第 3 章 日本における予防接種制度の概要と子宮頸がんワクチン
3.3 日本の予防接種行政の特徴-手塚洋輔の政治的分析
3.3.2 行政の責任の変化
一方で、手塚は、ワクチンの副反応の発生と予防接種制度の変遷をたどり、副反応被害 に対する国の責任の変化について論じている。
1970年に東京都品川区において、本来なら禁忌として、ワクチン接種から除外されるは ずの心臓に先天的異常を持つ女児が、DPTワクチンを集団接種した後死亡するという事件 が起こった。女児の死亡の直接的原因は、予防接種による発熱がミルクの嘔吐を引き起こ した結果の窒息とされ、接種を担当した医師2名がこのワクチン接種の責任を問われ書類 送検された。しかし、この医師らが所属する品川医師会は、「この種の事故にまで責任を追 わされるならば、今後ワクチン接種に協力することはできない」として、予防接種の実施 をボイコットするに至った。この事態を受けて、予防接種を行う医師の法的地位と責任の 範囲が議論された結果、医師会は予防接種についての契約・協定を自治体と結ぶことによ り、予防接種の健康被害により賠償責任が生じた場合でも、当該医師は故意または重大な 過失がない限り、責任を問われないという医師の免責と、その責任は国または地方自治体 が負うことが明確化された(手塚2010:202)。
一方で、予防接種による副反応被害は、1948年の予防接種法制定直後から発生していた が、当時それらは社会問題に発展することはなく、1970年代までは、副反応はワクチンに 潜在的なものであり、副反応被害は特異体質の人にだけ起こるものとして、国が責任を追 及されることはなかった(手塚2010:88—91)。しかし、1970年代に入り、予防接種による
健康被害が社会問題として世間の注目を集め始めた17。1976年の予防接種法改正では、定 期接種の義務規定は残されたが罰則が廃止され、その強制の度合いが弱められたことに加 えて、行政的な暫定措置であった健康被害に対する救済制度が法制化され、予防接種法に 組み入れられて内容の充実が図られた。さらに、予防接種の実施に際しての医師の免責が 明確化された。つまり、国は、救済制度の法制化によりその公的責任領域を拡大するとと もに、予防接種による健康被害に関する責任は国と自治体が負うものであるとすることで、
予防接種制度の維持に努めたのである(手塚2010: 211,213-214)。
さらに、1994年の法改正は、医療に対する個人の意思を尊重することを旨として、予防 接種は、義務接種から、個人の意思を尊重し「接種を行うように努める必要がある」勧奨 接種に、つまり義務規定から努力義務規定となり、接種の様式も安全な接種体制として、
集団接種から個別接種に改定された。ここにおいて、予防接種政策の目的は、それまでの 社会という集団を守ることから、個人を守ることを重視する方向に転換したことになる(手
塚2010:253)。一方、予防接種は健康被害を内包しながら実施されるものであり、救済制
度が存在することにより、国民の接種に対する自発性や接種に際しての医師の協力を促す ことができるという理由から、健康被害救済制度は予防接種法の中に残された(手塚 2010:254)。
この法改正により、国は、それまで国が担ってきたワクチン接種の決定は個人に付与し、
医師には接種に際しての禁忌18の識別責任のみを残し、予防接種の健康被害に対する国の 責任の範囲を縮小する一方で、救済制度を残存させることで予防接種制度を維持すること に努めたのである(手塚2010:260-261)。言い換えれば、日本の予防接種制度は、国民を 感染症から守るために義務と罰則により国民を規制するものから、国民が自らを感染症か ら守るために接種を受けやすいように条件整備をするものへと変化を遂げたことになる
(手塚2010:255)。
(1) 1994年の法改正における2つのリスクへの対応
1994 年の法改正による変更を 2 つのリスクという側面から考えると、次のように整理
17 1970年代には、種痘、インフルエンザ、ポリオ、百日咳、日本脳炎などのワクチンにより 死亡や脳炎などの被害が拡大し、1968年の高松訴訟、1970年の小樽訴訟、1972年の東京訴訟 および名古屋訴訟、1975年大阪訴訟など、全国で次々と集団訴訟が起こされた(手塚2010:246;
母里・古賀2016:1-3)。
18 医薬品や食品などで、病状を悪化させ、または治療の目的にそぐわないものを指す(新村 1998:727)。
することができる。
「社会環境リスク」については、接種の選択権を個人に付与したことで、国はこのリス クに対する介入から部分的に退いたと考えられる。一方で、「制度組織リスク」に関しては、
ワクチン接種の決定は国民に、ワクチン接種時の禁忌識別の責任を接種に関わる医師に、
そして健康被害の損害賠償については自治体にも分担させることにより、国は、予防接種 による健康被害についての責任範囲を縮小する対策で、このリスクに対応したと考えるこ とができる。この国の責任の問題に関しては、サブ政治との関係においては 5.2.3 で、個 人の選択の問題との関係においては6.3.1で詳しい分析を展開する。
(2) 接種義務の廃止に伴う2つの問題
加えて、本論では、この接種義務の廃止に伴って現れる2つの問題について考察したい と考える。1つは、選択権を付与された個人における「非知」の問題であり、もう1つは、
予防接種制度における責任の二重性の問題である。
まず、ワクチンを接種するか否かの選択が個人に付与されたことで、個人は決定に関与 する者、つまり決定の帰属に関与する存在となるわけであるが、その際に求められる個人 における知のレベルは、国がワクチンを選定する場合の専門知のレベルとは異なるという 現実が存在する。つまり、2.2.2 の(3)においてベックが主張しているように、再帰的近代 においては、原則として、人々はリスクについて他者の知識に依存しており、知るという 権利の重要な部分を失っている「非知」の状態にある(Beck 1986=1998:81-82)。この主 張に依拠するなら、この法改正によって非知の状態にある個人が、ワクチンの選択の決定 者とされたことは、果たして妥当な判断であったのかというのが、第一の疑問である。こ れについては、個人がワクチンをリスクと認識していたか、あるいは危険と見ていたかの 問題とともに、6.3.2において検討したい。
次に、2.2.1および2.2.6で検討したルーマンによる決定の帰属と責任の問題に関連して、
1994年の予防接種法改正においては、国が選定したワクチンを、接種の選択権を付与され た個人がさらに決定を行うという、決定に関与する主体が2つある構造となっており、そ の結果、選択と責任の関係が解りにくいものとなっているのではないか、という疑問が生 じる。この法改正以前では、予防接種は国が決定し、国民は強制されて従い、被害に対し ては国が責任を負っていた。改正後もワクチンにより健康被害が起きた場合は、国や自治 体が救済することになっているが、自己の選択に対して他者が責任を取るという構造は、
その選択の経緯に少なからず影響を及ぼすと考えられ、この問題については、6.3.1におい て考察したいと考える。