第 5 章 子宮頸がんワクチン事業における医学というサブ政治
5.2 追求されたベネフィットと分配されたリスク
5.2.3 政治の選択
上述してきたように、個人にとってのワクチンのリスクがそのベネフィットを上回ると いう状況が展開される中、子宮頸がんワクチンは、定期接種に指定されてから、わずか2 か月後の2013年6月に、その積極的推奨が中止となり、希望者は接種することができる ものの、以来2018年10月現在まで、その推奨は再開されていない。
積極的推奨が中止となった時点での厚生労働省の説明は、「接種部位以外の体の広い範囲 で持続する疼痛の副反応症例等について十分に情報提供できない状況にあることから、接 種希望者の接種機会は確保しつつ、適切な情報提供ができるまでの間は、積極的な接種勧 奨を一時的に差し控えるべきである27」(下線は筆者)というものであった(黒川2015:112)。
27 厚生労働省HP,子宮頸がんワクチン接種の「積極的な接種症例の差し控え」について, https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/qa_hpv.html,
2015年8月閲覧。
厚生労働省による「副反応症例等について十分に情報提供できない」という発言は、日本 で承認される以前に世界各国ですでに承認されているこれらのワクチンの治験に対する信 頼性が、十分なものではなかったことを示唆する表現である。さらに、各自治体に送付さ れた積極的推奨中止の勧告文書においては、「ワクチンとの因果関係を否定できない持続 的な疼痛がヒトパピローマウイルス様粒子ワクチン接種後に特異的に見られたことから、
同副反応の発生頻度等がより明らかになり、国民に適切な情報提供ができるまでの間、定 期接種を積極的に推奨すべきではない」(厚生労働省2013b)(下線は筆者)となってお り、ワクチンと諸症状との因果関係を全面的にではないにせよ、認める発言となっている。
3.3.1で述べたように、予防接種制度には、二重のリスク・トレードオフが存在している。
その第一は、ワクチンにより感染症を防ぐことと、ワクチン接種により発症する副反応を 抑制することにおけるリスク・トレードオフであり、第二は、ワクチンを実施せずに感染 症が蔓延して国が国民から被る批判と、ワクチンを実施して起こる副反応被害に対する国 民の国への批判のどちらを回避するかというリスク・トレードオフである。
第一のリスク・トレードオフに関しては、子宮頸がんワクチンの積極的推奨の中止によ り、政治は遅まきながら、効果の定かでないワクチンによる「副反応に遭うという社会環 境リスク」の回避または軽減に踏み切ったと言える。それは2つのワクチンを廃止にはせ ず、希望すれば接種は可能とするものであったが、このような「積極的推奨の中止」とい う決断は、そのワクチンの不確実性の高さを国が認めたことを示すものであり、まだ接種 していない国民にとっての判断基準を与えたという点で評価に値するものである。しかし、
この判断は「これらのワクチンは安全ではない」という事実を、今さらながら強調するこ とになり、すでに接種した若い女性達、中でも副反応被害に遭った国民からの非難は避け られないものとなった。
加えて、第二のリスク・トレードオフについては、ワクチン実施の有無に関わらず下さ れる国民からの審判の内、ワクチンを実施しないことで、子宮頸がんの予防が阻害される ことに対する国民からの批判の回避を諦め、ワクチンを実施して下される国税による不確 実性の高いワクチン導入への批判、そして健康被害を受けた国民からの国家賠償責任や制 度改革の要請などの回避を優先させたことになる。この決定は、3.4.1で医学というサブ政 治により提唱された、「子宮頸がんという疾病予防にはワクチンと定期健診が有効」という 主張から、ワクチンが除去されたことを意味しており、政治は、ワクチンを実施して加え られる批判という「制度組織リスク」の回避のために、自らが承認した子宮頸がんワクチ
ンを、事実上否定することになった。
また、3.3.2の(1)で論じたように、1994年の予防接種法改正においては、義務接種を廃 止して努力義務として接種の選択を個人に委ね、予防接種の目的を集団防護から個人防護 へと転換させた。この背景には、1970年代に起こった予防接種禍訴訟が、長い訴訟の後、
90年代に決着または和解に到達したことに加え、1989年に導入されたMMRワクチンの 副反応による無菌性髄膜炎28の被害が拡大し、新たな訴訟に発展したという事情があった。
この義務接種の廃止が意味するのは、「国はワクチンを提供するが、接種を強制するもので はなく、接種して副反応に遭うリスクを取るか、接種しないで感染症に罹るリスクを取る かを決めるのは、個人の判断です」ということである。つまり、国は接種の強制をしない ので、その分感染症に罹る率は上がるかもしれないが、副反応の発生も少なくなるという ことから、「社会環境リスク」の回避または軽減に介入することから一歩退き、結果として
「副反応に遭うという社会環境リスク」の回避を選択したことになる。しかしながら、個 人にとって、感染症に罹る、または副反応に遭うという「社会環境リスク」は、変わらず そこ存在しており、個人は医学や医薬品の知識がない「非知」の状態で、ワクチンという 医薬品の選択に関する2つのリスクの判断を迫られるという難しい状況に置かれることと なった。
一方で、救済制度の法制化は、それ自体は2つの「社会環境リスク」を回避または軽減 に対する措置ではない。ワクチンによる副反応は必ずあるものなので、これを制定しなけ れば接種率が極端に低下するかもしれないという懸念、つまり、国民にはあくまでも接種 を勧めるという前提の下、「感染症に罹る社会環境リスク」の回避または軽減を完全には切 り捨てられない政治の立場が現れたものとなっている。
つまり、政治は、1994年の予防接種法改正の義務接種の廃止によって、上述したように
「副反応被害に遭う社会環境リスク」の回避を選択し、同じ改正の救済制度の法制化によ っては、接種して副反応に遭っても救済されることを明言することにより、「感染症に罹る という社会環境リスク」を回避すること、つまりワクチン接種の奨励を未だ掲げているこ とになる。これは、3.3.1で論じたワクチンという医薬品におけるリスク・トレードオフ状 態において、どちらか一方のリスクを優先して回避するのではなく、どちらのリスクにも 回避の可能性を与えようとするもので、このことが、国のワクチン行政の方向性を大変理 解しにくいものにしており、延いてはその責任の問題を複雑にし、対立(コンフリクト)
28 髄膜炎の症状があるのに病原体が証明されない髄膜炎(永井2013:2094)。
を生むことになったと考える。
さらに、「制度組織リスク」に関しては、上述したように、2つの「社会環境リスク」の 回避または軽減に対し、どちらにも対応したこと、裏返せばどちらからも部分的に撤退し たことで、国民からの非難を避けようと努めたことになる。また、ワクチン接種の決定は 個人に委ね、ワクチン接種時の禁忌識別の責任を接種に関わる医師に残し、そして健康被 害の損害賠償については国と自治体が分担することにより、政治は、予防接種による健康 被害についての国の責任範囲を縮小する対策により、この「制度組織リスク」に対応を果 たした。しかしながら、このように、すべてのリスクの回避・軽減に部分的に対応したこ とにより、感染症に罹るリスク、副反応被害に遭うリスク、これらの実施に関して国民か ら批判を受けるリスク、そして副反応被害の損害賠償に対するリスクは、どれも依然とし て政治の責任として残されることになったと考える。