第 4 章 楕円関数フィルタ 100
4.3 規格化素子値
前節により得られたZ11を連分数展開すると楕円関数特性を示すはしご型回路 の規格化素子値が得られるが,楕円関数特性は有極特性であるために,バターワー スやチェビシェフ特性の場合の様な単純な連分数展開を用いて規格化素子値を求 めることができず,零点移動法[56]と呼ばれる方法を何度か繰り返して用いる必 要がある.零点移動法の一般的な解法を示すことは困難なため,ここでは具体的 な設計例を示す.
楕円関数特性を有するはしご型回路の原型LPFを図4.2に示す.いま,設計例 として,フィルタ次数n = 9,リプル幅RW = 0.01 dB,阻止レベルSB = 50 dB と設定する.すると,前節に示した各式から動作反射係数Λ(s)及び入力インピー ダンスZ11(s)は
Λ(s) =
s9+ 2.284453s8+ 5.056452s7+ 6.873103s6+ 8.012861s5
+7.019404s4+ 4.990207s3+ 2.696082s2+ 1.034288s+ 0.257292 2.609151s7+ 5.908202s5+ 4.260582s3+ 0.954225s
(4.64) Z11(s) = 2.284453s8+ 6.873103s6+ 7.019404s4+ 2.696082s2+ 0.257292
2.609151s7+ 5.908202s5 + 4.260582s3+ 0.954225s (4.65)
g
0=1
g
1g
2g
n+1g
3g
2’g
4g
4’(a)最初の素子がLの場合
g
0=1
g
2g
1g
n+1g
3g
2’g
4’g
4(b)最初の素子がCの場合 図 4.2: 楕円関数フィルタの原型LPF
となる.また零点は
Ωz1 = 0.449834 (4.66)
Ωz2 = 0.747025 (4.67)
Ωz3 = 0.891382 (4.68)
Ωz4 = 0.944638 (4.69)
と求められる.さらに,楕円関数特性において重要なパラメータである選択度kは
k = 0.903300 (4.70)
となる.よって,これらのZ11及びΩziを用いて規格化素子値を導出する.n = 9 の場合の楕円関数フィルタの原型LPFは図4.3に示すような回路となる.
ここで,図4.3に示したように,原型LPFの偶数段目はLC直列または並列共 振器となっており,その共振角周波数は零点の逆数に対応する.通常の場合,Ωzi
g
1g
2g
3g
2’g
4g
5g
4’g
6g
7g
6’g
8g
9g
8’1/ z1 1/ z4 1/ z2 1/ z3
In Out
(a)最初の素子がLの場合
g
2g
1g
3g
2’g
4g
5g
4’g
6g
7g
6’g
8g
9g
8’1/ z1 1/ z4 1/ z2 1/ z3
In Out
(b)最初の素子がCの場合
図 4.3: n = 9のときの楕円関数フィルタの原型LPF
の添え字と規格化素子値giの添え字が共に小さい順に対応させることが多い.し かし,ここでは図4.3に示すように規格化素子値の添え字に係わらず,Ωziの添え 字の大小を交互に対応させる[57].このことによって,通常の様に順番に対応させ たときと比較して計算誤差を少なくすることができる.
さらに,計算誤差を少なくする工夫として,求める規格化素子値の順番にも工 夫を施す.やはり通常添え字の小さなものから求めることが多いため,最終段の 素子,今回の場合はg9にそれまでの計算誤差が蓄積されてしまう.そこで,この g9を一番最初に求める.図4.3に示した原型LPFにおいて,g9以外の素子をまと めてブラックボックス化すると図4.4に示すようになる.
ここで,g9からブラックボックスを見たインピーダンスをZaとおくと,Z11と g9の間に
Z11=sg9+Za (4.71)
g
9In Out
Z
11Z
a図 4.4: g9を求めるときの考え方
という関係が成り立つ.また,g8, g′8による共振器の共振角周波数 1
Ωz3 であること から,s2 =− 1
Ω2z3 のときZa = 0となる.したがって,
g9 = Z11 s
s2=− 1 Ω2z3
(4.72)
と求められる.これはg9のみならず奇数段目の素子全てにおいて同様の考え方を 用いることができる.したがって,g9は
g9 = Z11 s
s2=− 1 Ω2z3
= 2.284453s8+ 6.873103s6+ 7.019404s4+ 2.696082s2+ 0.257292 2.609151s8+ 5.908202s6+ 4.260582s4+ 0.954225s2
s2=−1.258555
= 0.039829 (4.73)
と求められる.
次に同様の考え方を用いてg1を求める.g1 から原型LPFの出力側を見たイン
ピーダンスをZbとすると,g1は g1 = Z11
s
s2=− 1 Ω2z1
= 2.284453s8+ 6.873103s6+ 7.019404s4+ 2.696082s2+ 0.257292 2.609151s8+ 5.908202s6+ 4.260582s4+ 0.954225s2
s2=−4.941911
= 0.733582 (4.74)
と求められ,Zbは Zb = Z11−sg1
= 2.284453s8+ 6.873103s6+ 7.019404s4+ 2.696082s2+ 0.257292
2.609151s7+ 5.908202s5+ 4.260582s3+ 0.954225s −0.733582s
= 0.370426s8+ 2.538951s6+ 3.893916s4+ 1.996080s2+ 0.257292
2.609151s7+ 5.908202s5+ 4.260582s3+ 0.954225s (4.75) と計算される.
次に,g2′ を求める.g2′ は先ほど求めたZbを用いてこれまでと同様に素子を分離 することによって求める.このことを図4.5に示す.いま,図4.5に示したように,
g
2g
2’1/ z1
Out
Z
bY
c図 4.5: g2′ を求めるときの考え方
2段目の共振器は 1
Ωz1 で共振することは既知であり,このことを用いると,
g2′ = sZb (
s2+ 1 Ω2z1
)
s2=− 1 Ω2z1
(4.76)
このように計算すれば値が求められる.これはZbをs2+ 1
Ω2z1 で除することによっ て,Zbの零点をs = 0に移動していることを意味するため,零点移動法と呼ばれ る.したがって,g2′ は
g′2 = ( sZb
s2+ 1 Ω2z1
)
s2=− 1 Ω2z1
=
s0.370426s8+ 2.538951s6+ 3.893916s4+ 1.996080s2+ 0.257292 2.609151s7+ 5.908202s5+ 4.260582s3+ 0.954225s
(s2+ 4.941911)
s2=−4.941911
= 0.370426s6+ 0.708338s4+ 0.393373s2+ 0.052063 2.609151s6+ 5.908202s4+ 4.260582s2+ 0.954225
s2=−4.941911
= 0.153635 (4.77)
となる.また,g2は共振角周波数から g2 = Ω2z1
g2′ = 1
4.941911×0.153635 = 1.317089 (4.78) となる.
さらに,g2, g2′ から出力側を見たアドミタンスYcは Yc = 1
Zb − s/g′2 (
s2+ 1 Ω2z1
)
= 2.609151s7+ 5.908202s5 + 4.260582s3+ 0.954225s 0.370426s8+ 2.538951s6+ 3.893916s4+ 1.996080s2+ 0.257292
− s
0.153635 (s2+ 4.941911)
= 0.198070s5+ 0.318829s3 + 0.124516s
0.370426s6+ 0.708338s4+ 0.393373s2+ 0.052063 (4.79) と求められる.
以降のg3〜g8, g8′ の各規格化素子値についても同様の手順を繰り返すことによっ て値を決定できる.
g3 = 1/Yc s
s2=− 1 Ω2z4
= 0.370426s6+ 0.708338s4+ 0.393373s2 + 0.052063 0.198070s6+ 0.318829s4+ 0.124516s2
s2=−1.120647
= 1.147151 (4.80)
Zd = 1 Yc −sg3
= 0.370426s6+ 0.708338s4+ 0.393373s2+ 0.052063
0.198070s5+ 0.318829s3 + 0.124516s −1.147151s
= 0.143210s6+ 0.342594s4+ 0.250535s2+ 0.052063
0.198070s5+ 0.318829s3 + 0.124516s (4.81)
g4′ = ( sZd
s2+ 1 Ω2z4
)
s2=− 1 Ω2z4
=
s0.143210s6+ 0.342594s4+ 0.250535s2+ 0.052063 0.198070s5 + 0.318829s3+ 0.124516s
(s2+ 1.120647)
s2=−1.120647
= 0.142310s4+ 0.182106s2+ 0.046458 0.198070s4+ 0.318829s2+ 0.124516
s2=−1.120647
= 1.392260 (4.82)
g4 = Ω2z4
g′4 = 1
1.120647×1.392260 = 0.640930 (4.83)
Ye = 1
Zd − s/g4′ (
s2 + 1 Ω2z4
)
= 0.198070s5+ 0.318829s3+ 0.124516s 0.143210s6+ 0.342594s4+ 0.250535s2+ 0.052063
− s
1.392260 (s2+ 1.120647)
= 0.095209s3+ 0.081335s
0.143210s4+ 0.182106s2+ 0.046458 (4.84)
g5 = 1/Ye s
s2=− 1 Ω2z2
= 0.143210s4 + 0.182106s2+ 0.046458 0.095209s4 + 0.081335s2
s2=−1.791965
= 1.125130 (4.85)
Zf = 1
Ye −sg5
= 0.143210s4+ 0.182106s2 + 0.046458
0.095209s3+ 0.081335s −1.125130s
= 0.036088s2+ 0.025926
0.095209s3+ 0.081335s (4.86)
g6′ = sZf (
s2+ 1 Ω2z2
)
s2=− 1 Ω2z2
=
s 0.036088s2+ 0.025926 0.095209s3+ 0.081335s
(s2+ 1.791965)
s2=−1.791965
= 0.036088s2+ 0.025926 0.095209s2+ 0.081335
s2=−1.791965
= 0.433960 (4.87)
g6 = Ω2z2
g6′ = 1
1.2585551.791965×0.433960 = 1.285941 (4.88)
Yg = 1
Zf − s/g′6 (
s2+ 1 Ω2z2
)
= 0.095209s3+ 0.081335s
0.036088s2+ 0.025926 − s
0.433960 (s2+ 1.791965)
= 0.012049s
0.036088s2+ 0.025926 (4.89)
g7 = 1/Yg s
s2=− 1 Ω2z3
= 0.036088s2+ 0.025926 0.012049s2
s2=−1.258555
= 1.285387 (4.90)
Zh = 1 Yg −sg7
= 0.036088s2+ 0.025926
0.012049s −1.285387s
= 0.020300s2+ 0.025926
0.012049s (4.91)
g8′ = sZh (
s2+ 1 Ω2z3
)
s2=− 1 Ω2z3
=
s0.020300s2+ 0.025926 0.012049s (s2+ 1.258555)
s2=−1.258555
= 0.020600 0.012049
s2=−1.258555
= 1.709609 (4.92)
g8 = Ω2z2
g8′ = 1
1.258555×1.709609 = 0.464762 (4.93) 以上の様にして得られた規格化素子値を次の表4.1にまとめ,原型LPFから得 られた特性を図4.6から4.8に示す.
図4.6から4.8に示した特性から,仕様として設定したパラメータを完全に満足 する楕円関数特性が得られていることが確認できる.さらに,設計で得られた零 点及び極Ωzi,Ωpi (i= 1,2,3,4)についても数値通りの場所に実現されている.
表 4.1: n = 9, RW = 0.01, SB = 50のときの規格化素子値 i gi gi′
1 0.733582
2 1.317089 0.153635 3 1.147151
4 0.640930 1.392260 5 1.125130
6 1.285941 0.433960 7 1.285387
8 0.464762 1.709609 9 0.039829
-100 -80 -60 -40 -20 0
0 1 2 3 4 5
Normalized angular frequency [rad/s]
| S
11| , | S
21| [ dB ]
|S11|
|S21|
p4
p3
p2
p1
50 dB
図 4.6: n= 9の楕円関数フィルタの原型LPFの特性(全体)
また,通過帯域及び阻止帯域のエッジ角周波数Ωep,Ωesは式(4.9)より,
Ωep = Ωc√
k= 0.950421 rad/s (4.94) Ωes = Ωc
√k = 1.052165 rad/s (4.95)
となり,これらの値においても,計算値通りに実現されている.
-0.05 -0.04 -0.03 -0.02 -0.01 0
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 Normalized angular frequency [rad/s]
|S21| [dB]
ep
z1 z2 z3 z4
0.01 dB
図 4.7: n= 9の楕円関数フィルタの原型LPFの特性(通過域部分の拡大図)
-100 -80 -60 -40 -20 0
0.9 1 1.1
Normalized angular frequency [rad/s]
|S11| ,|S21| [dB]
|S11|
|S21| Pass band
Elimination band Cutoff angular frequency
ep
es
図 4.8: n = 9の楕円関数フィルタの原型LPFの特性(遮断角周波数付近の拡大図)
遮断角周波数の規格化
ここで,遮断角周波数に着目すると,楕円関数特性も含め,一般的に遮断周波 数は規格化角周波数Ω = Ωc= 1 rad/sとして規定される.いま,図4.6から4.8に 示した特性の様に,楕円関数特性ではΩ = Ωc= 1 rad/sにおける物理的性質が明 確でないという問題点がある.バターワース特性の様に3 dB遮断角周波数となっ ている訳でもなく,チェビシェフ特性の様に通過域のリプル幅端となっている訳 でもなく,仕様,特に選択度kによってΩ = Ωc = 1 rad/sでのS21は大きく変化 する.このことは楕円関数フィルタを実現し,特性を評価する際に遮断周波数を 特定することが困難であるなどの点において問題となる.
そこで,同様に通過帯域内にリプルを有するチェビシェフ特性の遮断角周波数が リプル幅端であることに着目し,楕円関数特性の遮断角周波数Ω = Ωc = 1 rad/sが 通過帯域内のリプル幅端となるように楕円関数特性を調節する.これはΩep = Ωc√
k となっているΩepをΩep= Ωc= 1 rad/sとすることに相当する.
上で述べたΩep = Ωc√
kをΩep= Ωcに調節するとは,すなわち,これまでに既 に得られている楕円関数特性を有する原型LPFとその規格化素子値をΩep = Ωc となるように周波数変換することを意味する.したがって,2.2.1節で示したよう に,LPF変換の変換式である式(2.55)に(Ω, ω) = (Ωep,Ωc)を代入すると,
Ω = Ωep
Ωc ω =√
kω (4.96)
と変換式を決定することができる.つまり,各規格化素子値全てに対して,その 値を√
k倍すればよいことになる.
したがって,表4.1に示した素子値を√
k倍し,遮断周波数としてΩep= Ωcとな るように調節したときの各素子値と,そのLPFの特性を表4.2及び図4.9,図4.10 にそれぞれ示す.
図4.10に示した特性から,遮断角周波数Ω = Ωcが通過帯域のリプル幅端と一 致しており,目的の変換ができていることを確認できる.
以降の楕円関数特性を有するフィルタの設計において,原型LPFや規格化素子 値として用いる値は特に断らない限り,この様に遮断角周波数をΩ = Ωcに規格化
表 4.2: n = 9, RW = 0.01, SB = 50のときの規格化素子値(Ωep = 1に規格化し た場合)
i gi gi′ 1 0.697212
2 1.251789 0.146018 3 1.090276
4 0.609153 1.323233 5 1.069347
6 1.222185 0.412445 7 1.221659
8 0.441720 1.624848 9 0.037854
-100 -80 -60 -40 -20 0
0 1 2 3 4 5
Normalized angular frequency [rad/s]
|S11| ,|S21| [dB]
|S11|
|S21|
図 4.9: 遮断角周波数を規格化したn = 9の楕円関数フィルタの原型LPFの特性
(全体)
したものとする.
-0.05 -0.04 -0.03 -0.02 -0.01 0
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 1.1 Normalized angular frequency [rad/s]
|S21| [dB]
図 4.10: 遮断角周波数を規格化したn = 9の楕円関数フィルタの原型LPFの特性
(通過域部分の拡大図)