瘻」
7.2.1 土壇場の決断
事例[1]—M1、W1 の決断
事例[1]では、高齢者A1がデイサービスから戻ってきたときにぐったりしてお り、A1 を送ってきた職員からも日中、少し様子がおかしかったと告げられ、息子で あるM1はA1を急性期病院に連れて行った。A1は点滴を受けて家に戻ったが、「ベ ッドをあげもクターッとしてて、よだれがタラーッとたれて、ばあちゃんそのよだれ 拭いてってティッシュを持たせるんやけど、持ったティッシュをパラーンと」[W1,
2012.09.27, IC]落としてしまうような状態だった。「ああ、もう力がないんやと思っ て」[W1,2012.09.27, IC]、M1は主治医に連絡し、胃瘻にするなら今だという診断 を得る。それに対し、M1とW1は胃瘻の造設を即断している。
l M1:思案とか考えるとか相談するとか、そんなん一切なしね。何にも食べられ ないから[2011.07.27,IC]。
l M1:胃瘻はだめですよといわれたらしょうがないけど、我々、食べさせようと
して食べないわけですから。そのままなら栄養何とかでねえ、安楽になるか分か らないですけど、それ(死亡)はわりきっているよね。歳も歳だし[2011.07.27, IC]。
l W1:胃瘻するんやったら今しかないよって(主治医に)言われて、これ見捨て たら見殺しや[2012.09.27,IC]。
事例[2]—M2、W2 の決断
事例[2]の高齢者A2は、トイレで突然倒れ、そのまま意識がなくなった。救急 搬送された脳神経外科でくも膜下出血と診断され、息子である M2 は、「生き残る確 立は 2,3 割しかないと言われたんで、まずそっちの方。とにかく命を助ける事で、
その結果どこまで回復するか何ともその段階ではね、してみないとわかんないって言 われて」[2012.09.22, IC]開頭手術を即断している。一命は取り留めたが、「半ば植 物人間みたいなところも、最初は全然反応もなかったし(中略)その段階でまったく 本人は動けない、体が動かない状態」[M2,2012.09.22, IC]だったので、主治医の 判断により入院中の栄養補給は、はじめは中心静脈栄養で、容体が落ち着いてからは 経鼻経管による栄養補給が行われた。W2 は、A2 が一命を取り留めた時点で、入院 治療が終わったら自宅に連れ帰ると決め、退院時の胃瘻造設は当然の選択と考えてい た。
l M2:トイレで倒れて救急車呼んで、(中略)とにかく命を助けること。他に何に
もしようがなかった[2012.09.22, IC]。
l W2:命を救うっていう選択をしてしまって命が助かった以上は、選択肢はこれ
(胃瘻)しか考えられなかった。(中略)口から食べれなければ人間としての生 命活動が終わっちゃうわけだから[2012.09.04,IC]。
事例[3]—X の決断
Xの施設で暮らすようになって約2年が経過していた事例[3]のA3は、車椅子 に座って通常食が食べられるまで状態は回復していたが、誤嚥性肺炎を起こして容体 が急変し、経口摂取が困難になった。X にとって介護を引き受けた当初のA3は「全 然知らないおじさん」[2013.12.09,IC]に過ぎず、最初に診察した医師からは、A3 の命が尽きるのは「明日かもしれないし、何年後かもしれない」[2013.11.25,IC]
と言われるほど状態は思わしくなかったこともあり、当初、X、B3夫妻、主治医は、
A3 の延命措置はしないことで合意していた。しかし、2 年以上の日常を共に過ごす 中でA3とXの関係は変容しており、A3の容体が急変したとき、Xは、B3夫妻、主 治医との合意だからという理由ではA3の命を諦めることができなかった。
l その人だけを見た時に、A3 さんっていう人を見た時に、生きて欲しい、まだ生 きて欲しいという思いがあったし、(中略)死んでしまったら何も残らない
[2013.11.25, IC]。
l 胃瘻がいいとか悪いとか私は言えないし、ただあの時は生きて欲しいと思った
[2014.01.08, IC]。
事例[3]—B3 夫妻の決断(1)
一方、B3 夫妻はXからの電話で A3の容体の急変を知り、胃瘻にしたいという X の希望を聞いたときは、当初の合意通り、医療行為は「何もしない」と即答した。
l BM:ここ(X の施設)に厄介になり始める時に、延命というか、そういう事す るかしないかというような話しが X からあって、僕らはその事を考えないので
(延命治療はしない)ということやった。その延長上で僕ら返事したような感じ やった[2014.03.18, IC]。
l BW:(経口摂取できない状態に)なったから言うて何か管を付けたり何かしてま での延命は、(中略)やっぱりそこまではしないで自然に、お義兄ちゃんが自分 の体で、自分でものを食べたりなんかして、それでやって。(中略)だから、あ あなった時に、Xからどうしても管を付けたいと言われた時には、私はちょっと 正直な気持ち、私たちが夫婦でそうやって話し合って、〈他県〉から連れてきた のに、やっぱりそこの、施設の人の意見でそれをするって言うのはちょっと(な い:筆者加筆)[2014.03.18, IC]。
それでもXはA3の命をつなぎたいと願い主治医に相談した。主治医は合意を変更 することになるので所属する診療所の所長に相談した。所長の判断は家族との合意に 従うのが無難というものであったが、主治医は、栄養補給導入に関する手引書(清水・
会田 2013)を Xに渡し、それをガイドとして B3夫妻ともう一度話合うことを提案 した。その手引書には人口栄養の方法が体系的に紹介され、胃瘻はその中のひとつで
あることが明記されていた。Xとケアマネは、胃瘻にするのであれば3日以内に返答 が必要という期限の中で、手引書を持ってB3夫妻の店を訪ね、胃瘻にすることでは なく、A3 の命をつなぎたいと頼んだ。しかし、話し合いの中では、BW は電話の返 答通り「何もしない」という意向を変えることはなかった。Xは「なんか段々悲しく なって、(中略)今ここで命をおいて行くのはどうだ、みたいなことを訴えるんだけ ど、こっちだけは泣いてるけど、あっちは冷静で『話しが違う!』とか怒ってるし、
弟さんはだまーって聞いてるし」[X,20131125, IC]という状態のまま、手引書を 置いて帰宅した。3日後、BMから、主治医と話しをして決めたいという電話があり、
B3夫妻はXの施設を訪ねて主治医から経管栄養についての説明を受けた後、経鼻経 管の装着に同意した。
l BW:(Xが店にきた時)Xから、付けちゃいけないという理由があるんですかと 言われたっちゃ。それいわれた時に私はがーんときた。(中略)そう聞かれた時 に、私はどう答えたらいいがかなと思って、それはちょっとショックやった、正 直いって。(中略)付けないと、このままやと、そんなに長生きできませんよと。
あなたがた家族に付けたらいけない理由があるんですかって言われたから、あー ん、と思って。家族になってくれておられるがやから、そういうような言い方に なるのかなと思いました[2014.03.18, IC]。
l BM:(経管栄養にすると)先生が治療がしやすいって言われたよね、薬の投与と か、色々な事において。(中略)やっぱり先生の発言が大きいと思うけどなあ僕 は[2014.03.18, IC]。
l BM:あそこ(X の施設)の人がみんなよくやってくださるから、あんまり負担 をね、施設の人に掛けるのも何やしね。(中略)だからもしそのまま口からだけ でというようなことになったらもっと大変なことになるやろうから[2014.04.23, IC]。
7.2.2 胃瘻の選択によって決定されるもの
3 つの事例から示唆されたのは、〈道具としての胃瘻〉を知っている、事例[1]
M1とW1、事例[2]M2とW2、事例[3]Xが土壇場で選択しているのは「胃瘻」
ではなく、「生きること」であり、その手段として胃瘻を選択していることである。
それらに対し、事例[3]の当初のB3夫妻は、〈社会に価値付けられた胃瘻〉の認識
しかなく、管を付けてまで延命しない、自然に任せると、「命」についての言及をし つつも、選択しているのは「胃瘻自体」であり、胃瘻を断ることが命の終わりを決定 するものであるという現実につながっていなかった。そこでBWは、Xから「このま まやと、そんなに長生きできませんよ」と、生きることを直接言葉にして問いかけら れたことによって、はじめて、自分自身が選択している胃瘻が生きることを決定する ものであることに気付いている。ここで明らかになったのは、〈道具としての胃瘻〉
と〈社会に価値付けられた胃瘻〉はひとりの介護者の中に同時に混在しうるが、〈道 具としての胃瘻〉を知っていると、土壇場では「生きること」についての判断がなさ れ、〈社会に価値付けられた胃瘻〉しか知らないと、「胃瘻」の選択に終始してしまい、
高齢者が生きることに思い至れないということである。
また、土壇場で命をつなぐ選択をした理由は、科学や権威に根拠付けられた〈社会 に価値付けられた胃瘻〉とはまったく立ち位置の異なる、高齢者への“思い”のよう なものの発露だった。事例それぞれの胃瘻選択の理由をあげると、事例[1]のM1 は、「何にも食べられないから」であり、〈社会に価値付けられた胃瘻〉による延命措 置の風評に対しては、「別に亡くなることそのものがね、目的で生きているワケじゃ ないんで」としなやかに否定していた。W1は、胃瘻にしないことは「見殺し」と同 じと感じたと語っている。事例[2]のW2は、義母であるA2自身の考えは「延命 治療」や「管付きで生きる事に否定的」であると解釈していながら、「口から食べな ければ人間としての生命活動が終わっちゃう」と命の継続そのものを理由として A2 への胃瘻を選択していた。事例[2]のM2は胃瘻の選択ではないが、くも膜下出血 の開頭手術を選択したのは「とにかく命を助けること」以外に何もしようがなかった と語っている。事例[3]のXは、A3との関係が変容するなかで経口摂取が困難と なった土壇場で、「死んでしまったら何も残らない」と思い、命をつなぎたいと主治 医に訴え、B3夫妻に命の継続を懇願している。B3夫妻は、Xの懇願によって、胃瘻 の選択は生きることを選択するものであり、Xは単なるA3の介護従事者ではないこ とに気付き、X の帰宅後に手引書を読んでいる。B3 夫妻は、手引書によって胃瘻は 栄養補給のひとつの方法であることを知り、投薬の道具として経鼻経管を選択した。
胃瘻ではなく経鼻経管にしたのは、主治医の判断が大きい。主治医は、A3 の身体的 状態と、胃瘻造設のための入院手続きにはB3夫妻の“家族同意”が必要なこと、B3 夫妻の説得に時間が掛かると手遅れになる可能性があることなどから、暫定的な落と