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第 5 章 研究 2-ベトナム人日本語学習者の産出文章に見られる視点の表し方

5.4 結果

5.4.2 注視点の表し方

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② 使役表現

VVの文章は、表5-12からもわかる通り「落とさせる・倒させる」「弁償させる」「直 させる」など「Làm-V」という表現の産出が多い。このような表現は、JJの文章には 一例も見られなかったのに対し、VJ両群の文章には見られた。

③ 移動表現

統計上では VJ と JJ との間にあまり差がないが、実際には JJ の文章には「飛んでく る」(場面 2)、「やってくる」/「聞いてくる」(場面4)など「Vてくる」の使用が多 いがVJ両群ともに本動詞の「来る」が多いなどの違いが見られた。

④ 感情表現

日本語母語話者は他の対象者群(VJとVV)に比べて少ない。VJ両群とVVに多用 された「嬉しい」「恥ずかしい」などの感情表現は、日本語母語話者の文章に観察され なかった。

以上ベトナム人学習者の文章における視座の表し方及びその判定手がかりである視点表 現の使用実態について述べた。次項では注視点の表し方について述べる。

83 日本語母語話者に近づいていくことがわかった。ただし、全体的に固定の傾向が見られた VJ上位群の文章も、同じ場面で注視点が移動する文が入り、それで不自然な文章になって しまった文章も観察されたため、学習者が主語の一貫性をコントロールしながら書いたの ではないと予測される。このことから学習者がより簡潔で自然な文章が書けるようになる ために注視点の一貫性を意識させることが必要なのではないかと考えられる。

5.4.2.2 注視点の明示性

注視点の明示・非明示において、表5-14で示すように、VJ上位群とVJ下位群ともに タイプ①(移動の傾向・全文全節に明示される傾向)が最も高かった。ただし、VJ上位群 には、〈固定〉の傾向である文章が40.9%であり、その〈固定の傾向〉のタイプ④(非明示)

が27.3%も見られたのに対し、VJ下位群には、〈固定の傾向〉(タイプ③と④)が見られな

かった。つまり、〈注視点の明示・非明示)についても、日本語の熟達度による差が観察さ れた。

5-14対象者群別における注視点の比較

対象者

移動の傾向 固定の傾向

Total 明示

タイプ①

非明示

タイプ② 小計 明示 タイプ③

非明示

タイプ④ 小計

JJ 0(0.0) 0(0.0) 0(0.0) 0(0.0) 22(100) 22(100) 22(100)

VJ

VJ上位群 10(45.5) 3(13.6) 13(59.1) 3(13.6) 6(27.3) 9(40.9) 22(100) VJ下位群 20(90.9) 2(9.1) 22(100) 0(0.0) 0(0.0) 0(0.0) 22(100) 30(68.2) 5(11.4) 35(79.6) 3(6.8) 6(13.6) 9(20.4) 44(100)

VV 22(100) 0(0.0) 22(100) 0(0.0) 0(0.0) 0(0.0) 22(100)

次に学習者の文章とJJ、VVの文章を比べて以下のことがわかった。

JJは、注視点の固定パターンが多い文章(固定の傾向)を書いている。また、複文或い は二つの単文に注視点を固定するパターンでは、主語を各文各節に明示せず、一回のみ明 示するタイプ④が全員の文章に見られた。つまり、注視点が変わらない限り明示しないこ ともJJの文章の特徴だと言えるだろう。

84 一方、VV は、談話・文章を構成する各文に主語が明示される傾向が全員に見られる。

ベトナム語は、「主語」が単文・複文の必要不可欠な構成要素であり、基本的に主語がなけ れば文が成り立たない言語である39。そのため事態描写の文を書く際に、誰が何をするか、

誰が何を起こすか、何が誰に起こされるかというふうに注視点を文に明示することが求め られる。このことは学習者、特に下位群学習者の文章にも反映していると考えられる。

(表5-15)。

5-15 下位群学習者の文章における注視点の明示傾向の例

【VJ下1】

ある日公園にAさんは音楽を聞いている。Bさんはサッカーをしている。突然、Bさ んはAさんにボールを蹴りました。その結果、Aさんの音楽機が壊れてしまいました。

ですから、Aさんは、Bさんを叱りました。それから二人は喧嘩しました。その時、お 父さんは来て、音楽来を修理しました。お父さんは「もう大丈夫」と言いました。それ から、AさんはBさんに「喧嘩しました。ごめんなさい」と言いました。2人は、楽し かったです。AさんはBさんに音楽機をあげました。

学習者の文章に見られる〈注視点〉の明示・非明示は、日本語の熟達度にも関係があり、

学習者のレベルが高くなるにつれ、学習者の文章全体に主語を省略するパターンが増え、

母語からの影響が少なくなることも確認された。しかし、非明示の傾向で書いた熟達した 学習者の文章の中には、必要なところでも非明示したパターンが見られるなど、注視点の 明示・非明示の規則の意識がきちんと出来ていない可能性も考えられた。

39 ベトナム語の主な構文要素(nòng cốt câu):「主語―述語」(Hoàng 1980、Diep2011など) ベトナム語の基本的な単文 : 主語+動詞/形容詞(+目的語)

肯定文:主語+動詞/形容詞

例 a) Tôi đi học.(私 行く 学校) b) Cô ấy đẹp.(彼女 綺麗)

否定文:主語+khong(否定詞)+動詞/形容詞

例a) Tôi không ăn.(私 không 食べる)b) Anh ấy không cao.(彼 không 高い)

疑問文:主語(+có)+動詞/形容詞+không?

例:Chị có ăn cơm không? (あなた co 食べる ご飯 không)

Cà phê có ngon không? (コーヒー co おいしい không)

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