

現在の日本社会が抱える最大の課題は、健康寿命と平均寿命の差の期間に生きる高 齢者の増大である。この「不健康な期間」を生きる高齢者は、医療、介護給付、年金 など、多くの社会保障費を必要とするため、この期間をいかに短縮するかが現在の政 府の喫緊の課題となっている。一方、加齢によって、認知症、脳血管障害、頻回な誤 嚥性肺炎などが発症する可能性は高くなるため、高齢者人口の激増に伴って、意思疎 通が難しく、経口摂取が困難となった高齢者は急増した。厚労省は、こうした高齢者 を家族介護に委ねるため、造設も扱いも簡便で、安価で優れた栄養補給法である胃瘻

を奨励し在宅介護の推進を目指したが、支援体制が不備・不足な中で在宅介護は進ま ず、しかし胃瘻を造設した高齢者は急増した。胃瘻造設が増加した背景には、診療報 酬の引き上げ、食事介助の省力化を図る介護施設の要請、何らかの治療をしなければ 訴訟になりかねないと考える医師の保身、急性期病院と療養型病院の連携の不備・不 足などの社会的誘因もあった。胃瘻は生存期間を延伸する優れた栄養補給法であるた め、高齢者の「不健康な期間」をも延伸することとなり、「不健康な期間」を生きる 高齢者の増大を助長している。政府は社会保障費を縮減するため、高齢者の「不健康 な期間」の短縮を目指して、健康寿命を延伸し平均寿命との差の期間を短縮する方針 を打ち出している。また、年金給付年齢の引き上げや、収入格差による給付対象の見 直し、受給開始年齢の選択制などによって、平均寿命までの年金支給期間を短縮する 様々な対策を講じている。このような社会状況において胃瘻は問題化されていること を明らかにした。

診療報酬の引き上げや病院経営などの社会的誘因によって、医療者が漫然と胃瘻を 造設してきた医療現場の実態と、考えなしの胃瘻造設によって高齢者本人の人として の尊厳が奪われているという倫理的課題は、会田(2011)をはじめ、医療・介護・倫 理など、多様な分野で多くの研究者が指摘するところである。しかし、2012 年に日 本老年医学会が「差し控え・中止もありうる」と立場表明し、ガイドラインを策定し て以降、漫然と胃瘻を造設してきた医療者は、今度は漫然と胃瘻を差し控える処置に 急転換した。真逆にみえるこうした医療行為は、無批判に社会状況を受け入れて医療 を行っているという意味ではまったく同じである。こうして、いまや胃瘻造設者数は 減じている。繰り返しになるが、胃瘻は栄養を補給する医療技術に過ぎない。したが って、胃瘻は、社会状況次第で、高齢者の在宅医療・介護を推進する優れた医療行為 と推奨されるものにもなれば、高齢者を無理に延命する医療行為と批判されるものに もなる。2010 年頃からにわかに寿命を延ばすことの意味が問われ胃瘻バッシングが 始まったのは、こうした社会状況と無縁ではないというのが本研究の指摘するところ である。国家的な意図は、関連学会を後ろ盾にし、メディアを活用して胃瘻に延命治 療という意味を滑り込ませ、自然な看取りを称揚することによって、高齢者本人のこ とを思えばこそ介護者自身が自発的に胃瘻を遠ざける方向づけを行ってきた。

いま、介護当事者は、日常を共にしてきた意思疎通の難しくなった高齢者が経口摂 取困難となると、高齢者への適切な治療はどのようなものかを考える前に、胃瘻は「過

剰な延命治療」であり「本人の苦痛」になると捉え、救える命さえ無益な延命として

「自発的に」切り捨ててしまう、あるいは胃瘻が適応である高齢者にも経鼻経管や中 心静脈栄養を希望するという混乱した事態が生じている。しかし、こうした介護当事 者の行為は、高齢者を思う善意であり、高齢者にとってよかれと考えた上での選択で あるため、一時でも長く生きて欲しいと願って胃瘻を選択する介護者を非難してしま うことにもなる。こうして政治的意図やメディアの誘導のなかで、介護者自身が胃瘻 を批判することによって社会的言説が形成され、社会的言説によって介護者自身が胃 瘻を拒否する社会状況が生み出されていることを明らかにした。

8.2.2 介 護 者 固 有 の 経 験 と 社 会 状 況 と の 相 互 作 用 に よ っ て 胃 瘻 を 知 り 、 高 齢 者 本 人 と の 関 係 性 の 中 で 、 命 を つ な ぐ 当たり前の方法として胃瘻が選択されている

主たる介護者は、介護者自身の固有の経験と、胃瘻を始めて知った時の状況、高齢 者との関係性、高齢者医療・介護政策などの社会的方向付けなどが織りなす網目との 相互作用において、その時々の社会状況によって意味付けされる胃瘻と出会っていた。

日常のなかにもたらされる胃瘻という知識は、それが人工的水分・栄養補給のひとつ の方法であるという系統だったものはなく、経口摂取が困難になった時に栄養を補給 し命をつなぐ方法として、あるいは、延命措置や介護施設職員の手抜きのための方法 として、それぞれに構成されていることを明らかにした。本研究では、栄養を補給し 命をつなぐ方法として受け止められた胃瘻を〈道具としての胃瘻〉と名付け、実態を 伴わない社会的言説による胃瘻を〈社会に価値付けられた胃瘻〉と名付け、現在の日 本社会において胃瘻は、Porksen(1988=2007)が、具体的なコンテクストに依存せ ず、科学の領域から生活世界に転移し、科学らしさの権威をまとって日常言語に入り 込み、話し手からその語を定義する力をうばっている単語であると定義した「プラス チック・ワード」であると措定した。

また、本研究の主たる介護者たちは、高齢者への胃瘻造設の判断を迫られた土壇場 で、命をつなぐために、躊躇なく胃瘻造設を選択していた。一方、〈社会に価値付け られた胃瘻〉の知識のみしかない中で胃瘻造設の判断を迫られた“家族”は、胃瘻自 体を選択の対象と捉えて胃瘻を拒否しており、胃瘻を拒否することが高齢者の命を終 わらせるものであるという現実と結びついていないことを明らかにした。

8.2.3 意思決定の要因は〈関係因〉である

事例の考察によって、胃瘻批判が常態化している社会状況においても、高齢者の命 の延伸を否定する風評を受け流し、高齢者の命をつなぐ土壇場で、介護者が躊躇なく 生きることを選択している実態を捉えた。第7章では、その決定要因はいかなるもの であるのかを分析し、池田(2013)の「情動は具体的な対象を必要」とするという示 唆と、加藤(2007)の「私たちが互いに呼びかけあうとき、あるいは呼びかけようと するときに、その呼びかけが向けられるべき点としての〈誰か〉」が生きているとい う事実が倫理にとって重要であるという示唆によって、決定要因は関係性に起因し、

関係性に後押しされているものであると発見し、それを「関係因」と名付けた。

「関係因」とは、第 3 章で検討した家族という枠組みに期待されてきた“親密な”

関係性をめぐる先行研究で浮き彫りになった、家族という枠組みを最終的に境界付け ている“ケアの絆”の「依存的な他者」との非対称な相互関係(上野2008)であり、

“親密圏”と呼ばれる領域を構成する「他ならぬ他者」の生への配慮・関心を媒介と する関係性(斎藤 2008)であり、「かけがえのない」「代替不可能」な〈顔〉のある

「関係の過剰性」(小田2007)として根拠づけられるものである。

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 165-168)