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第 5 章 研究 2-ベトナム人日本語学習者の産出文章に見られる視点の表し方

5.1 先行研究

外国人日本語学習者と日本語母語話者の視点の表し方に関する先行研究は、「視点」を①

〈視座〉(話者がどこから見ているか)、②〈注視点〉(話者がどこを見ているか)の2つの 概念から考察したものが多い。また、先行研究では、視座を判定するための構文的手がか りは〈視点表現〉と定義し、受身表現、授受表現、移動表現などに着目し分析したものも ある。注視点は、主語の省略(明示性)の面で検討されている。本節では、5.1.1で〈視座〉

と〈注視点〉の両方を検討した先行研究、5.1.2で〈視座〉とその判定手がかりである〈視 点表現〉のみから論じた先行研究、5.1.3で〈注視点〉とその判定手がかりである〈主語〉

のみから論じた先行研究を概観する。

5.1.1 〈視座〉・〈注視点〉の 2 つの側面から論じた先行研究

外国人日本語学習者と日本語母語話者(JP)の視点を〈視座〉と〈注視点〉の 2 側面を比 較した先行研究は、表5-1でまとめた。

50 表 5-1 視座と注視点の両面から論じた先行研究

文献 調査対象者 調査方法・分析データ 主な結果

田代(1995) ・JP 30名

・中上級JSL学習者 中国人30名 韓国人30名

・産出のデータ

10コマ漫画の描写文章

・注視点は、全対象者の談話で移動していた。

・視座は、JP では主人公となる人物の視座を中心に述べていく 傾向が顕著に見られたが、学習者にはそのような傾向がなく、

特に中国語母語話者は他の人物の〈視座〉から描写する傾向が 顕著であった。

・学習者の文章が不自然となっている原因は、「主人公以外の人 物」から描かれていること、つまり〈視座〉の表し方が母語話 者と異なることによる。

渡邊(1996) ・JP 5名

・中上級JSL学習者 15名

中国人5名 韓国人5名 ドイツ人5名

・4コマ漫画描写のオーラルナレ ーション(口頭描写)

・視点の類型を 3 つのタイプに 分ける

「ある人物寄りの視点」

「遠距離一焦点の視点」

「中立視点」

・JPの視点には、〈固定注視点〉に受身や授受構文を使った「あ る人物寄りの視点」のタイプが多く見られた。

・中国人とドイツ人の学習者は、〈移動注視点〉の傾向が強く見 られ、視点の類型に「中立視点」が多いことが特徴である。韓 国人学習者は全体的にJPに近い傾向が見られた。

・学習者全員が母語の影響を受けている傾向が見られた。学習者 の日本語のわかりにくさの原因は、談話展開のスタイルの違い によるものである。

51 金 慶 珠

(2001)

・JP 20名

・中上級 JFL 韓国人学 習者 20名

・8コマ漫画描写の産出文章

・学習者に日本語と韓国語の両 言語で文章を書かせる

・視点は、主語と動詞の組み合 わせにより、3つのタイプに分 ける

①する型(動作主体+能動動詞)

②される型(被動作主体+受身 動詞)

③なる型(無情主語+能動・受 身動詞)

・JPは、視点対象が置かれている状況により、「サレル型」と「ナ ル型」を多用するのに対し、学習者は特定の人物より動作の主 体を中心に、「スル型」をより多用する傾向がある。

・全体的にみると、学習者は、主語と動詞の用い方において、母 語である韓国語との間に強い類似性を示している。

金 慶 珠

(2003)

・JP 30名

・韓国語母語話者30名

(日本語学習経験が ない)

・9コマ漫画描写の産出文章

・視点を述語により 3 つのタイ プに分ける。

①中立(スル、テイク)

②接近(サレル、テクル)

③投射(主観・感情表現)

ss

・日本語の談話における視点対象の一貫性が、韓国語の談話より 相対的に高い。韓国語話者は視点を事態の行為者に向ける傾向 が顕著である。

・日本語の談話における特定の視点対象への接近傾向は、韓国語 の談話より相対的に強い。

52 金 慶 珠

(2008)

・JP 100名

・JFL韓国人学習者 50名

上位群25名 下位群25名

・日本人韓国語学習者 50名

上位群25名 下位群25名

・21コマ漫画描写の産出文章

・視点を視座と注視点に分けて 捉える

・JP と韓国語母語話者は、いずれも主人公に〈視座〉を置く傾 向が顕著であるが、JP は受動表現を多用する傾向があるのに 対し、韓国語母語話者は主人公(行為主体)を主語に置き、移 動表現などの直示表現を多用する傾向が見られた。

・JFL 学習者は、〈注視点〉の設定において日本語の熟達度によ り差が見られず、韓国語母語話者と類似しているが、〈視座〉

の設定においては、上位群と下位群に一定の相違が認められ た。

・日本人韓国語学習者は、〈注視点〉の設定において、韓国語母 語話者と類似しており、JFL学習者と同様な傾向が見られた。

また、〈視座〉の設定においては、上位群のほうが下位群より 日本語母語話者に類似している。

・学習者の視点に関しては、中間言語独自の傾向(〈注視点〉の 置き方)と母語との類似性(〈視座〉の置き方)に基づく移転が 共に認められた。

林(2004) ・JP 8名

・上級 JSL 台湾人学習 者 18名

・12コマ漫画描写の産出文章

・視座を判定する視点表現

①受身表現、

・〈注視点〉は、言語に関わらず全員移動していた。

・〈視座〉は、JPは全員〈主人公〉に、固定するが、学習者は約

70%が「主人公」に、台湾人中国語母語話者は約 67%が「主人

53

・中国語母語話者18名

(台湾人、

日本語学習経験なし)

②授受補助動詞

・注視点は主語により判定する

公」に固定している。

林(2005) ・JP 8名

・中級 JFL 台湾人学習 者 43名

学習時間の長さによ るグループ分け

①JFL III 10名

②JFL II 16名

③JFL I 17名

12コマ漫画描写の産出文章

(林2004と同様)

視点を3つのタイプに類型した。

①固定視点 ②移動視点 ③中立視点

・〈視座〉に関しては、学習時間が長くなるにつれ、ある一定の 人物に固定する傾向がある。

・「視点」のタイプに関しては、「固定視点」の割合はJP100%>

JFL III70%>JFL II50%>JFL I29%という結果が得られた。

・学習が進むにつれ、受身表現の習得が進んでいるのが見られた が、授受補助動詞は受身表現のような傾向が見られなかった。

謝(2006) ・JP 30名

・上級中国人学習者 60 名

JSL30名 JFL30名

・中国語母語話者30名

・5コマ漫画描写の産出文章

・視点:〈視座〉と〈注視点〉

・〈視座〉では、JPは固定させる傾向があるのに対し、学習者と 中国語母語話者は共に移動させる傾向がある。

・中国人日本語学習者の産出文章に見られる視点は、中国語母語 話者の視点に類似している。

・学習者の視点の表し方は、学習の環境よりも母語からの影響が 強い。

54 奥川(2007) ・JP 20名

・中級JSL学習者20名 上級JSL学習者20名

台詞のないアニメーション描写 の産出文章

・新登場人物が導入された場合、JP は〈注視点〉のみを新人物 に移動し、〈視座〉を一貫して主人公に置く。

・学習者は、日本語のレベルに関係なく、いずれも〈注視点〉も

〈視座〉も移動していた。

・JP と学習者のこうした違いは、学習者の談話を不自然なもの にしている原因の一つである。

武村(2010)

武村(2012)

・JP 3名

・中国人学習者5名

・パーソナル・ナラティヴ32

(10トピック)

・漫画描写(3種類)

・視座のタイプ:4つ 1人の視座 2人の視座 3人の視座 なし

・視点表現:6つ

授受表現 受身表現 使役表現 移動表現 主観表現 感情表現

・JP と学習者の視座と注視点の傾向には、パーソナル・ナラテ ィヴの何れのタスクにおいても大きな違いは見られなかった。

・パーソナル・ナラティヴと漫画描写というタスクの違いにより、

視座と注視点の違いが見られた。ナラティヴにおいては固定視 座と移動注視点が見られないのに対し、漫画描写では視座・注 視点共に移動していた。

32 武村(2010)によるパーソナル・ナラティヴ (Personal Narrative/ Personal Telling Task)とは、調査対象者にトピックを呈示し、トピッ クについて思い出す時間を与え、口頭で語らせる調査方法である。

55 王晶(2014) ・JP 11名

・上級 JFL 中国人学習 者 13名

動画描写の口頭産出

フォローアップ・インタビュー

・JP と学習者のアニメーションによる発話では、視座の注視点 の傾向が類似している。両者においても「移動視座」と「移動注 視点」があり、大きな違いは見られなかった。しかし、場面によ り違いは見られた。

・中国人学習者は、第一人称に置き換えて発話する方が視点表 現を用いやすい。

5.1.2 〈視座〉・〈視点表現〉から論じた先行研究

5-2 視座と視点表現から論じた先行研究

文献 調査対象者 調査方法・分析データ 主な結果

大塚(1995) ・JP 20名

・中上級のJSL学習者21名

・20コマ漫画描写のオーラルナ レーション

・日本語の学習が進むにつれて、日本語学習者は視点表 現が発達すること、感情移入の対象である視点人物を 固定化し、話しを進める傾向が強まり、視点の一貫性 のルールも守られるようになること、視点人物に関す る省略が増えていくことが見られた。

・ただし、受身表現、授受表現、移動表現の3種類の視 点表現のうち、授受表現「(て)くれる」は全ての段 階において出現率が低く、習得が進まない傾向が見ら

56 れた。

・「てあげる」「てもらう」などの文の主題の視点を取る 表現は習得しやすく、「てくれる」などの取らない表現 は習得しにくい

・視点表現は、事象を話者に関係付ける標識である。こ の標識がないと、聞き手にとって話に登場する事物の関 係がつかめず、ばらばらに存在することになるので、視 点表現を持たない発話は、つながりに欠けた不自然なも のに聞こえる。

中浜・栗原

(2006)

・JP 39名 5コマ漫画描写文章 自由に書かせる

視座判定構文的手掛かり

①ヴォイス(受身)

②授受表現

③移動動詞

④主観表現

⑤感情表現

・JP が同一の局面では〈視座〉を登場人物の一人に置 く割合が高い(約70%)。会話文の挿入によって〈視座〉

が移動しても不自然さにはならない。

・最後のシーンで感情表現などの内面を描写する表現を 用いるなど工夫をする傾向が全体的に見られた。