第三章 日中におけるビデオリンク方式による裁判の比較
第 2 節 事件後に証人保護の措置
2 被害者に対する精神的サポート
⑴ 問題意識
被害に遭った者は、犯罪などによって強い精神的衝撃を受けたことが原因で、通常の人 より著しく不快感や恐怖感を体験することになる。それによる精神的な衝撃を受けたこと で精神的外傷(心的外傷もしくはトラウマ)が生じた上で、被害者が社会へ復帰する場合 には、精神的な後遺症として持続的なストレス障害(PTSD)を引き起こす場合がしばしば 聞かれるようになってきている184。このような精神的な障害は、被害者およびその家族にと ってかなりのダメージをもたらすはずである。しかし、被害者に与える精神的影響は、事 後的な損害請求のみでは救済として不十分である185ことから、被害者に対する専門的な心理 治療を受けさせることで改善を図ることが必要であると考えられる。
中国では、近時、人権事業の発展にともない、犯罪被害者への支援に関する問題は、世 間一般から大きな関心を集まっているようになっている186。被害者の立場は、生命、身体、
財産上の直接的な被害を受けることだけではなく(第一次被害)、捜査、裁判に伴う様々な 負担(第二次被害)、およびマスコミの取材・報告により不快感、周囲の人の言動による傷
183 田思源「構立犯罪被害人補償制度框架的基本設想-関於制定我国“犯罪被害人補償法”的提案」法学雑 誌(2001年)第6期70頁。
184 宮澤浩一=田口守一=高橋則夫(編)『犯罪被害者の研究』(1996年・成文堂)13頁を参照。
185 裴仕彬=孫正「公訴部門在被害人心理救助中的角色定位」中国検察官2017年7月(上)51頁。
186 喬中国=劉寧=王文剛「完善刑事被害人社会救助制度的思考」社会工作2007年第12期下半月17頁を
参照。
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づけられること(第三次被害)を被っていると考えられている187。また、犯罪行為による被 害を受けた者は、精神的障害を回復することができないとすれば、被害者と加害者との間 の矛盾を激化する可能性があるため、一旦、個人の訴求が得られなければ、異常な心理状 態が生じたことによって加害者などへの復讐に走るおそれがある188。さらに、犯罪被害者を 受けた本人ばかりでなく、被害者の家族までも影響を及ぼすものと言われれている。もっ とも、被害者の家族は、犯罪行為により精神的なショックも大きく、しかも、被害者の苦 痛を正確に理解できず、かつ、心理治療に関する知識を持たないのであることから、被害 者のストレスを緩和することには、力が及ばないことが予想されるように思われる。
⑵ 中国におけるカウンセリングの現状
中国におけるカウンセリング機関の設立は、世界標準よりも立ち遅れている。1980 年中 期から、正式的なカウンセリング機関が設立されるようになってきた。1989 年に、広東省 広州市において、初めて「培愛自殺防止センター」が設立された。2002年4月から、国家 労働および社会保障部の主導のもとで、カウンセリング就職基準に工夫が加えられて以来、
個人事業主として設立し、営利を目的とするカウンセリング機構が雨後のタケノコのよう に、中国全土の主要都市にわたりって、広く現れてきていた189。
しかし、目下のところ、カウンセリング機関の設立は、経済的状況の影響が最初に参考 とされるものである。北京、上海などの第一線都市においてカウンセリング機構が相対的 に集中し、地域別では西部地域よりも東部地域の方が多いことが判明している190。その上、
国外のカウンセラーに比較して、中国において、基礎的医学知識を持たない従業員は多数 であり、その専門性が不十分であることが目立っている191。
187 羅大華=兪亮=張馳「論刑事被害人的心理損害及其救助」政法学刊2001年10月第18巻第5期3頁。
この点については、日本の考え方と共通する。
188 裴ほか・前掲(195)論文51頁。
189 徐大真=徐光興「我国心理健康服務体系模式建構」中国教育学学刊(2007年)4期5~9頁参照。
190 銭銘怡=陳紅=秦漠「国内六大心理治療和諮詢的状況的調査」心理科学2008年31期(2)441~446頁。
191 陳祉妍=劉正奎=祝卓宏=史占彪「我国心理諮詢与心理治療発展現状、問題与対策」中国科学院院刊
(2016年)31巻11期1201~1202頁を参照。
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以上に述べたような原因から、中国では、犯罪被害者向けの心理負担を軽減するための 支援制度はない。
⑶ 日本における犯罪被害者精神サポートに基づく示唆
日本は、欧米の経験を直接参考の対象として、市民の連帯共助の精神に基づく支援活動 を行っている192。日本では、平成4(1992)年に、被害者およびその遺族の苦しみを緩和さ せることを目指して、東京医科歯科大学難治疾患研究所において犯罪被害相談室を開設し
た193。平成10(1998)年5月には、全国8団体による「全国被害者支援ネットワーク」を
設立し、2009年7月までには、47都道府県すべてに被害者支援センターが設置された194。 当該ネットワークは、被害者の精神的被害の回復を図るために、電話相談や面接相談、ボ ランティア相談員の養成、被害者自助組織への支援などの活動を行い、かつ、定期的に会 合や研修会などを開催している195。
にもかかわらず、被害者が抱えている心の問題を軽減するために、警察は、カウンセリ ングに関する専門的知識や技術を有する職員を配置したり、精神科医、民間のカウンセラ ー等の連携をしたりするなどの措置が採られている196。また、事件の性質、犯罪の態様およ び被害者などの要素を考慮し、専門家による適切な助言を提供することができるため、被 害者の問題に対応すべき相談窓口を設置している197。さらに、被害者のプライバシー権、名 誉権の観点から、相談者等の事情を聴取する場合には、安心できる相談室を工夫し、被害 者の足を運ばれないよう「被害者対策用の車両」を開設している198。
192 大谷実『刑事政策講義〔第4版〕』(2009年・弘文堂)347頁。
193 宮澤浩一=國松孝次(監修)『犯罪被害者に対する民間支援』(2000年・東京法令出版)208頁。
194 日本弁護士連合会=犯罪支援委員会(編)『犯罪被害者の権利の確立と総合的支援を求めて』(2004年・
明石書店)48頁。
195 宮澤ほか・前掲(192)書7~13頁。
196 宮澤浩一=國松孝次(監修)『犯罪被害者対策の現状』(2000年・東京法令出版)46頁。
197 宮澤ほか・前掲(196)書47頁。
198 宮澤ほか・前掲(196)書48頁。
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小括二
日本の犯罪給付金制度や犯罪被害者精神サポートを行うことは、警察の主導で運営して いる。しかも、民間の支援団体の貢献を軽視できないことを示している。今後、中国はこ の 2 つの制度を導入することは、大量の人手、物力などを投入する必要があるため、政府 からの資金のみに大きく依存ばかりすることはできず、民間の支援組織の協力も求められ ていくべきであろう。
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おわりに
筆者の修士論文は、中国における刑事裁判の証人出頭制度をめぐって検討を行ったもの である。それゆえ、本論文はこの修士論文を展開したものである。
中国では、刑事裁判をめぐる諸問題に対する学界的関心の高まりがみられるようになっ ては、すでに20年以上も経ってしまっている。実務においても、いろいろな措置を試行さ れたが、所期の目標を実現することができなかった。その原因は複雑であり、その解明に は難解なところも多い。例えば、古代における中国の司法は、現在における中国の司法に 影響を与えたと結論づけられるものであるから、中国に根差している中国人の「嫌訟」と いう問題は、依然として司法改革の阻害の 1 つとして、まだ解決していないとみられる旨 が指摘できる。
筆者は、証人保護制度の優劣を判断する基準の 1 つは、証人の出頭率であると考える。
中国では、一連の法改正を通じて、法整備の整合が進められているが、実務において、証 人の出頭率があまり上がらない、という実態を踏まえて、なお改善の余地があることが見 込まれる。
筆者として網羅的な検討を加えたところであるが、いろいろ不十分なところがなお多く 残っている。今後、日本の証人保護制度を課題として、さらなる検討に向けて、ひとまず 筆擱くこととする。
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参考論文
書籍(日本語)
張光雲『中国刑法における犯罪概念と犯罪の構成「日本刑法との比較を交えて」』(2013年・
専修大学出版局)
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平野龍一=浅井敦『中国の刑法と刑事訴訟法』(1982年・東京大学出版会)
小杉丈夫(編)『中国法制整備の18年—人民日報を読む』(2004・信山社)
程栄斌=王新清=甄貞『中国刑事訴訟法の理論と実際』(2003年・成文堂)
宮崎市定『中国史(上)』(2015年・岩波文庫)
岡村勲(監修)守屋典子=高橋正仁=京野哲也『犯罪被害者のための新しい刑事司法〔第2 版〕』(2009年・明石書店)
小坂井久=青木和子=宮村啓太『Q&A平成28年改正刑事訴訟法等のポイント』(2016年・
新日本法規出版)
椎橋隆幸『よくわかる刑事訴訟法』(2009年・ミネルヴァ書房)
前田雅英=星周一郎『刑事訴訟法判例ノート〔第2版〕』(2014年・弘文堂)
芦部信喜(著)高橋和之(補訂)『憲法〔第5版〕』(2011年・岩波書店)。 酒巻匡「刑事訴訟法」(2015年・有斐閣)
日本弁護士連合会(編)『裁判員制度と取調べの可視化』(2004年・明石書店)
指宿信(編)『取調べの可視化へ-新た刑事司法の展開-』(2011年・日本評論社)
宮澤浩一=田口守一=高橋則夫(編)『犯罪被害者の研究』(1996年・成文堂)
山口裕之「判批」法曹会(編)『最高裁判所裁判解説(刑事篇)平成17年』(2005年・法曹 会)
論文(日本語)
宮木康博「証人保護プログラムの制度設計」『椎橋隆幸先生退職記念論文集』(2017年・中