96 第5章 知的徳は良い問いを立てることにどのように貢献するか
込みが高いという意味で、回答可能なものである、というものが挙げられるかもしれな い。というのも、科学の方法で一定の期間内に回答できない問いは、科学者の探求を滞 らせることがある、という意味で良いとは言えない、と考えられるからである。この事 例から、問いが焦点の定まったものであることと、的を射たものであることという条件 は、良い問いを完全に特徴づけるには不十分であることが示唆されよう。それでも、こ の二つの条件は、焦点の定まった、的を射た問いを立てることは、探求者が良い探求の 末に、新しくて重要な信念の獲得に役立つという意味で、重要な条件である、と考えら れるだろう。
ここで、焦点の定まった、的を射た問いを立てることと、問いと探求内容との間の関 連性に対する鋭敏さなど、探求者の性格との関係に関する問いを保留にしていたことを 思い出そう。次節では、この問いについて考えよう。
第1節で述べたように、探求を通じて知識を獲得するためには、上で述べられるような さまざまな活動に従事する必要があり、良い探求者とは、このような活動を適切な仕方 で行う者のことであろう。Baehrは、引用の中で、上記の活動を適切に成し遂げることと、
探求者の知的徳との間に、何らかの関係があると主張している。たとえば、心理学研究 の中では、前例のない経験に対する柔軟性など、科学者の特定の性格と、そのような科 学者の優れた功績との間に何らかの相関関係があることが示唆されている(Feist, 1999, p.
290)。ここで科学者の優れた功績とは、これまでの議論の文脈における、新しくて重要 なハイグレードな正当化された信念とみなすことができよう。知的徳と探求により高度 な産物を生みだすこととの関係が因果関係なのかどうかという重要な問いが残るものの、
これは、知的徳と高度な産物を生みだすこととの関係に関する一般的問題であるため、
ここでは、良い問いを立てることに関連すると考えられる知的徳に、議論を絞る。19 以下の議論で私は、思慮深さと、関連性に対する鋭敏さを知的徳の事例として、知的 徳の種類の中には、それを持つ探求者が、焦点の定まった、的を射た問いを立てること ができるようにするものがあることを論じる。まず、良い問いを獲得する仕方には二種 類あったことを思い出そう。(5-2)では、良い問いは、熟慮の末に獲得されるもので、(5-3) では、良い問いが探求者におのずと生じる、というものであった。次に、知的徳に関し て、知性に関係する性格特性は傾向性(dispositions)とみなされることが多い(Henderson &
Hogan, 2009, p. 297)。20 そして、議論の余地があるものの、傾向性は、反事実的な性質
と捉えられうる。21 現在の考察の意図は、知的徳という概念を明確にすることなので、
知的徳に関しても、傾向性についての基本的な考えに依拠することとする。22
はじめに、思慮深さを知的徳の一つと考えて、良い問いを獲得する(2)のケースを考え てみよう。現在の文脈で、思慮深さとは、探求者が熟慮の要求される仕事に従事したな らば、その仕事について熟考したことだろう、という内容の反事実的性質として捉える ことができる、と思われる。問いを立てるという文脈では、思慮深さをもつことで、探 求者は、適切な状況において、問いを同定し、修正し、そして、洗練するということに 熟慮する傾向性をもつ、と言えよう。それゆえ、熟慮する探求者は、必要な場面で問い を立てることに集中することができ、そうして、問いを焦点の絞られた、的を射たもの へと洗練させることができる可能性が高い、と言えるだろう。
次に、(5-3)のケースにおいても、おのずと生じてきた問いと、当の探求内容との関連 性に対する鋭敏さをもつことで、良い問いをたてることができるようになる、と考えら れる。ここで、関連性に対する鋭敏さとは、何らかの関連性が探求者に示されたならば、
それに気付くことができただろう、という反事実的性質とみなすことができる。この鋭 敏さは、以下の二通りの仕方で、重要な自発的な問いを得ることに貢献する。第一に、
この鋭敏さが著しいほど、探求者は従事している探求に関連する自発的問いに気付くこ とができるようになる。23 第二に、この鋭敏さが機能するために、探求者は熟慮する必
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要がない。(3)で述べられていたように、おのずと生じてくる問いを得るプロセスは、探 求者が意識的にコントロールすることはできないものの、関連性に対する鋭敏さが機能 するために意識的な努力は要求されない。このことから、たとえば、惑星の形成につい て研究している天文学者が、自発的な問いと、研究内容との関連性にとても鋭敏な者で あるなら、たとえ、仕事がオフのときでも、おのずと生じてきた、惑星の形成の研究に とって重要な問いを逃すことなく、それに気付くことができるだろう。24 また、熟慮の 末に獲得された問いの場合でも、このような、関連性に対する鋭敏さは、良い問いを得 るために役立つかもしれない。このような仕方で、関連性に対する鋭敏さは、探求者が 良い問いを得ることに貢献する。
これまでの議論を勘案すると、思慮深さや、関連性に対する鋭敏さを発揮することは、
焦点の定まった、的を射た問いを立てることに貢献する、と言えるだろう。それゆえ、
(5-4) 知的徳の種類の中には、探求者がそれらを発揮することで、焦点の定まった、的
を射た問いを立てることができるようにするものがある、
ことになる。
最後に、知的徳が良い問いを立てることを説明するうえで、どのような利点があるの かを説明しよう。良い問いを立てることについて説明する、いくつかの考えられるアプ ローチの中で、知的徳を基礎にした説明の利点はどのような点にあるだろうか。これま での議論を踏まえると、以下の二点を挙げることができる。一点目は、知的徳には、適 切な状況で問いを立てることに従事するよう、探求者を動かすものがある、というもの である。たとえば、思慮深さは、探求者を、適切な状況において、問いを同定し、修正 し、そして、洗練することに集中するよう動かすだろう。このように、知的徳の中には、
探求者が適切な状況で問いを立てようとする傾向性を与えるものがある。二点目は、知 的徳には、問いを立てる作業を良い方向に導くものがある、というものである。たとえ ば、関連性に対する鋭敏さが発揮されることで、探求者は、自発的な問いの中から、焦 点の定まった、的を射た問いに注意を向けることができるだろう。
以上の二点は、知的徳の観点から、良い問いを立てることについて説明する利点であ る、と考えられる。たしかに、優れた成果を生み出すためには、探求者が、当の探求内 容に関する十分な背景知識を持っていなければならないかもしれない。実際、このこと を示唆する心理学研究がある(Weisberg, 1999)。たとえば、iPS細胞の生成方法に関する発 見につながるような問題設定は、山中氏が当の専門分野に関する十分な見識がなければ、
なされえなかっただろう、ということは考えられよう。しかしながら、このことを認め ることから、探求内容に関する十分な背景知識を持っていることは、良い問いを立てる ことができるために十分な条件である、ということは出てこない。たとえば、自分の研 究分野に関する十分な知識を有している探求者が、これまで説明したような思慮深さと、
関連性に対する鋭敏さという知識徳をもっていないとする。そうすると、この探求者は、
必要な場面で、問いを同定し、修正し、そして、洗練することに集中することがなく、
その結果、適切に焦点の定まった問いを見出すことができないかもしれない。同様に、
関連性に対する鋭敏さが全く欠けている探求者は、自分の研究に関連のある問いが生じ てきても、注意を向けることがないだろう。このような思考実験から、先ほど挙げた二 点、すなわち、知的徳が探求者に適切な状況で問いを立てようとする傾向性を与える点 と、問いを立てる作業を良い方向に導く点は、背景的知識の所持という観点からでは、
説明できない点である、と言える。
以上のことから、知的徳が探求者に適切な状況で問いを立てようとする傾向性を与え る点と、問いを立てる作業を良い方向に導く点は、探求者の知的徳に注目して良い問い を立てることについて説明する利点である、と言えると考えられる。25