第 6 章 研究 3-視点の指導法―〈気づき〉を重視する指導法の効果
6.4 調査の結果
6.4.1 学習者の〈気づき〉 の内容
108
109 表 6-4 一人での〈気づき〉
分析項目 回答
問 1 実験群1(N=25) 実験群3(N=28)
良い文 章
A文章のほうが良い 12(48.0) 12(42.9)
B文章のほうが良い 10(40.0) 15(53.6)
A もBも良い 3(12.0) 1(3.5)
計 25(100) 28(100)
問 2
実験群1(気づきのみ)
(N=25)
実験群3(結合)
(N=28)
○ × 計 ○ × 計 視座 話者のいる場所 0
(0.0)
25 (100)
25
(100)
0 (0.0)
28 (100)
28
(100)
視点 表現
授受表現と本動詞の違い 13 (52.0)
12 (48.0)
25 100)
17 (57.1)
12 (42.9)
28 (100) 受身表現と本動詞の違い 20
(80.0) 5 (20.0)
20 (100)
21 (75.0)
7 (25.0)
28 (100) 移動補助動詞と本動詞の違い 21
(84.0) 4 (16.0)
25 (100)
20 (71.4)
8 (28.6)
28 (100) 主観表現の使用有無 18
(72.0) 7 (28.0)
25 (100)
18 (64.3)
10 (35.7)
28 (100) その違いの理由54 0
(0.0)
25 (100)
25 (100)
0 (0.0)
28 (100)
28 (100) 注視点 主語の明示・非明示 17
(68.0) 8 (32.0)
25 (100)
18 (64.3)
10 (35.7)
28 (100) 主語の固定・移動 0
(0.0)
25 (100)
25 (100)
0 (0.0)
28 (100)
28 (100) その違いの理由 0
(0.0)
25 (100)
25 (100)
0 (0.0)
28 (100)
28 (100)
( )内の数値は% ○:気づいた ×:気づかなかった
問1「AとBのどちらの文章が良い文章だと思いますか」に対しては、「Aのほうがいい」
と思う学習者も「Bのほうがいい」と思う学習者も半分程度おり、あまり差がなかった。
その理由について「Aのほうが簡潔で分かりやすい(Aの場合)」や「Bのほうが主語がは っきりしてわかりやすい」と書いていた(添付資料D参照)。
54 話者の視座の表し方に関わる理由のみを分析の対象とした。
110 問2(AとBの文章の違いは何ですか)に対しては、表6-4でわかるようにJP・VJ両 文章の主語の用い方の違いに気づいたのは、実験群1では25名中17名、実験群3では28 名中18名だった。授受表現、受身表現、移動表現、主観表現(視点表現)の用い方の違い に気づいたのは、どの実験群も半分以上だった。一方、話者のいる場所、つまり、視座の 表し方に気づいたのは、1 例もなかった。つまり、JP とVJの両文章から、主語と視点表 現の形式的な違いについては気づくことができたが、その違いの理由や視座については気 づくことができなかったと考えられる。以下の表6-5は一人での気づきの例である。
表6-5 一人での〈気づき〉の例
問1:Bの文章のほうがいいと思います。その理由は、主語が文に明示されてわかりやす いからです。Aの文章は主語を隠され、わかりにくいです。
問2:Aでは、〈食べられた〉の受身表現が使われていますが、Bでは〈食べた〉の本動詞 が使われています。Aでは、〈帰ってきた〉が使われていますが、Bでは、〈帰った〉
が使われています。
表6-5で示した気づき内容の例から、学習者は、両文章の表現の用い方と主語の明示・
非明示の相違に気づいていることがわかる。しかし、なぜ表現の用い方が違うのか、なぜ JP の文章に主語の非明示が多く、VJ の文章には主語の非明示が見られないのかという理 由までは触れていない。
学習者一人で気づかなかったことをグループデイスカッションでさらに気づくことが可 能なのかどうかは、次項で述べる。
111 6.4.1.2 グループディスカッションによる〈気づき〉
グループディスカッションによる学習者の〈気づき〉の内容(問 2)55は、表 6-6 で示 す。
表 6-6 グループディスカッションによる〈気づき〉
分析項目
実験群 1(気づきのみ)
(N=5)
実験群 3(結合)
(N=6) 記入 録音 記入 録音
○ × ○ × ○ × ○ × 視座 話者のいる場所 0 5 0 5 0 5 1 5 視点
表現
授受表現と本動詞の違い 5 0 5 0 6 0 6 0 受身表現と本動詞の違い 5 0 5 0 6 0 6 0 移動補助動詞と本動詞の違い 5 0 5 0 6 0 6 0 その違いの理由 0 5 0 5 0 6 0 6 注視点 主語の明示・非明示 5 0 5 0 6 0 6 0 主語の固定・移動 0 6 4 1 0 6 0 6 その違いの理由 0 5 0 5 0 6 0 6 ○:気づいた ×:気づかなかった
25名の実験群1(気づきのみ)を5グループに、28名の実験群3(結合)を6グループ に分け、グループディスカッションをさせ、記入データ(資料①への記入)と記録データ を取り分析した。記入データによると、表6-6でわかるように、実験群1は5グループ中 4グループ、実験群3は全6グループも、主語の明示・非明示の違いについて記入してい た。主語の違いについて記入していたグループのいずれも、「Aは主語がよく省略されてい るが、Bは省略されていない」と書いていた。視点表現についても、全てのグループが両 文章の表現の用い方の違いに気づいた。ただし、〈一人での気づき〉と同様に、表現の用い 方の違いが何を意味しているかは、気づくことができなかった。視座についても気づくこ とはできなかった。
録音データからは、グループディスカッションの方が一人での気づきより、表現の用い 方、主語の用い方の違いを全員でより理解できる場になったのではないかということが窺 えた。表6-7は、グループディスカッションでの気づきの例である。
55 問1の質問は、個人の意識を知るためのものなので、グループディスカッションの分析 の対象から除外した。
112
表6-7 グループディスカッションでの〈気づき〉の例
S1:私はA のほうがいいと思います。A の文章のほうがプロっぽい。「帰ってきた」とか
「食べられた」「読んであげることにした」とか、レベルが高い。
S2:でも主語がわからない。主語を判定するのに時間がかかる。Bのほうがわかりやす
い。
S3:そう。Bは文章全体が長いけど、各文が短いし、主語・述語がはっきりされているし、
わかりやすい。Aはレベルの低い人には、主語の判定とか、理解が難しいかも。
6.4.1.3 指導者の非明示的介入による気づき
一人やグループディスカッションでは、視点表現・注視点の違いについて気づいたが、
その理由や話者のいる場所(視座)については気づかなかった。次に指導者が介入したQ
&Aを実験群の全員に試みた。録音データを分析した結果、殆どの学習者が主語や視点表 現の用い方の違いの理由まで気づいたことがわかった。受身・授受・移動などの表現は、
話者のいる場所に関係するということに気づくこともできた。つまり、以下の表6-8のよ うに学習者は、「話者のいる場所」を自分で気づくことはできないが、指導者が表現の違い から促していくと気づくことができると考えられる。
表6-8 視点表現の用い方の違いの説明例
T:「帰ってきた」と「帰った」がどう違いますか。
S:「帰ってきた」の場合は、話者が行って戻ったとわかりますが、「帰った」は、行って 戻ったかどうかわかりません。
T:話者はどこにいると思いますか。
S:「帰ってきた」の場合は、話者が家にいますが、「帰った」の場合は、家にいるかどう かわかりません。
T:指導者 S:学習者
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