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本章では、医療としての胃瘻として、人工的水分・栄養補給法と胃瘻を概説し、胃 瘻の歴史として、日本の社会状況、政策、学会等との関わりにおいて胃瘻の普及の歴 史的変遷を概観し、高齢者への胃瘻造設の課題を、医学、社会状況、介護当事者の三 つの視点から述べ、最期に諸外国の胃瘻への対応と日本との比較を述べた。

胃瘻は、内視鏡を用いた造設術 PEGが開発されたことによって、比較的簡単な手

技で造設でき、造設後の扱いも簡便で確実に栄養補給できる、安価で優れた栄養補給 法になった。日本の医療・介護従事者たちは、日々の医療・介護のなかで工夫し、研 究を積み重ねて胃瘻の医療的、技術的な問題点を改善し、長期間の安定した予後を実 現した。しかし、現在の日本社会では、それが徒になっているような状況が起きてい た。

PEGが開発された1980年代当初、日本の人工的水分・栄養補給は中心静脈栄養が 主流であり、病院経営の事情や、日本の経済状況から、胃瘻は医療者から敬遠されて いた。しかし、高齢者の急増にともなって意思疎通が難しく経口摂取困難な高齢者は 急増し、2000 年に入ると社会的入院の解決が喫緊の課題となった。政府は在宅医療 政策を推進するにあたって、胃瘻を在宅医療推進の有力な道具と位置づけ、胃瘻造設 の診療報酬を引き上げた。これによって胃瘻は中心静脈栄養に替わる栄養療法として、

頻回な誤嚥性肺炎や、多発性脳血管障害、認知症によって経口摂取困難になった高齢 者にさかんに造設されるようになった。胃瘻は中心静脈栄養に比べ予後が長いことか ら、認知症が重篤になり遷延性意識障害となっても生命が維持されることも多く、介 護が必要な期間は延伸した。しかし、2010 年に入り、高齢者の激増に伴って胃瘻を 造設した遷延性意識障害で寝かせられたままの高齢者が急増すると、本人の意識がな いまま胃瘻を造設して延命することは倫理的に許されるのか、意思確認が難しく経口 摂取困難な高齢者への医療対応をどのように判断するのか、在宅介護の担い手として 見込んだ家族も高齢化するなかで、遷延性意識障害の高齢者を誰がどこでどのように 介護するのかなど、高齢者への胃瘻造設は批判的に問題視されるようになった。

高齢者に胃瘻を造設する際の課題は、医学的には、高齢者の終末期は特定が難しく 胃瘻の適応の判断が困難であること、経口摂取困難の要因は多様であるため嚥下困難 の特定が難しいこと、また、予後の延伸は遷延性意識障害の延伸となりうる可能性も あり、医療行為としての倫理的に推奨できるのか医療者自身が混迷していた。社会的 には、病院経営、介護施設の事情による胃瘻造設が常態化していること、診療報酬な どが胃瘻造設を選択する医療者の誘因になっていること、また、世論形成には学会の 見解やメディアが深く係っていた。高齢者と生活を共にしている介護当事者にとって は、かけがえのない他者の命を決断しなければならないこと、本人の思いがわからな いこと、また、食事介助は日常生活の延長であり、食べなければ命に係るから不安に なり、食べさせる努力が報われないと苛立ちを募らせ、なす術もなく逡巡していた。

胃瘻をめぐる課題は、諸外国でも決してスッキリと解決している医療行為ではなく、

それぞれの文化的背景、社会状況において、それぞれの課題を抱えていることが見て とれた。また、諸外国との比較から、日本の胃瘻問題は、世界一の長寿国となり高齢 者が急増していることによるものではあるが、経口摂取困難になったら「何もしない」

で看取るのではなく、点滴などで現状を維持する情緒的な要因が働いていること、胃 瘻造設は、諸外国でも半数以上の医療・介護従事者が実際に行われ、望ましい選択で あると捉えていることが明確になった。

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 52-55)