• 検索結果がありません。

肯定的事態が偽の場合

ドキュメント内 第1章 (ページ 167-171)

第5章 <必要系>における「必要類」

3.2 並立事態許容型

3.1.2. 価値型

3.1.2.1 肯定的事態が偽の場合

3.1.2.1.1行為者非存在

行為者が存在しない場合は、行為者が存在しえないこと、或いは、そうした状態の場合

- 159 - を指している。また、この場合は、以下に示した行為の制御者が存在しない事態(11)、人 の心的状態(12)、可能性に関わる事態(13)のように、いずれも制御不可能な事態として 見なされ、表現者自身に関わっている事態である。

(11)「(前略)お前も建築専門のお堅い本ばかりでなく、たまには一般向けの読みやす いのも出せ。そのほうが名前も売れるぞ」「名前なぞ、売れなくてもいいよ」

(『ひとひらの雪』)

(12)この講演会だって、そう。一番最初に私が考えたのは、今日何を着ていこうかな ぁってこと。人前で喋るって大変なことなのよ。だから来る前から景気をつけて、

わーい、わーい、私ってケッコーいいかもって思えることが必要。他の人がいい ぞと思わなくてもいいんです。私がね、いいゾーって思えれば、おのずと元気が 出てきます。 (『かけがえのない、大したことのない私』)

(13)ナナコの家に無理矢理押しかけたあの日、葵はある決意をした。母親にどんな嫌 味を言われてもいい、仕送りを送ってもらえなくてもいい、夏が終わったら死に ものぐるいで勉強して、ナナコと東京の大学にいこう。 (『対岸の彼女』)

(11)の「名前が売れる」コト(q)は、波線部の相手の判断に基づいたものである。

その判断内容を概略的に示せば、未実現な事態が表されており、「pすれば、そのほうは名 前が売れる」という意味が含まれている。そのため、前提の肯定的事態qが偽であること が分かる。また、(12)では、講演会が行う前の心境が表されている。「他の人がいいぞと 思う」当該事態qは、「他人から認められたい」というような普遍的な価値観を前提にして いると想定できる。普遍的な価値観は、その実現が問題とはされていないため、現実世界 における真偽値が偽である。(13)は、「仕送りを送ってもらえる」という当該事態qも、

葵自身の予測に基づいた事態であるため、同じく偽として見なせる。

そして、一つ着目してほしいのは、これらの事態qは元々望ましい事態として考えられ ているという特徴である。「名前が売れる」コトは相手にとって望ましい事態として考えら れる一方で、「他の人が(自分のことが)いいぞと思う」コトと「(親から)仕送りを送っ てもらえる」コトも、一般的に望ましい事態として考えられる。このような「望ましい事 態qの非実現」に対して、敢えてテモイイという許容的な評価を与えているのは、極めて 消極的な意味合いが表されると言っていいだろう。本研究はこのようなケースを、<望まし

- 160 - い事態の非実現の許容>として捉える。なお、このケースの出現率は3.07%であった。

3.1.2.1.2行為者存在

前提とした肯定的事態が偽である場合には、以下のような行為者を想定することが可能 のケースがある。

(14)コンビニで買う1おにぎり2サンドイッチ3デザート4お惣菜5飲料6お菓子7 インスタント麺類であなたの一押しは何ですか?7種全部ご回答いただかなくて

もいいです。 (「知恵袋」)

(15)「とにかく、ルアンが先に帰ってぼくを待つ。別に待たなくてもいいけど、ぼくが 行けば、タイしゃぶをご馳走する。それでどうかな」「待つよ」と、ルアンが返し

た。 (『ルアン』)

(16)「それで家出少年は今、どこに寝泊まりしているの?」(中略)「いつか時間のある ときにゆっくり話すよ。べつに隠しているわけじゃないんだ。ただ電話ではうま く説明できないっていうだけなんだ」「べつに説明してもらわなくてもいいんだけ どさ、でも、ヤバイところじゃないわよね?」 (『海辺のカフカ』)

(17)「話しあいで解決できる時は、そうします。そうりゃ、ちょっと荒っぽいこともあ

りますけど、せいぜい頭蓋骨をぶちわって、目玉をくりぬくくらいのものですも

ん」「いや、だから、そこまでしなくてもいいんですけどね」(『天下無敵の冒険者』)

(14)には明示されていないが、「7種全部ご回答いただかない」こと(~q)の前提は、

アンケートに出る質問に対して「問題を全て回答する」という因果関係の判断からだと想 定できる76。ゆえに、当該事態 q(7種全部ご回答いただくこと)が偽として見なされる。

(15)の「待たない」の前提は、「とにかく、ルアンが先に帰ってぼくを待つ」という表現 者による行為指示である。よって、qが未実現である事態として考えられるのである。そ して、(16)は、波線部最初にある表現者からの質問に対する相手の応答から、実際にはま だ説明がなされていないことが分かる。そのため、前提となる「説明してもらう」ことは、

未実現の事態である。また(17)は、前提となる「そこまでする」ということが波線部で

76 石黒(1999:16)では、このような否定的事態の前提が文脈に示されていない場合について、

「先行文が存在しなければ、立ち現われてこないものであり、形態的には直接依存する先のない 間接的依存関係」と位置付けられている。

- 161 - 表された相手の予定を指すため、未実現の事態だと考えられる。調査からこれらの実例が 示してきた通り、上記のケースでは、当該事態qが制御可能な事態のみしか見られない。

このように前提とした肯定的事態が偽である場合には、qと~qが両者とも表現者にと って許容できることが分かる。そのため、例えば(14)の「全部ご回答いただく」、或いは

「全部ご回答いただかない」という事態が双方ともに許容されるため、回答者にとっては 何の制約もかかっていないと言える。事態の行為者が 2 人称である(15)も同じく、表現 者にとって相手が待つか、待たないかという事態を双方とも許容している。ところで(15)

は、前提とした事態は表現者による行為指示であるため、実際には表現者が「待つ」方が 望ましいと考えられている。運用論から言えば、相手は表現者が望んでいる事態qを選ば ないとしても支障もない、という相手に対する配慮の意味が含まれている。また、(16)の

「説明してもらう」という事態は、文脈上表現者による質問から考えれば、実際望ましい 事態として考えられる。このように望ましい事態qの非現実も許容されると述べたことに より、同じく相手への配慮が含まれている。本研究は(14-16)のような場合について、q・

~qが両者とも許容されるため、人称を問わず同じく<当該事態の非実現の許容>として分 類する。77なお、この場合の出現率は、55.56%という高い割合を示した。

ところで、(17)のような前提が相手の予定/意図の場合では、行為者が 2 人称であって も配慮的な意味は含まれず、奥田氏が言及した「はなし手はあい手の動作の不実行を選択 肢のなかにとらえて、その不実行をあいてにすすめる」ケースに相当する。本研究はこの 場合を、<絞り方提案>として考えたい。また、事態の行為者が 2 人称である場合には、以 下のような場合であれば、同じく~qの実現が望ましい<絞り方提案>として考えることが 出来る。

(18)「恋子さんが家を出た後、会社の昼休みに、銀子さんから電話があったのよ。今晩

は同僚と食事してから帰るから、今日は彼女のぶんのお夕食、用意しなくてもい

いんですって」 (『トップラン』)

波線部の「今晩は同僚と食事してから帰る」コトと、「今日は彼女のぶんのお夕食を用意 しない」(~q)という二つの事態の関連性については、その中に含まれる対比のハから考

77 事態の行為者が2人称の(15)・(16)は、奥田(1996)の「相手への働き性をきりすてなが ら、不必要を客観的なものとして確認し、記述する」という場合に相当する。

- 162 - えれば、表現者と聞き手の間に「普段銀子が夕食を食べらずに家に帰れば(p)、恋子(聞 き手)が銀子(表現者)の夕食を用意する(q)」というように、「pならば、q」の暗黙 の前提78が確認できる。

ところが、カラ節で取り上げられている「(表現者が)今晩同僚と食事をする(~p)」

という理由を「暗黙の前提(pであればq)」に照らし合わせて考えた場合、「恋子が銀子 の夕食を用意しない(~q)」という結論に至っている。そのため、~pについては、事態 qの成立を妨害する要因として捉えることが出来る。このように、「pならばq」という暗 黙の前提が存在する、且つqの成立を妨害する要因がある場合には、(18)のように夕飯を 用意する(q)と、夕飯を用意しない(~q)という二つの事態に対して、後者のみ許容 されているため、<絞り型提案>と考える。なお、<絞り型提案>の出現率は3.83%であった。

ドキュメント内 第1章 (ページ 167-171)