を明確にするために重要なものである。次節では、この意義について考えよう。
94 第5章 知的徳は良い問いを立てることにどのように貢献するか
かもしれないのである。(Runco, 2007, p. 16)
問題点に気付き、それを明確にすることなどを含む、問題を発見するという活動は、探 求者に、問題が大まか過ぎず、細かすぎもしないという意味で「適切に焦点の定まった」
問題を同定することを可能にしてくれるだろう(ibid.)。問題に答えることも発見すること も探求のプロセスにおける一連の作業の中で行われるものであるが、両者は、探求のプ ロセスにおける役割の観点から区別される。
ここで、これまでの議論では問いを立てることを強調してきたものの、問いを立てる ことは必ず探求の中で行われる、というわけではないことに留意しよう。というのも、
第一に、問いを立てることは、第2節で言及したような、探求におけるさまざまな活動 の中の一部に過ぎないからである。また、第二に、探求には、文の形をした問いを立て ることなく、探りのモードがあるかもしれない。たとえば、科学者は、文の形をした問 いや仮説を見つけようと能動的になることなく、関連のある手掛かりをじっと眺めるこ とで、データを探索するかもしれない。
それでも以上の二点を認めても、問いを立てることは重要であり、それゆえ、注目す る意義がある、と考えられる。Runco (ed.) (1994) に見られるような、心理学的研究の中 には、良い問いを立てることと、探求の結果として成し遂げられる仕事の質の高さとの 間には相関関係があることを示唆するものがある。また、Hintikka (2007, Chapter 2)や
Hookway (2008)は、正当化と異なり、問いを立てることには、探求者が新しくて重要な
信念や知識を獲得するように促す役割がある、と考えている。14 このような理由から、
良い問いを立てることは、新しくて重要なハイグレードな正当化された信念の獲得に役 立つという意味で、探求において重要である、と言えるだろう。15
では、良い問いとはどのようなものなのだろうか。このことを考えるために、良い問 いを獲得する仕方について考えてみよう。おそらく、二つの獲得方法があると思われる。
一つ目は、良い問いは、熟慮の末に獲得される、というものである。問いを同定し、修 正し、そして洗練させることで、探求者は、もとの問いを、焦点の定まった問いにし、
関連性の高いという意味で的を射た問いを見出すことができるだろう。二つ目の獲得方 法は、良い問いが探求者におのずと浮かんでくる、というものである。Hookwayは、こ の獲得方法に関して、簡潔な説明を与えている。
持続的な反省と探究の結果、事実が顕著となる(salient)、というときもあるだろう。
他方で、即座に顕著となるときもある。具体的には、探求の中での或るステップで、
われわれのもとに生じてくる、、、、、、、、、、、、、
(occurring to us)特定の事実や問いに依拠することがあ
るだろう。もちろん、顕著さだけでは十分とは言えない。たとえば、関連のない考 察がわれわれに顕著となるなら、われわれの推論と探求は失敗してしまう公算が高 い。顕著さが関連性をトラッキングしているということは、推論や探求が成功する
ための必要な条件である。 (強調原著, Hookway, 2006b, p. 59)
この引用でHookwayは、「問い」だけでなく、「事実」についても言及しているが、ここ での関心の対象を、問いに絞ろう。問いの中には、顕著なものとして「われわれのもと に生じてくるものがある」と指摘している。ここで、顕著な問いとは、探求者の注意が 向けられる問いのことであると理解できる、と考えられる。また、「われわれのもとに生 じてくる」問いは、反省の結果として注意が向けられる問いと対比されていることから、
そのような問いとはおのずと生じる問いのことである、と考えられる。以下では、探求 者におのずと生じる問いを「自発的な問い(spontaneous questions)」と呼ぼう。そうすると、
自発的な問いの中には、探求者の注意を引くものがある。
しかし、Hookwayが述べるように、自発的な問いが顕著であることはから、その問い が探求者の従事する探求内容に関連するものである、ということは出てこない。実際、
無関係な問いが生じてくることはある。それでも、探求者が探求内容に関連する自発的 な問いに鋭敏であるならば、より多くの的を射た問いに注意を向けることができるだろ う、と思われる。たとえば、ある惑星の形成について研究している天文学者が、研究内 容との関連性に鋭敏であるなら、そうでない研究者よりも、自分に生じてくる問いの中 で、的を射た問いに注意を向けることができる。このことは、関連事項に対する鋭敏さ など、探求者の性格特性が自発的問いに気付くことに役立つことを示唆している。この 点に関しては、次節で、性格特性という概念を明確にすることで、より詳しくみてみる ことにしよう。
これまで、良い問いは、いつも反省や熟慮の末に得られるというわけでなく、われわ れにおのずと生じてきて気付かれるものがある、ということをみてきた。熟慮の末に獲 得される問いと、おのずと生じてくる問いに関する、問いの獲得の仕方の違いは、熟慮 の末に得られる問いの獲得は、探求者が意識的にコントロールできるのに対して、自発 的な問いの獲得は、そうではないということにある。すなわち、
(5-2) 良い問いは熟慮の末に獲得されることがあり、その場合には、探求者が意識的に
コントロールできる。
(5-3) 良い問いはおのずと生じてくることがあり、探求者に注意が向けられることがあ
るが、その場合には、探求者が意識的にコントロールすることはできない。
ここまで明らかにしたことから、(5-2)と(5-3)のどちらの場合でも、問いが良いもので あるためには、問いが焦点の定まったものであることと、的を射たものである必要があ る、と言える。だが、このことは、この二つの条件が、良い問いであるための十分な条 件である、というわけではない。良い問いのための別の必要条件の候補として、たとえ ば、科学の文脈では、問いが、一定の期間で一定の科学的方法に基づき、答えが出る見
96 第5章 知的徳は良い問いを立てることにどのように貢献するか
込みが高いという意味で、回答可能なものである、というものが挙げられるかもしれな い。というのも、科学の方法で一定の期間内に回答できない問いは、科学者の探求を滞 らせることがある、という意味で良いとは言えない、と考えられるからである。この事 例から、問いが焦点の定まったものであることと、的を射たものであることという条件 は、良い問いを完全に特徴づけるには不十分であることが示唆されよう。それでも、こ の二つの条件は、焦点の定まった、的を射た問いを立てることは、探求者が良い探求の 末に、新しくて重要な信念の獲得に役立つという意味で、重要な条件である、と考えら れるだろう。
ここで、焦点の定まった、的を射た問いを立てることと、問いと探求内容との間の関 連性に対する鋭敏さなど、探求者の性格との関係に関する問いを保留にしていたことを 思い出そう。次節では、この問いについて考えよう。