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第 2 章 リスク社会論

2.3 ベックのリスク社会論-サブ政治論と個人化論

2.3.1 サブ政治論

本項では、サブ政治という概念を理解するために、まず、政治という概念がどのように 理解されているかについて述べ、続いて、サブ政治の一般的概念と、子宮頸がんワクチン が提供され消費される、医学という領野のサブ政治性について論じた後、先行研究を概観 する。

ベックが、そのリスク社会論において想定している政治とは、一言で言えば、西洋社会 において発達してきた、代議制民主主義である。それは、近代の民主主義における代議制 という間接的な方法により、国民が、社会の重要な決定に、議会を通じて影響を行使でき ることを指している(Beck1986=1998:417-419)。また、一般的理解として、政治とは、

「さまざまな社会的な現実に対して、公共性をもった権力関係として見たり関わったりす る、社会に対する私達の見方・関わり方」(川崎・杉田 2012:16)と捉えることができる。

加えて、政治は「本人」、「共通の目的」、「代理人」という3つの要素から成り立つという 理解も存在する。それは、「本人」である主権者としての国民が、国民の利益の実現という

「共通の目的」のために、政府という「代理人」を雇い、「本人」である国民は「代理人」

である政府に「共通の目的」の達成を期待するとともに、「代理人」が真面目に取り組んで いるかを監視し、コントロールする活動であるというものである(久米他2003:3-4)。

さらに、行政とは、「国家主権に基づく中央政府と地方政府による統治行為の一部として の官僚制の集団作業をいう」という定義(村松1994:6)から、政治とは、国家の主権の下 に、中央政府による統治と地方政府による自治の行為と解釈することができる。これらの 定義および解釈を統合し、より日常的な言葉を用いて表現するならば、政治とは、「ある集 団に属する人間が、その日常で起こる様々な問題を、集団としての利益になるように、政 府を通して解決する行為」と考えられる。予防接種という方法による感染症予防の実施も、

「伝染のおそれがある疾病の発生及びまん延を予防するために、予防接種を行い、公衆衛 生の向上及び増進に寄与するとともに、予防接種による健康被害の迅速な救済を図る」23た めに、国民の健康の問題を解決し、国民の生存上の利益のため、国家により行われる政治 が決定した事項、つまり国の政策の一例と考えられる。

(1) 2つのサブ政治―政治を超える新たな政治性と「下からの」社会形成

第二の近代における社会の革新について、ベックは次のように論じている。産業社会が 進むに連れて、本来は2つの相容れない組織形成として、政治的民主主義と生産分野が密 接に関係しながら、相互に反対方向へ進んでいく。政治システムにとっては、生産分野が その機能上必要であるが、この生産分野である産業、経済、テクノロジー、科学などは、

様々な社会生活領域を、永久に変えてしまうような変化を社会生活にもたらす。そして、

このような変化は、技術=経済進歩の名の下に正当化され、加えて、経済的発展を目的に 進歩を追求する科学や技術が、それまで非政治であったことから脱却して、政治的でも非 政治的でもない、第三の形の政治、サブ政治という形で、社会を形成する潜在的可能性を 有するようになる。そして、サブ政治は、その専門性ゆえに、政治が行う様々な決定に支 配的な影響を与えることが可能となる(Beck 1986=1998:376-383)。

すなわち、サブ政治とは、専門知を持ち、それにより先進の技術やモノ、または情報な どを生産し、そのような革新的な開発により、世界をこれまでとは全く異なるものに変化 させることが可能なものである。また、民主制議会政治の決定に影響力を行使することが

23 電子政府の総合窓口 e-Gov, 予防接種法, 日本の予防接種法第1章総則の第2条, http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=323AC000 0000068#A, 2018年4月閲覧。

可能で、あるいは議会の決定を介さずに、あるいはその外において、独自の決定を下し、

国民すなわち個人に、影響を与えることができる力を持つ領野を指している。

サブ政治は、また、「下からの」社会形成を意味する。それは、それまで政治システムの 外部にいた行為主体である、専門的職業従事者の集団や職業集団、工場や研究機関、知識 層や熟練工、市民運動の指導者および公衆が、社会協定を提案し成立させていく場に登場 してくることが許されるようになることを意味する。そして、個人もまた、政治的な決定 をする力を持ち、競合の場に参加していくことを指す(Beck et al.1994=1997:46-47)。 続いて、以下においては、ベックにより言及されているサブ政治として、本論の子宮頸 がんワクチンの提供と分配の問題にも関わる、司法とメディアのサブ政治性について、簡 潔なまとめを示す。

(2) 司法とメディアのサブ政治性

近代において民主主義の発達した国家では、政治的権力が国家政府に集中するのを制限 するために、多数の統制メカニズムが設けられている。内閣や議会に次いで、司法もその 統制機能が制度的に保障されており、裁判所は、裁判官が政治の動向に対して、「司法の独 立」を守るという特徴を持つ(Beck 1986=1998:393-394)。この「司法の独立」に関して は、古い例では、1891年(明治24年)の大津事件24において、判決を支配しようとする 国からの圧力に対し、司法の独立を貫いた例がある。

また、近年では、福井県高浜原発の再稼働に関する裁判で、2015年に、福井地方裁判所 が再稼働を認めないという判決を下したことに対し、大阪高等裁判所は再稼働を認可する という判決の相違が見られ、裁判における判決それ自体が、政治性を持つようになってき ていることにも現れている(渡部2016:72)。

後者の例は、国民が国家の決定に従うことをよしとせず、政治に参加し、自己の権利、

すなわち国民の権利と基本的人権を実現するために、必要であれば法廷で国とも争うこと を意味している。つまり、近代化が進み、それが第二の近代としての自己内省的な近代化 の段階になると、議会による政治的決定に対し、国民は異議を唱えることで政治的決定に

24 大津事件とは、1891年5月11日に、訪日中のロシア帝国皇太子、ニコライ・アレキサンド ロヴィチが、滋賀県滋賀郡大津町(現在の大津市京町)において、皇太子の警護に当たってい た警察官、津田三蔵に切り付けられ、負傷した事件を指す。当時の政府は刑法第116条「皇室 に対する罪」を適用して、津田を死刑に処することを求めたが、大審院長児島惟謙は、「刑法 に外国皇族に関する規定はない」として、法治国家として法を遵守する立場を貫いた。(楠1997)

民主的に参加し、かつ政治的決定を民主的に統制することが可能となるため、ここにサブ 政治性が生まれることになる(Beck 1986=1998:394-395)。

本論が事例として取り上げた子宮頸がんワクチンにおいても、2016 年 7 月に、副反応 被害を受けた国民が、国と製薬企業を相手取って訴訟に踏み切っており、これについては 3.4.3(4)で解説を施す。

また、マスメディアにおける報道の自由と充実も、権力が一局に集中することを制御す る働きがある(Beck 1986=1998:398)。新聞や雑誌、テレビ、ラジオに加えて、インター ネット上の SNS などの新しいメディアにはそれぞれ、その受け手が存在している。これ らのメディアは、市場が生産する様々な商品や情報を発信することにより、その受け手で あ る 人 々 に 影 響 を 与 え 、 ま た 彼 ら を 操 作 す る こ と が 可 能 と な る (Beck 1986=1998:393-394)。

さらに、報道の自由という権利は、何が社会にとって重要な問題であるかという定義に 影響力を持つ。それは、情報がどのように作られるか、また、情報に関する法的および社 会的枠組みによっても左右されるが、その受け手が、その社会問題を政治的に認識しうる かどうかに関して、メディアが提供する情報は重要な役割を果たすことを意味する。言い 換えれば、その社会問題について十分な専門知識を持たない人々は、メディアが選択して 送り出す情報に接することで、それが今社会で問題視すべき重要な議題あるいは出来事で あると理解することになり、メディアは、人々にとって今何が注目すべき社会的な問題で あるのかについて、決定および操作することが可能となるのである(Beck 1986=1998:399)。 また、メディアから情報を受け取った人々は、政治が何を優先するべきかについて、受け 手の側から影響を及ぼすことが可能となる(Beck 1986=1998:394)。

このようなメディアのサブ政治性については、子宮頸がんワクチンの推奨活動と、被害 者連絡会の活動としてまとめ、6.2.2および6.2.3においてその実際を検討する。

(3) 医学というサブ政治

本項の(1)で述べたように、サブ政治とは、「様々な社会生活領域を永久に変えてしまう ような変化を社会生活にもたらし、技術=経済進歩の名の下に正当化され、それまで非政 治であったことから脱却して、政治的でも非政治的でもない第三の形の政治」を形成する ことである。これに従えば、本論が事例とする子宮頸がんワクチンが提供され、実施され る医学という領野もまた、この定義を適用することが可能な分野であると考えられる。