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批判的思考者に関するシーゲルの考えとその評 価

ドキュメント内 教えと学びの認識論 (ページ 71-74)

本節では、批判的思考者の概念についてのシーゲルの説明を批判的に検討し、自発的 傾向と受動的傾向という区別を導入することで、批判的思考者の概念を明確にする。

まず、理由に関する特徴付けについて確認しよう。シーゲルによれば、批判的思考者 が敏感でなければならない理由に関する特徴には、証拠力(probative force)と規範的効力

(normative impact)がある。理由のもつ証拠力に含まれるものには、たとえば、「Aゆえに

B」を考えるとき、AとBの間の(理由)関係において見られる、主張Bを支える理由 A の説得力がある。ほかにも証拠力には、演繹や帰納の関係の場合なども含まれるだろ う。他方で、理由のもつ規範的効力には、たとえば、主張Bを支える理由Aの説得力を 評価しようと促す力や、理由 A に基づいて行為をするよう導く力が含まれる。以上の、

証拠力と批判的効力を事例で確認してみよう。

72 4章 手本を見習うことで理由に対する感受性を養う

例1

太郎くんが、排気ガスがオゾン層を破壊していること、オゾン層の破壊は地球温暖 化につながること、そして、従来型の車から排気ガスが出ていることを知り、しば しば巷で言われる、従来型の車の運転は地球温暖化の原因というのは正しいのだと 考え、電気自動車に買い替える。

この事例1では、証拠力に関しては、たとえば、「排気ガスがオゾン層を破壊しているこ と、オゾン層の破壊は地球温暖化につながること、そして、従来型の車から排気ガスが 出ていること」ことを理由として、この理由が「従来型の車の運転は地球温暖化の原因」

という考えを支持する説得力が挙げられる。規範的効力に関しては、得られた理由が説 得的かどうかを評価しようと太郎くんを促す力や、「従来型の車の運転は地球温暖化の原 因」ということを理由として、太郎くんに「電気自動車に買い替える」行為をするよう 動機づける力が挙げられるだろう。

理由に関するこのような特徴と批判的思考者との関係について、シーゲルは、次のよ うな説明を与えている。

第一に、理由には証拠力、、、

ないし証明力、、、

があり、批判的思考者は、この理由の証拠力 の評価に卓越していなければならない。このことは、批判的思考者が理由に導かれ る仕方が適切であるために、、、、、、、、

必要なことである。第二に、理由には、批判的効力、、、、、

と呼 べるようなものがある。これは、合理的信念、判断、あるいは、行為を導くもので あり、批判的思考者が適切に理由に導かれる、、、、

(moved by reasons)ことができるために 必要なことである。(強調原著, Siegel, 1997, p. 3)

簡潔に言えば、ここで批判的思考者とは、理由のもつ証拠力を評価することに卓越し、

かつ、その理由に導かれる者のことである(Siegel, 1988, p. 2; 1997, p. 3)。すなわち、

(4-1) 理念的な批判的思考者とは、理由に適切に導かれる者のことである。

というものである。

批判的思考者についての以上のシーゲルの規定について、私はおおよそ正しいと考え る。ただし、「理由に導かれる」という表現は、与えられた理由に条件づけられて判断や 行為をする傾向性や動機のことのみを意味すると誤解される危険がある。だが、批判的 思考者の傾向性や動機には、理由に条件づけられるのとは別に、獲得された信念に対し て、しかるべき状況で自発的に、理由を考えようとすることや証拠を探そうとする傾向 性も含まれるはずである。いま、与えられた理由に条件づけられて、批判的に思考しよ

うとする傾向を「受動的傾向(passive tendency)」、しかるべき状況で無条件的に批判的に 思考しようとする傾向を「自発的傾向(spontaneous tendency)」と呼ぼう。もう一度、例1 の事例における太郎くんを思い出そう。太郎くんが批判精神をもっているなら、従来型 の車の運転は地球温暖化の原因とされるいくつかの理由が与えられ、それらの理由に条 件づけられて判断や行為をする、すなわち、受動的に批判的に思考しようとするだけで なく、「従来型の車の運転は地球温暖化の原因」という信念が与えられた時点で、それが 正しいとされる理由を考えようとすることや、その証拠を探そうと動機づけられる、す なわち、しかるべき状況では自発的に批判的に思考しようとするはずである。ところで、

受動的傾向と自発的傾向の区別に基づくと、シーゲルの説明によれば、規範的効力は理 由の特徴であり、理由が与えられたときに発揮される力であるため、受動的傾向に関わ るものであると考えられる。他方、批判精神は、理由に条件づけられて批判的に思考し ようとする傾向だけでなく、自発的にも批判的に思考しようとする傾向のことであると 言える。それゆえ、或る人が批判精神をもっていると言えるためには、その人が理由の もつ規範的効力に導かれるだけでなく、しかるべき状況で無条件的にも批判的に考える よう促される必要がある。

ただし、以上の点は、批判的思考者についてのシーゲルの考えを根本から論駁するも のではなく、シーゲルの考えを基本にして取り込むことのできるものである。たとえば、

(4-1)を次のように修正することができよう。

(4-2) 理念的な批判的思考者とは、自発的にも受動的にも、理由を考えるよう適切に導か

れる者のことである。

このような変更に関しては、シーゲルは別のところで、しかるべき状況で信念に対する 理由を考えることや証拠を探すことも批判的思考者のとる具体的な行為に含めて説明し ていることから(Siegel, 2003)、シーゲルもそれほど抵抗なく、受け入れると予想される。

このような批判的思考者が理念的であると考えられる理由は、第一に、理由のもつ証 拠力を評価する能力や、批判的に考えようとする傾向をどれほど持っているのかは、程 度の違いがある、ということにある。第二に、次のような場合が考えられることにある。

たとえば、証拠力の評価に秀でている者でも、そもそも理由を評価しようと促されない 場合がある。同様に、ある理由を説得的なものとして評価したにもかかわらず、その理 由に基づいて行為しようと動機づけられない場合や、逆に、証拠力の評価に未熟な者が、

しばしば適切とは言えない理由に基づいて行為する場合も考えられる。

しかしながら、この批判的思考者のシーゲルの説明に対する考えには批判が見られる。

次節では、批判的に思考しようとする動機に関する批判と、その批判に対するシーゲル の応答を評価する。

74 4章 手本を見習うことで理由に対する感受性を養う

4.4 クリティカル・シンキング研究における理由と行為

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