第 4 章 子宮頸がんワクチンの接種対象者である女性―その近代化の歴史
4.2 教育理念における女性性-「他者のために生きる」
4.3.2 労働における日本女性
(1) 時勢に翻弄される女性労働
一方、第二次世界大戦終結直前の日本では、400万人を超える女性労働者、47万人の女 性挺身隊員、151万人の女子勤労動員学徒が働いていた(工水戸1990:7034)。それまで家 庭を守るべき存在とされ、職業進出を閉ざされてきた女性が、戦争を契機としてその勤労 を奨励され、従来女性を排斥してきた職種においても労働力不足の解消に当てられてきた
33 Seidenspinner,G. and Buger, A., Brigitte and Deutsches Judgendinstitut(eds.)(1982)
Mädchen 1982,Bericht und Tabellen, p11を参照のこととされている(Beck and Beck - Gernsheim 2002:79, 注74)。
34 広田寿子(2006)『現代女子労働の研究』からの工水戸による引用。
ことについては、ドイツ女性の労働状況で見たことと、大きな違いはない(4.3.1 (1)参照)。
しかし、日本では国家主義的思想を後ろ盾とする家族主義への傾倒が強く、戦時の職場に 女性を配置することに躊躇があり、女子の動員対策は、非常に遅れて実施された35(赤松 編1977:33)。
第二次世界大戦終結後に公布された日本国憲法では、性別による差別の撤廃が謳われ、
同年施行の労働基準法においては、男女同一賃金の原則と女性保護の諸規定36が定められ たが、女性労働者の平均賃金は、男性の半分以下という状況が続いていた。1948 年(昭
23)の経済安定 9原則37および1949 年(昭24)のドッジライン38による合理化の強行に
より、中小企業の倒産が相次ぐと、まず女性が解雇の対象となった。しかし、1950年(昭 25)に朝鮮戦争が始まり、特需と輸出増加による生産が回復すると、再び若い女性が雇用 された。(工水戸1990:70-73)。
1955 年(昭30)には、日本の生産力は戦前の水準を上回り、高度成長経済が 1973 年
の第一次石油ショック39まで続いた。技術革新が進んで作業が軽量化、単純化、標準化し たため、繰り返しを要求される細かい作業が増え、事務や間接的な仕事が重要視されるよ うになり、第三次産業の成長とともに女性の働く分野が拡大された。また、日々進歩する 技術に対応する能力が求められ、戦後の新教育制度の整備により義務教育以後の進学率が 高まると、女子も高校または大学卒業後に就職することが一般的となった(4.2.2 (2)参照)。 進学率が上がるとその反動で若年層の労働力が不足となり、政府はその補充として、中高 年齢の女性労働力を市場に導入する政策を取った(工水戸1990:74)。
昭和 30 年代には、電気炊飯器を皮切りに、家事労働を軽減する生活家電製品が普及し
35 1938年(昭13)に国家総動員法が成立するが、女性の勤労動員促進を政府が決定し、それ
まで制限されていた業務に女性と16歳未満の年少者の就業を定めたのは、5年後の工場法戦時 特例であった。1944年(昭19)には女性の動員がいっそう強化され、3月には女性挺身隊制 度強化方策要綱が決定されたが、この要綱では、家庭責任のある女性の除外と結婚による離職 が認められており、当時の政府が、若い女性の就業により出産率が下がることで起こる人口減 少を懸念していたことが理解される(赤松編1977:33-34)。
36 この諸規定には、休日労働、深夜労働、坑内労働の禁止、女性の時間外労働、危険有害業務 就業の制限、産前産後休業、育児時間、生理休暇の補償が定められた(工水戸1990:71)。
37 経済安定9原則とは、単一為替レートとインフレ収束を実現して日本経済の自立を図るため に、1948年(昭23)にアメリカ政府が日本に指令した9項目の経済政策を指す(松村1995:1107)。
38 ドッジラインとは、日本経済の自立と安定のために、GHQ経済顧問のジョゼフ・ドッジに より立案および勧告された金融引き締め政策を指す(松村1995:2611)。
39 石油ショックとは、アラブ産油国の原油生産削減と価格の大幅引き上げが、石油をエネルギ ー資源とする先進工業諸国に与えた深刻な経済的混乱のことを指し、第一次石油ショックは 1973年(昭48)、第二次石油ショックは1979年(昭54)である(松村1995:468)。
始め、これらの耐久消費財の購入や教育費、住宅費の増加で生活費が膨張した。一家の主 の収入だけでは賄いきれない部分を補うために、結婚後、出産後も仕事を継続する女性、
またパートタイムで働く主婦が増加した。女性労働者は男性より高い割合で増加し続け、
1967年には1000万人を超え、1973年には1187万人に達し、同年の35歳以上の女性労 働者は、全体の44.9%まで、既婚女性労働者は59.4%まで増加した(工水戸1990:74-7540)。
2008年では、高校卒業(以下高卒)女子が97.8%、大学卒業(以下大卒)女子では97.3%
と、ほぼ100%に近い割合で職を得ている(厚生労働省2009:150)41。しかしながら、そ
の職種の内容では、大卒女子においては多い順に、事務(39.8%)、専門的・技術的職業
(31.7%、その内保健医療 11.5%)、販売(19.3%)、サービス業(5.5%)となっており、
同男子では専門的・技術的職業(33.8%、その内技術者25.4%)、事務(27.2%)、販売(26.1%)、
サービス業(4.6%)となっている(厚生労働省2009:162)。このように、職種における「女 性は事務職、男性は技術職」という傾向は明らかに存在しており、教育において現れてい る「女は文系、男は理系」というジェンダーバイアスが、職業の選択にも影響を与えてい ると思われる。
(2) 特徴的なM字形成
さらに、年齢階級別の労働力率42(付録図表1参照)を見ると、1987年(昭62)では、
男性では大学・大学院卒、高校・旧制中学卒とも20~24歳までの年齢ですでに90%を超 える有業率に達し、55~59歳の定年退職時期までそれが継続して逆U字を形作っている。
これに対して女性は、大学・大学院卒と高校・旧制中学卒に若干の差はあるものの、20~
24歳でピークに達した有業率が、その後急激に降下し、30~34歳でおよそ50%の最低と なり、どちらもM字型となっている。また、2007年(平19)のグラフでは、男性の曲線 は 1987 年のものとほとんど変化はないが、女性の曲線はピークからの下降が緩やかにな る。高校・旧制中学卒の最低は前と変わらず30~34歳であるが、数値は60%まで上がり、
40 経済企画庁「消費者動向調査」、総務庁「労働力調査」、労働省「賃金構造基本統計調査」か らの工水戸による引用。
41 2008年の高卒男子の最終就職決定率は97.8%、大卒男子は96.6%となっている(厚生労働
省2009:150)。
42 労働力率とは、労働力人口(15歳以上の人口の内、就業者と完全失業者の合計を15歳以上 人口で割って100をかけたもので表される指数。独立行政法人労働政策研究・研究機構HP, http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/yougo/d11.html, 総務省統計局 HP,
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2000/guide/3-04.htm, 2017年5月閲覧。
大学・大学院卒の最低は35~39歳の年齢群にシフトしている上に、65%まで上昇を遂げ ている(厚生労働省2009:31)。このM字型形成は、日本女性の働き方において特徴的な もので、日本では、女性は結婚や出産により、労働市場から一時的に離れるために、M字 のくぼみが形成され、子育てが一段落する20代後半から30代にかけて再び就業するため、
V部分の右側が形成されることになる43(厚生労働省2009:75)。このような日本の女性の 結婚・出産による労働市場からの一時撤退は、勤続年数の中断を意味する。職階の上昇に 勤続年数の長さが前提とされている日本の企業では、あらかじめ女性の勤続中断を見越し て、女性を難易度の低い仕事に配置する傾向があり、日本の女性は権限を持つ職階に上昇 することにおいて、大変不利な状況に置かれていることになる。この問題は、結婚すれば 男性が世帯主として諸手当を支給されることと合わせて、男女の賃金格差の原因となると 考えられる。
さらに、この年齢による労働力率をドイツ(2013 年)(付録図表 2)と比べると、ドイ ツは凹みのほとんどないM字型だが、日本の曲線は明らかにM字に近い。1987年と比較 して日本のM字の凹みは減少しているものの、このようにドイツとの差が形成されるには、
どのような背景があるのかについては、4.4.1で詳しく検討する。
(3) 男性との格差
前項において、日本の女性の働き方は、男性とは異なり、結婚や出産により職場を離脱 する傾向が強くあったが、近年それが解消に向かっていることを述べた。本項では、さら に賃金および労働時間について、女性の労働の現状を男性との比較で検討する。
2008 年(平20)3月の新規学卒者の女子の初任給は、高卒 15万4300 円、短大卒 16 万8600円、これに対して男子では、高卒16万円、短大卒 17万1600円、それぞれの男 性初任給を 100 としてこの男女の賃金格差を見た場合、高卒女子は 96.4、短大卒女子で
98.3、大卒事務系で95.4、大卒技術系では100となり、初任給においては大差が形成され
ているわけではない(厚生労働省2009:20)。しかし、これを一般労働者44にまで拡大し企
43 ちなみに諸外国の女性有業率では、ドイツ、フランスもM字型を示すが、その凹みがほと んどなく、スウェーデンは日本の男性のように逆U字を形成している(井上・江原1991:90)。
44 一般労働者とは、常用労働者の内の短時間労働者以外の労働者を指し、常用労働者とは、① 機関を定めずに雇われている、②1か月を超える期間を定めて雇われている、③日々又は1か 月以内の期間を定めて雇われている労働者の内、4月および5月にそれぞれ18日以上雇用され た、のいずれかに該当する者を指す。加えて、1日の所定労働時間が一般の労働者よりも短い、
または1日の所定労働時間が一般の労働者と同じでも1週の所定労働日数が一般の労働者より