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意思決定理論について

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 55-72)

のか』についての理論であり、現実の意思決定がどのように行われているのかについ て実験や観察を行い、モデルを作ることなどによって研究される」(森ほか2003: 230)。 記述的理論は人間の意思決定が様々なバイアスを帯びていることを明らかにするた めの心理学的なアプローチであることから、統制群との比較が可能な実験室的状況下 での研究が主である。しかし、規範的理論と記述的理論は完全に分離されているわけ ではない。近年では、規範的理論の選択肢の評価に記述的理論研究の成果を導入して 現実の意思決定に適合させる理論が研究され(長瀬2014)、記述的理論研究では、人 間の直観や感情に左右される決定を主観的合理性として捉える研究も行われている

(福田2003)。加えて、人々の意思に基づいた行為に着目した意思決定プロセスを問 う場合は、人々の価値観や善悪の判断基準を問題とする“価値”と、欲求や目的を達 成する “手段”としての行為の正当性や合理性が問題とされる(福田2003)。 また、意思決定理論の検証は、規範的理論では、その原理は現実に適合する必要」

はなく、「その原理が意思決定者にとって従いたいようなものかどうか」によってな され、記述的理論では、「その原理はそれに対応する現実と照らし合わせて」(Gilboa 2011=2012: 4)、データに適合するかどうかが現実の説明に成功した原理となる。さ らに、何が「より良い選択」であり、良い意思決定であるかは、その決定をした本人 によって判断されるべきでものであるとGilboa(2011=2012)は述べている。

本節では、経口摂取が困難となった高齢者への人工的水分・栄養補給をどうするか、

を判断する介護当事者の意思決定プロセスの先行研究を、規範的理論と記述的理論に 分類して検討する。そのうえで、介護当事者による高齢者への医療行為の意思決定プ ロセスを、社会状況とのかかわりにおいて捉える本研究の新規性を提示する。

3.1.1 規範的理論としての先行研究

経口摂取が困難となった高齢者への人工的水分・栄養補給導入を、だれがどのよう に判断すべきかの“手段”についての議論と、何を基準に判断すべきかの“価値”に ついての議論は、医療の名のもとに「患者」という立場にある者の基本的人権が侵害 されている状況を断罪し是正するという立場では、法理や人権の議論に隣接する。ま た、水分・栄養補給は導入しなければきわめて近い将来の死は確実であることから、

生命倫理学、医療哲学の議論と隣接する。しかし、本節は意思決定理論の視点から医 療行為を捉えることを目的としているため、医療行為に対する法律制定の範囲や是非

や人権問題、「安楽死」「尊厳死」「脳死」「延命医療の中止と差し控え」といった生命 の選択決定における倫理・哲学上の議論などには言及しない。

(1)“手段”における規範的理論 a. 医療行為の決定に関する歴史的変遷

紀元前4世紀の医師であり、医の倫理の歴史に最も影響を与えたといわれるヒポク ラテスが著した『ヒポクラテスの誓い』は、医師の善行・無危害の原則やパターナリ ズムなどのはじまりとみなされている(額賀 2007)。『ヒポクラテスの誓い』におけ る医療行為の決定にかかわる記述は、「私は能力と判断の限り患者に利益すると思う 養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない」「頼まれても死に導くよう な薬を与えない。それを覚らせることもしない」「いかなる患家を訪れる時もそれは ただ病者を益するためであり、(中略)女と男、自由人と奴隷の違いを考慮しない」43 などにみられるように、医師が患者の利益を判断し、医師が最善と判断する“生きる ため”の医療行為を、性別や身分の区別なくおこなうことが明記されており、患者の 生殺与奪は医療者の善意に委ねられていた。

日本弁護士連合会(2011a)によると、医療行為は、伝統的に、「医師が患者を守る べきである」というメディカル・パターナリズム(医療父権主義)という認識の下で、

医師が医療内容を一方的に決定する方法で行われてきた。しかし、第二次世界大戦中 のナチスの非道な人体実験が明らかになると、それを反省する意味で、1947年、「ニ ュルンベルク綱領」が作成された。その冒頭には「医学的研究においては、その被験 者の自発的同意が本質的に絶対に必要である」という項目が掲げられており、これを 基に、1964 年の世界医師会で「ヘルシンキ宣言(人を対象とする医学研究の倫理原 則)」が発表された。これが、患者の権利、特にインフォームド・コンセント概念の 出発点になったという。

インフォームド・コンセントという用語が初めて用いられたのは、1957 年、米国 の医療過誤事件の判決においてであり、「患者と医師との人間関係を信頼関係のある ものにする法理」(星野1998)として説かれたものであった。

1960 年代に入ると、米国では多様な人権運動が展開される。それを背景として患

43 日本医師会HP,「ヒポクラテスと医の倫理」のなかで紹介されている『ヒポクラテスの誓い』

(訳:小川鼎三)(2014820日取得,http://www.med.or.jp/doctor/member/kiso/k3.html

者の権利運動も高まり、患者は「保護の対象」ではなく「権利の主体」であるとして、

医療行為の「自己決定」が主張されるようになった。それは、「人体実験の違法性阻 却事由として発見されたインフォームド・コンセントの原則を、医療一般に拡大する ことによって、メディカル・パターナリズムを克服し、医療における自己決定権を回 復しようとするもの」(日本弁護士連合会2011a: 3)であった。1973年には、米国病 院協会が、インフォームド・コンセント、自己決定権を柱とした「患者の権利章典」

を発表し、1990 年代以降、米国各州で「患者の権利憲章」が法制化されている(日 本弁護士連合会2011a)。これが世界的な動きとなったのが、1981年、世界医師会総 会で採択された「患者の権利に関するリスボン宣言」である。全6項目からなるリス ボン宣言は、その序文において「医師は、常に自らの良心に従い、また常に患者の最 善の利益のために行動すべきであると同時に、それと同等の努力を患者の自律性と正 義を保証するために払わねばならない」として患者の権利を保障し、3番目には「患 者は十分な説明を受けた後に治療を受けいれるか、または拒否する権利を有する」と 定め、インフォームド・コンセント原則が日常医療の場にも適用されるものであるこ とを明らかにしている(日本弁護士連合会2011a)。

患者の権利に関する議論は、ヨーロッパでも1970年代から始まり、1980年代以降、

患者の権利に関する法律制定の動きが出ている。1992 年には独立した患者の権利法 がフィンランドで誕生し、WHOヨーロッパ地域事務所は、1994年、「患者の権利の 促進に関する宣言」を採択した。同年、オランダで患者の権利が法定され、その後、

1997年アイルランド、1998年デンマーク、1999年ノルウェー、2002年にはフラン ス、ベルギー、スペインなど、ヨーロッパ各国で患者の権利に関する法律が制定され ている(日本弁護士連合会2011a)。

一方、日本には、患者の権利を定めた法律はない。1948 年に結核療養所に入院し ている患者によって始まった患者運動は、主に劣悪な生活環境を改善するための要求 運動や、薬害被害や医療過誤をめぐる保障請求であった。これらを受け、1972 年に は厚労省が「医療基本法案」を、当事の野党である社会・公明・民社党は「医療保障 基本法案」を提出しているが、「いずれの法案も医療提供者側から医療制度をみるも のであり、患者の権利の視点はまったく抜け落ちていた」(日本弁護士連合会2011a:

34)という。

また、日本では、医療行為をだれがどのように決めるのが望ましいかについての議

論の歴史は浅い。松井(2004)によると、日本にインフォームド・コンセントが初め て紹介されたのは1970年であり、唄孝一が『医療法学への歩み』のなかで、「治療行 為における患者の承諾と医師の説明」としてその概念を説明した。1975 年には、東 京で開催された世界医師会総会において、インフォームド・コンセントは人体実験を 前提とした言葉として討議され、「内容を知らされて

(ママ:傍点引用者)上での研 究または治療についての同意」と表現された。1985 年、厚生省健康政策局医事課か ら発行された『生命と倫理について考える』のなかでインフォームド・コンセントは

「知らされたうえでの同意」と紹介され、治療選択の最終決定の主体者は患者である と言明されているという。

1990 年、日本医師会・生命倫理懇談会は、インフォームド・コンセントを「説明 と同意」と発表し、以後「説明と同意」が訳語に用いられるようになるが、日本弁護 士連合会(2011a)によると、この訳語は「インフォームド・コンセントの理念を正 しく伝えず、むしろ従来型のパターナリズムを温存させるものであると批判を受けた」

と指摘している。

1993 年、厚生省はインフォームド・コンセントのあり方に関する検討会(柳田邦 男座長)を設置し、1995 年までの検討会議の報告書を「インフォームド・コンセン トの在り方に関する検討会報告書――元気の出るインフォームド・コンセントを目指 して」44として発表した。そのなかで、(1)用語については訳語を作らず「インフォ ームド・コンセント」そのままを用いること、(2)基本理念は、a.医療従事者からの 十分な説明、b. 患者側の理解、納得、同意、選択、の2つのフェーズとし、a.では、

医学的な判断に基づく治療方針等の提示とともに、患者の意思や考え方に耳を傾け、

それぞれの患者に応じたより適切な説明とメニューの提示がなされることが必要で あるとし、b.では、患者本人の意思が最大限尊重されるのが狙いであって、患者に医 療内容等についての選択を迫ることが本来の意味ではないとした。(3)具体的なあり 方として、説明の際には、患者の年齢、理解度、心理状態、家族的社会的背景を配慮 し、説明の時期は、患者の不安除去の観点を考慮して、できるだけ早い時期に行われ ることが重要であるとし、必要に応じて説明の文書や疾患別のガイドブックを用いる ことや、繰返し説明することが必要であるとした。また、「『何が起こっても不服の申

44 「インフォームド・コンセントの在り方に関する検討会報告書~元気の出るインフォームド・

コンセントを目指して~」(2014820日取得,http://www.umin.ac.jp/inf-consent.htm

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