第4章 研究1-ベトナム語と日本語の事態把握と視点-小説からの考察
4.4 調査の結果
41 Hẳn lão biết về một Shifumi mà mình chưa biết và có lẽ でしょう おじさん知る について 一つ 詩史 自分 知っていない そして 多分 vĩnh viễn không thể nào biết được. Ý nghĩ đó khiến Toru sôi máu.
永遠 できない 知る その考え させる 透 沸騰する 血
直訳:一度詩史は彼を個展を見に行くのを誘ったことがある。(その日、見に行った客は 二人の他、一人しかいない)。写真家と親しかったらしく、詩史は彼30の肩に両手を置き、
前のほうに身体を出し、外国人のように彼と挨拶し、(その挨拶で)彼が少し戸惑うが、
軽く両肩を抱き、上手に挨拶を返した。その瞬間、突然透の中で嫉妬の火が燃え上がった が、二人の関係或いは接触だからではなく、それは〈彼は〉その写真家の年齢に嫉妬した。
彼が自分の知らない、多分永遠に知らない詩史を知っているだろう。その考えで透は血が 沸騰した。
視座:前半〈不明〉、後半〈透〉
注視点:詩史→詩史・写真家→透(の嫉妬の火)→透(の血)
次は、分析の対象となった全調査資料の判定結果を述べる。
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表4-4 小説1『東京タワー』における話者の視座
場面 視座
JP VN
場面1(J1~9) 透 不明31
場面2(J10~16) 透 不明 透 (J13~15=V11,13)
場面3 (J17~28) 透 詩史(J18=V23) 不明
場面4 (J29~34) 透 透 (J30=V23) 不明
場面5 (J35~39) 透 不明
場面6 (J40~55) 透 透
場面7 (J56~68) 透 不明 透 (J59=V46)
場面8 (J69~79) 透 透 (J72+73=V68+69)
詩史 (J74=V70)
場面9 (J80~98) 透 透 (J91=V85; J98=V93)
表4-5 小説2『秘密』における話者の視座
場面 視座
JP VN
場面1(J1~5) 平介 不明
場面2(J6~10) 平介 不明 平介 (J10=V10)
場面3(J11~20) 平介 不明
平介 (J13+14=V13+14)
場面4(J21~28) 平介 不明
場面5(J29~40) 平介 不明
場面6(J41~46) 平介 不明
場面7(J47~56) 平介 不明
場面8(J57~59) 平介 不明
場面9(J60~77) 平介 不明 平介 (J76=V60+70)
場面10(J78~99) 平介 不明
場面11(J100~111) 平介 不明
場面12(J112~124) 平介 平介(J114~116=V105~107,J118=V110, J122
~124=V113~114)
場面13(J125~156) 平介 不明
31 「不明」とは視座がどこにあるか、明確ではないことである。
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【JPとVNにおける視座が一致している場合】 小説1からの例
J13-14:あったのかな、とだけ平介は思った。何があったのか、詳しく知ろうという気は 起きなかった。(話者の視座:〈平介〉)
V13-14 Chuyện gì thế nhỉ, ý nghĩ của Hirasuke chỉ dừng lại ở đó.
事 何 かな 思い の 平介 だけ 止まる そこに Gã không buồn quan tâm xem chuyện gì đang diễn ra.
彼 気を配りたくない 何が 起こっている
直訳:何があったのかな、平介の思いはそこだけ。彼は何が起こっているかに興味がな い。(話者の視座:〈平介〉)
【JPとVNにおける視座が一致していない場合】 小説1と小説2からの例
(1) 小説1の例
J6: 一度、詩史に誘われて写真家の個展に行ったことがある。
・話者の視座:〈透〉の視座←受身表現と文脈で判定できる ・注視点:〈透〉
V7:Có lần Shifumi rủ cậu đi xem một triển lãm ảnh cá nhân.
ある 度 詩史 誘う 彼 行く 見る 一つ 展覧会 写真 個人 直訳:一度詩史が彼を個展を見に行くのを誘ったことがある。
・話者の視座:〈透〉の視座ではない。中立的視座 ・注視点:〈詩史〉
(2) 小説2の例
J64: ご飯でさえ直子が出発前に大量に炊いていってくれたものだ。
・話者の視座:〈平介〉よりの視座←授受表現と文脈で判定できる ・注視点 :〈直子〉
V59:Ngay cả cơm Naoko cũng nấu sẵn cho gã một nồi đầy trước khi khởi hành.
でさえ ご飯 直子 も 炊いておく 与える 彼 一鍋一杯 前に 出発 直訳:ご飯でさえ、出発前に直子が彼に鍋一杯炊いておいた。
・話者の視座:〈彼〉(平介)ではない。中立的視座 ・注視点:〈直子〉
44 4.4.2.注視点の表し方について
表4-6 固定注視点の実態
比較内容 小説1 小説2
JP VN JP VN
文数
総文数 98(100) 93(100) 152(100) 147(100)
固定している文数 56(57.1) 38(40.8) 79(52.0) 64(43.5) 固定していない文数 42(42.9) 55(59.2) 73(48.0) 83(56.5) 固定場面の回数 22 12 31 21
( )は%
注視点の一貫性について、表 4-6でわかるように、JP では固定している文の割合(小
説1:57.1%、小説2:52%)が、固定していない文の割合(小説1:42.9%、小説2:48%)
に比べて大きい。一方、VN では、その反対の傾向が見られた(40.8%と 43.5%対 59.2%と 56.5%)。
JPとVNの固定場面の回数を比較すると、JPはVNより固定場面が多いことがわかった
(小説1:22回対12回、小説2:31回対21回)。このことから、VNはJPより注視点の 移動が多いと考えられる(表4-7)。
表4-7 固定場面における注視点の明示・非明示の実態
場面のタイプ
場面数
小説1 小説2
JP VN JP VN
22 (100) 12(100) 31(100) 21(100) 場面全体に明示 1 (4.5) 12 (100.0) 2 (6.4) 20 (95.2) 場面全体に非明示 4 (18.2) 0 (0.0) 4 (12.9) 0 (0.0) 場面の初文のみに明示 16(72.8) 0 (0.0) 19 (61.3) 0 (0.0) 場面の初文と途中で明示 1 (4.5) 0 (0.0) 3 (9.7) 0 (0.0) 場面の初文に非明示だが途中で明示 0 (0.0) 0 (0.0) 3 (9.7) 1 (4.8)
4.4.3〈視座〉・〈注視点〉と〈事態把握〉との関係について
日本語原文では、最初の場面から最後の場面まで小説の主人公に視座を置き、一貫した 視座で出来事を描写する傾向が見られた。一方、注視点は、必ずしも固定はしないが、文 章全体を見ると、固定している文数のほうが多いことがわかった。また注視点の明示につ いては、固定場面の初文のみに明示する傾向が見られた。
45 それに対し、ベトナム語訳文は、主観表現や感情表現などが用いられる場面では、話者 の視座が出来事の参与者(小説の登場人物)に置かれていることは判定できても、話者の 視座が一人の登場人物に固定するわけではなかった。また、話者の視座が判定できる場面 でも、必ずしも原文における話者の視座と一致していなかった。さらに、原文で授受補助 動詞や移動補助動詞が使われている場面では、話者の視座は、判定できない本動詞に訳さ れ、中立的視座の文章になっていた。注視点は、一つの注視点に固定しない日本語原文と 同様な傾向は見られたが、殆ど全ての注視点が文に明示されている点は、日本語原文とは 異なっていた(表4-7参照)。
ベトナム語訳文には視座の制約が見られず、視座の置き方及び注視点の表し方も原文と は異なっていたことから、ベトナム語には、日本語のように視座一貫性の制約が存在して いない可能性が考えられる。小説の作者と異なった視座で書かれた訳文は、作者の気持ち が十分に表現されているかどうかは、本論文では検討できないが、原文に明示されなくて も訳文に明示された主語(注視点)の明示性から、ベトナム語では視座と注視点の一貫性 よりも注視点の明示が重要であると言えるだろう。
ベトナム語訳文に見られた視座と注視点の表し方は、従来の先行研究で指摘されている
〈客観性〉が強い言語の特徴にほぼ一致している。このことから、ベトナム語は、〈主観的 把握〉ではなく、より〈客観的把握〉に近い言語であると考えられる。
以上の結果を踏まえ、次の4.5で考察を行う。