1997年1月27日の日本経済新聞夕刊は、「高知の老人病院、栄養チューブ使用せ ず、痴ほう症患者ら死亡」と報じた。「高知市一宮の老人病院『高知愛和病院』(村井 淳志院長)で、食べ物を飲み込めなくなった痴ほう症などの患者が、人工栄養チュー ブを使われぬまま死亡していたことが二十七日までに分かった。本人の意思確認もで きない状態での処置で、『消極的安楽死では』との指摘も出ている。村井院長は同日 午前、記者会見し、『病院の方針として、人間らしく安らかにこの世を去ってもらう ため、家族の了承を得て無理な延命治療をしないようにしている』と説明した」とい うもの。この“事件”は、同日の毎日新聞が「栄養チューブ使わずに死亡 20 人」と 報じ、翌日のフジテレビ“ナイスデイ”では、当時「終末期を考える市民の会」代表 であり医学博士であった西村文夫がこの記事に対し、「栄養チューブを使えば、何年 も生きていた可能性があり本人や家族の意志を確かめていないのなら、『慈悲殺』で ある」54とコメントしている。
1998年4月12日の日本経済新聞日曜版で、村井院長の取り組みは、2000年の介 護保険制度導入にともなうケア重視の流れを先取りするものとして、「人生の終末期 に向かう高齢者に対しては、『治す医療』だけでなく、最後まで人間らしい生活を送 ることができるように患者を助ける『ケア(看護・介護)』が必要」とする考えが紹 介されている。
2003年2月23日の日本経済新聞日曜版では、「のみ下せない高齢者、胃に直接栄 養剤――『胃ろう』脚光、自宅療養に道」と題し、脳血管障害でのみ下せなくなった 73 歳の夫を在宅介護する妻の談話を紹介している。入院中、経鼻経管だったときは
「管が痛くて日に何度も自分で抜いていた。病院はそれを防ごうと唯一動かせる左手 をベッドに縛りつける。とてもつらかった」といい、退院時に胃瘻を造設した。「も し、食事の用意や介助に長時間とられれば、とても自宅での生活は続けられなかった。
本当に助かっています」という。
54 終末期を考える市民の会「旧ニュース」(2014年10月10日確認,
http://www.shumatuki.com/news/news2.htm)
2004年5月30日の日本経済新聞朝刊では、脳梗塞で飲み込む力などを失った母親
(89)を在宅介護するため、特別養護老人ホームから引き取るにあたって胃瘻にした 娘の話しとして、「経鼻チューブを外した母の表情は穏やかになり、体位交換やリハ ビリも容易に。今春から月二回、車いすで外出できるようにもなった」と紹介してい る。
2005年 4月5日の日本経済新聞では「胃ろう、普及進む――のみ込む力弱い人向 け“おなかの口”」と胃瘻が紹介され、2008年5月30日の日本経済新聞では、前橋 赤十字病院外科部長小川哲史氏が、胃瘻は患者の孤立を防ぐ医療の地域連携を推進す る道具として紹介している。
2011年12月4日には、日本老年医学会の「認知症末期患者に対する人工的栄養・
水分補給法の導入・差し控え・中止に関するガイドライン」作成に向けたシンポジウ ムが開催され、翌日の朝日新聞は「人工栄養法、中止も選択肢も――厚労省研究班『延 命せず』容認案」、読売新聞は「終末期胃ろう『中止可能に』――本人の意向考慮 老 年医学会が指針案」と報じた。
2012年3月27日、NHKは「News watch 9」のなかで、「日本老年医学会は終末 期の高齢の患者に対して、本人のためにならないと判断されれば、胃瘻をやめてもい いとするガイドライン」を示したと報道し、合わせて胃瘻を造設した事例と控えた事 例を紹介している。造設事例は、長男夫妻が在宅介護する認知症の 78 歳の女性で、
入院中、食事介助に時間がかかり職員の負担が重いといわれ胃瘻を造設したという。
「母親は今の状態に満足しているのか、答えのでないまま月日だけが流れました」と ナレーションが入って報告会の場面に転換し、「終末期を迎えた高齢者の場合、本人 のためにならないと患者や家族と医師が合意していれば、胃瘻を差し控えたり中止し たりできるとしています。患者が死亡した場合でも、合意のプロセスが適切であれば、
法的責任を問われるべきではないとも記されています」とつなげられている。胃瘻を 控えた事例は、認知症で肺炎を繰り返していた 81 歳の母親を介護していた息子で、
「最愛の母親だからこそ、むやみに延命措置はとりたくないと考えた」といい、「延 命医療せずに母親を看取るという決断はつらく重いものだった」とナレーションが入 った。
2012年5月17日、NHKは「クローズアップ現代」でも「人生の最期 どう迎え る?~岐路に立つ延命医療~」と言うタイトルで日本老年医学会ガイドラインと胃瘻
を取り上げている。「医療技術の発達で延命が可能になる一方、意思の疎通ができな いまま長期間、生き続ける姿に悩む家族がいる」と紹介し、学会のガイドラインは「延 命医療の中止も選択肢」と打ち出したと繋ぐ。ここで紹介される事例は、まず、パー キンソン病で徐々に経口摂取困難となって胃瘻を造設し、7年間寝たきりの生活を続 ける 93 歳の祖母を看る男性の孫の、状態が改善する見込みがないまま延命医療を続 けることが祖母のためになるのかという悩みが語られる。次は、脳梗塞で倒れ食べ物 を飲み込めなくなった夫に胃瘻をつけて12年になるという77歳の妻の事例で、当初 6年間は在宅介護していたが、自身が過労で倒れてしまい夫を入院させた。その後の 6年間は入院費を稼ぐために週4回7時間働いているという。夫は、いまでは両手足 の拘縮も進み、苦しめているだけではないかという思いから医師に胃瘻を止めたいと 相談するが、医師は、病状が安定しているので家族の思いだけで中止するのは難しい と考えているという。ここでキャスターのコメントになり、胃瘻は確実に栄養確保で き、食事介助の手間がかからないため受け入れ施設の事情で造設が要請されること、
最初の判断の際に予後が勘案されていない点が問題に繋がっていると指摘する。続く 事例は終末期ケアの専門チームの取り組みで、ひとつは、認知症で呼びかけに答える ことがほとんどなくなった 90 歳の女性に、退院時、胃瘻を造設するかどうか患者家 族と話し合い、「あえて苦しんでいるのをわざわざ延ばす必要はない」という家族の 気持ちを確認し、胃瘻をせずに家に戻りほどなく息を引き取ったという事例。もうひ とつは、脳梗塞の夫が肺炎で入院した際、元気な頃、延命措置は辞退すると書いてい た夫に胃瘻をどうするか悩んでいる妻に対し、専門チームは夫にペンをもたせて筆談 を試み、「連れて帰って」と言う言葉を引き出したというもの。妻は「胃瘻して長く なっても辛いだけ」と胃瘻を選択せず、そのまま家に連れて帰り看取った。コメンテ ーターである在宅医の新田國夫は、胃瘻造設は、選択した当初と介護するなかで、家 族の気持ちは変わる。また、介護者自身の生活にも支障もきたす。それが家族の悩み であり、本人の尊厳とどう摺り合わせるかが課題と指摘して終わる。ここでは介護の 社会的資源の活用には全く触れられず、ただ胃瘻による介護が長期になると辛いこと、
一方は胃瘻にしない選択で穏やかに看取ったという、番組の意図に即した事例が紹介 されていた。
2013年1月 21日付け読売新聞55は、当時の麻生副総理が社会保障制度改革国民会 議の席上で、「終末期医療の患者を『チューブの人間』」と表し、「死にたいなと思っ て、生かされるのはかなわない」「政府の金で(延命治療を)やってもらうなんてま すます寝覚めが悪い」と述べたと報じた。公人による公的な場での発言として不適切 であるのは言うまでもないが、現在の日本社会において、高齢者の終末期に、チュー ブを用いた延命治療(おそらく想定しているのは胃瘻)を行うことに問題があるとす る考えが浸透している様子が伺える。
2013年12月12日の朝日新聞は、中医協の議論を発表に付いて、「胃ろう、リハビ リ治療促進 報酬に差、事前検査も重視 厚労省方針」と題した記事を掲載している。
「国内で胃ろうを設ける人は年間10万人弱。人口あたりで英国の10倍以上、70 歳以上が占める割合は英国の2倍の8割と高い。患者の不快感が少ないなどの利点が ある一方、漫然とつけられ、望まない延命につながるケースもあると指摘されている」
と述べ、「事前に十分に検査し、つけた後にのみ込み方のリハビリなどをすると、口 から食べられるほどに回復して胃ろうが不要になる患者もいる」と報じている。
55 Newsでーたべーす(2014年10月10日確認,