第二章 証人保護措置の一考察
第 3 節 中国における証人保護措置のパイロットおよびその問題点
1 証人出頭義務について
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保護制度はない。ただし、近年の刑事訴訟法の改正等によって、被害者支援および証人保 護に資する制度において、世界的な標準と比較して、じわじわとその差を縮めるようにな ってきている84。このような日本の状況に対して、では、中国ではどのような状況になって いると評価すべきであろうか。
そこで、次節において、中国における証人保護措置の検討を進めることにしたい。
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戒を加えることとし、状況が重いときは、裁判長の承認を経て10日以下の監置に処するこ ととされている。しかし、いくら条文で明文化されても、マスコミ報道によるならば、こ れまでのところ適用例はない。さらに、証人が無断欠席した場合、強制措置を執行する機 関が不明で、法律の効果が役に立たないことが常態化している。
これに対し、同法187条1項においては、「検察官、当事者またはその弁護人もしくは訴 訟代理人が、証人の証言に異議があり、かつ、証人の証言が罪の認定または刑の量定に重 大な影響を及ぼし、裁判所が証人は法廷で証言する必要があると認めるときは、証人は、
法廷に出頭して証言しなければならない」とする文言があり、ここから見れば、立法当局 があらゆる刑事事件において証人を出頭させるというわけではなく、証人が出頭するか否 かに関しては、裁判官の自由裁量によって決められていることが明らかである。こうした 見解の背景には、中国で犯罪率や犯罪の増量が増加しているその裏側で、司法資源が不足 しているという点が明らかだからであると評されている85。
しかし、中国では、1998 年以降、市民的および政治的権利に関する国際規約を締結し、
当該規約14条にいう被訴追者の対面権および証人審問権の享有の如何について問われると、
証人が出頭するか、出頭しないかという決定権がもっぱら裁判官の自由裁量に委ねられて いるというにとどまらず、むしろ、裁判官の権限を一方的に拡大していくことが容易に予 想される。そうだとすると、被告人および弁護人は、検察側の提出した証拠への疑問を抱 く場合においても、証人への反対尋問する機会を失わされることとなり、、被告人側におい て、証人尋問権および防御権が本格的に剥奪されていると言わざるをえないであろう。
⑵ 制裁刑制度の導入
以上を前提とするならば、証人の強制出頭制度に関して、現実的な課題がほとんど改善 されていないという状況を見極めた上で、それを解決するという念願の実現に向けて、別 の方向で 1 から対応策を検討し直すしかない。この問題に対して、日本の対策は、出頭義
85 林偉「証人出廷適用問題之探討」中国法院網
http://www.chinacourt.ort/article/detail/2013/05/id/958259.shtml最後閲覧日は、2018年5月14日 である。
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務を果たさない者に対し、罰金を処するという制度を設ける、というものとなっている。
日本の刑事訴訟法 151条、また 152 条によれば、正当な理由がなく、証人が出頭しなけれ ば10 万円以下の過料に処し、または10 万円以下の過料および拘留に処するという措置を 併用するようになっている。また、台湾では、2002 年の刑事訴訟法の改正を契機として、
日本の制度に類似した制裁刑制度を導入した。改正された中華民国刑事訴訟法 178 条前段 によると、召喚を受けた証人が、正当な理由がなく出頭しなければ 3 万台湾元以下の過料 に処し、もしくは3万台湾元以下の過料および拘留に処する措置を併用するとされている。
証人が 2 度も3 度も出頭を拒否する場合、証人が出頭するまで、これ以上の強制処分を繰 り返し適用することができるとされている。にもかかわらず、台湾立法当局は、弾劾主義 という手続構造へ転換させていくことが求められるとして、検察側の挙証責任についてよ り一層の明文化をすることによって、当事者主義を構成する要素として「伝聞証拠規則」
という制度を導入した。すなわち、法律に基づく特段の定めがある場合を除く、証人の裁 判所外の陳述については、その証拠能力を否定されるのが一般であるとする(中華民国刑 事訴訟法159条5項)。
上記の改正後、台湾における証人の出頭率は上昇し、97パーセントにまでに達したので ある86。台湾の改革措置は、中国司法改革にとって役に立つものとして、検討の余地が見込 められるように思われる。ただし、そうは言うものの、筆者は、罰金刑制度の導入には、
資力が十分でない者にとって、支払い可能な財産がない場合には、そういった者に対して 罰金刑のもつ強制力が不足するという阻害要因として考えられるように思われ、その結果、
多くのマイナスの効果を生み出すことが懸念されるように思われる。
⑶ 経済補償金および奨励金制度の設立−-福建省恵安県基層法院を例に87
福建省恵安県は、中国の東南沿海地域に位置することもあり、経済活動が活発で、かつ、
86 「台湾証人出廷率為何達到97%」人民網
http://zb.people.com.cn/GB/14717/98407/119624/10630721.html最後閲覧日は、2018年5月25日である。
87「恵安県法院創新刑事証人作証工作規制紀実」泉州市中級人民法院網
http://www.qzcourt.gov.cn/News/jcfy/DetailPage_332.html最後閲覧日は2018年5月25日である。
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省外からの出稼ぎ者が密集している。それゆえ、刑事事件に関係する証人は、地元の住民 である可能性もあるし、遠隔地からの省外人である可能性もありうる。従来、証人が遠隔 地からの省外人に該当する場合には、交通費、宿泊費および食料費などの経済的理由によ って、証人が召喚に応じない比率が大きくなっていた。こういった状況に対応し、恵安県 基層法院と当地の検察院は、協同で、証人出頭による経済的な補償および奨励金を、地方 財政予算の一部として地方財政局へ提案したことが判明している。2015年の初めごろ、「刑 事事件における証人(被害者を含む)、捜査人員、鑑定人、専門知識を有する者の出頭証言 による経済補償および奨励に関する暫定規則」(以下「暫定規則」と略称する)を公式に公 布し、地方財政局の専門資金の支援で、それが実施されることになる。具体的には、刑事 訴訟活動において証人出頭を励まそうとして、証人出頭証言義務を尽くさせることによっ て交通、宿泊、食料費および出頭証言による減給などの実際の支出を補償することができ ると定めている。また、証人の証言(被告人側の証人をも含む)が罪名や量刑へ重大な影 響を及ぼす重要な証人に当たる場合には、犯罪状況により、一定の奨励金を配布すること ができるとされている。
以上の制度に関して、ある違法監禁罪に関する証人である曹氏が、「広東省から恵安県人 民法院へ出頭に行くと、連続欠勤による減給、交通費および宿泊費などを支払わなければ ならないが、うちの家はそう裕福ではないため、元も子もなく、無駄なお金を使いたくな い」と思うものの、経済補償金を着実に補ってもらえることから、「恵安県人民法院の手当 ては、後顧の憂いを解消することは確実である」と白状した、という例がある。
ただ、筆者の見解によれば、奨励金制度をめぐって、なお憂慮すべき弊害と思われること の 1 つは、相変わらずなされている司法資源の節約に関することである。たしかに、近年、中国の 経済は飛躍的に発展し、今でこそ世界で第2位の経済大国になっているが、約14億人という巨大 な人口を抱えているわけであり、中国国内の沿海部と内陸部との間の所得格差、地域格差の是正 ということによって、このような経済補助や奨励金制度が全国的に踏襲される可能性もあるだろうが、
率直に言って、実現することができないように思われる。そうした事情を踏まえると、地方の状況に より経済補償金や奨励金制度の設立および実施につき、当該事件の重大性、出頭の必要性など の諸事情に十分に考慮した上で、とくに証人が出頭するまでに何を心配するのか、代替的措置が
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あるのか、証人出頭による補償基準をいかに定めるべきなのかなど、克服すべき様々な課題をしっ かり見定めることが必要とされるのである。
もう 1 つの弊害は、奨励金制度の推し広めることで、被告人にとって公正な裁判を受ける権利を 損なわれる事態をもたらす恐れがある、ということである。つまり、ひとたび警察側や検察側が、証 人への奨励金の給与によって、内容虚偽な検面調書作成への誘導を目指すとするならば、司法 における恣意的な運用を抑制する立場から考えると、そのような違法な手段による書面証拠の証 明力はないはずであり、かつ司法の公正やそれに対する国民の信頼感を侵害するという懸念が生 じうる。それゆえ、今後、当該奨励金制度の採用の是正については、改めて検討する必要がある。
⑷ 近親者の証言拒絶権
中華人民共和国の建国以来、国家主義、集団主義に個人よりも絶対的な優位性があるな どと考える立場に立脚し、かつ国際政治・国内政治のイデオロギー上の闘争の影響を受け て、中華法に的な親族関係・倫理関係などの良き伝統が、封建制の名残だとして完全に排 除されてしまったようになる88。こういった事情については、1979年刑事法および刑事訴訟 法において、証人の証言拒絶権についての内容を規定するには及ばなかったことからも察 知することができる89。この状況は、1996年刑事法および刑事訴訟法では、まったく改善が 見られなかったように思われる。
こうした状況に対応すべく、2012年の刑事訴訟法の改正において、同法188条が、被告 人の配偶者、両親、子供および近親者などの出頭拒絶権を新設した。しかし、法律上の親
88 銭叶六「論“親親相隠”制度在中国刑事法律中之重構」法学評論(双月刊)2006年第5期27頁を参照。
89 1979年中華人民共和国刑法148条偽証罪および罪証隠匿罪の定めるところによれば、捜査、裁判におい
て、証人、鑑定人、記録係、翻訳係が事件と重要な関係をもつ事柄に関して、故意に虚偽の証明、鑑定、
記録、翻訳を行い、意図的に他人を陥れまたは罪証を隠匿しようとしたときは、2年以上の有期懲役また は拘役に処する。情状の重い者は、3年以上の有期懲役に処する。1979年中華人民共和国刑事訴訟法37条 によれば、事件の状況を知る者はすべて、証言の義務を有する。肉体的、精神的な欠陥をもつかまたは年 少であるために、是非を弁別することができず、自己の意思を正確に表現することができない者は、証人 になることができない、とした。すなわち、当時、近親者の証言拒絶権が定められていないと解するのが 一般的である。