第4章 <必要系>における「妥当類」
3.1 差異比較構文
3.1.1 差異比較の仕組み
3.1.1.1 絶対的差異比較
「絶対的差異比較」とは、肯定・否定が対立した事態を比較する際に、否定事態~qに は表現者の否定的評価が含まれることにより、肯定事態qにおいて絶対的な肯定価値が付 与されることを指す。そこには、「qと~qでは、~qには否定的評価があるため、必然的 にqを選択することになる」というような「論理関係」が存在している。
実例調査によれば、~qに関与する否定的評価は、多くの場合には理由・原因の接続辞 によって明示されている35。理由・原因の接続辞の分類について、以下、前田(2009)にお ける分類を参考にし、実例をもとに考察しいく36。
(13)a.「から」「ので」系…から・のだから・ものだから・からには・からこそ・ので b.とりたて助詞系……だけに・ばかりに
c.名詞系………ために・あまりに・せいで・おかげで・もので・以上・結 果・手前・上は・限り
(前田(2009:125))
本研究の調査によれば、「-ルほうがいい」と「-タほうがいい」は共に、「絶対的差異比 較」に相当する例文がある。ところが、例文全体の中で、絶対的差異比較の出現率に関し ては、「-ルほうがいい」が26.4%である一方で、「-タほうがいい」は84.8%であるという 結果を得た。
3.1.1.1.1「-タほうがいい」
「-タほうがいい」で表された絶対的差異比較において、「~qの否定的評価」が原因・
35 実例によれば、収集した「-タほうがいい」の145例の中では、原因・理由の接続辞が明示さ れた例は70例が見られる。一方、合計52例の「-ルほうがいい」の中で、原因・理由の接続辞 が明示されたのは 22 例である。それぞれの場合には、原因・理由の接続辞が明示されない 75 例と30例に関して、次の二つの例のように文脈から判断するしかない。
・「おれたち、だめなんじゃないかと思う。別れたほうがいいのかなあって」(『好きから始まる 物語』)
・「そのバシリってお男を信じるの?私は信じないわ。バシリの言葉も、ドイツ人の言葉も、聞 かなかったこととして、こっちはこっちで計画を練るほうがいい」命を賭けるほどに大切な金 を、ドイツ人が日本人に託する筈はない。(『海辺の扉』)
この2例はいずれも波線部で引いたところから見れば、「~q」に対する表現者の否定的評価が 覗ける。
36 なお、本研究の考察によれば「-ルほうがいい」と「-タほうがいい」の実例においては、「~
qの否定的評価」が「とりたて助詞系」で表される例文は見当たらない。よって本研究では、専 ら「から・ので系」と「名詞系」に相当する実例を載せることとした。
- 67 - 理由の接続辞によって明示される実例を以下に挙げる。
「から・ので系」
(14)最近食べ過ぎて頬っぺたがぼっちゃりしているから、すこしダイエットしたほう がいいな。 (『死神村の三百歳探偵団』)
(15)あと、菊だけはやめといたほうがいいわよ。あれはどっちかって言うと仏壇用な んだから。 (『蠍のいる森』)
(16)最初にいったようにこの事例の場合、無料でやるとハッきり契約したのかどうか 定かでないので、弁護士に依頼する時にには、そういう金銭的な面をハッキリい う弁護士に依頼したほうがいいというコメントしかできないのが正直なところで
ある。 (『正しい弁護士の選び方・活用法』)
「名詞系」
(17)しかし、最近のサッカーを見ていると、ゴールを決めるためにサッカーをしてい るのではなくて、ゴールを決められないために、サッカーをしているように思う のです。ゴールを決められないためには選手の個性を生かすよりも、個性を押え たほうがいい。 (『ジーコの「勝利の法則」』)
(18)表層に近いところをゆっくり探るなら、沈みの早いキャステインタイプdよりも
ゆっくりと沈む軽めの(3~6g)ノーマルタイプを使ったほうがいい。
(『防波堤釣り入門』)
(19)「人に言えない恋は、不幸な恋ってことよ。止めたほうがいいよ」 (『ひらり』)
(20)こんなこと・・・やめたほうがいいわ。命あっての物種だもの。
(『新宿25時の戦慄』)
「ので・から系」では、例えば(14)は「少しもダイエットしない」こと(~q)につ いて、カラ節によって表された「頬っぺたがぼっちゃりしている」という望ましくない現 状を述べている点から、~qには否定的評価が含まれていることが分かる。そのため、q と~qを選択した結果、「すこしダイエットする」(q)という結論にたどりつくのである。
名詞系の(19)では、「人に言えない恋は、不幸な恋ってこと」という普遍的な価値観か ら判断して、「(人に言えない恋を)やめない」(~q)のであれば、「不幸」な恋になると
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「絶対的差異比較」の場合は、このようにqと~qという二つの選択肢の中で、~qに 対する否定的評価が存在するために、qの実現に対する必然性が生じてくるのである。よ って、(14)のような行為者が 1 人称の場合であれば、qをするという<意向>37を表すこと ができる。また、(15)・(19)のような行為者が2人称の場合であれば、<忠告>の働きが生 じてくる。
また、興味深いこととして行為者が2人称の場合には、次のようなケースが確認できる。
(21)「なんのことだかわからないわ」「いいさ。あとで麻酔分析にかける。そのあとで、
気のどくだがこのうつくしい体は息をしない物体になる。さあ、最後の男を存分
に愉しんだほうがいいぜ」 (『ガラスの壁』)
(21)の中の波線部、「あとで麻酔分析にかける。そのあとで気のどくだがこの美しい体 は息をしない物体になる」の箇所は、「表現者」が相手に何らかの傷害を与えているものと 読み取ることが出来る。このような場合を仁科(2009:66)は「当該事態を実現しなかっ た場合、行為者に不利益がもたらされるということを告知する。その不利益は話者によっ てもたらされることが多い」とし、「-タほうがいい」の一つの下位分類に含まれる<脅し>
と捉えている。本研究も、こうした仁科の主張に従う。
また、本研究の考察によれば「-タほうがいい」の絶対的差異比較の場合には、(14-21)
のように、述部が<達成の自己制御性>で表された制御可能、且つ未実現な事態しか確認す ることができないのである。このように表現者は、~qの否定的評価を通じてqの実現が 必要だと判断しているため、この場合は<当為判断>のケースとして見なすことができる。
3.1.1.1.2「-ルほうがいい」
本研究の調査によれば、「-ルほうがいい」は同じく絶対的差異比較が用いられている。
37 価値判断のモダリティはこのように行為者が1人称と共起する場合、意向・意志との意味合 いが生じて来ると考えられる。ただし、スル、シタイなどの典型的に表現者(話者)の意志を表 す形式とは異なる。孫(2014)では、意志のモーダルな意味を「情意的なもの」と「認識的なも の」に分けられている。例えば、スル、シタイは「行く」「行きたい」のように「どうしても行 きたい」という抑えられない感情が表す「情意的なもの」がある一方で、「行く」は「行くこと になっている」という認識の表示の場合もある。それに対し、価値判断のモダリティは、即座の 意志が表せなく、(14)のように何らかの状況(例えば、qしなければ、否定的評価がある)に 基づいて、ある認識の表示しか表せないと考える。
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「から・ので系」
(22)社会復帰もいっきに元に戻れると思っていたのができなくてショックを受けたり
するから焦らずにリハビリをしながら戻っていくほうがいいらしいのですが。
(「Yahoo!ブログ」)
(23)栄養剤は総合栄養食の代わりにはならないので、やはりきちんとしたフードをあ げるほうがいいでしょうね。 (「Yahoo!知恵袋」)
(24)お尻の穴を中心にして、時計で言う4時と8時の場所にあります。下から搾り出 すような感じでやるといいのですが、かなり強烈なにおいがします。飛び散った
りしても大丈夫なように、シャンプー時にされるほうがいいですね。
(「Yahoo!知恵袋」)
(25)半分の時間は、衰えていく体力と、病の苦しみとの戦いに使われるだろうが、そ
れだけならなるべく早く終わりがくるほうがいい。 (『遥かなる旅路へ』)
(26)傭兵にすれば戦争が終わってしまえば、失業しなければならない。それなら、戦 争がいつまでもつづくほうがいい。 (『鞭打ちの文化史』)
例えば、(24)の波線部から読み取れるのは、~q(シャンプー時にしない)のであれば、
「においがするうえに、飛び散る」という望ましくない事態が起こることである。よって、
「シャンプー時にする」(q)と、「シャンプー時にしない」(~q)とを比較した結果、必 然的にqのほうが選択されるのである。
そのため、「-タほうがいい」と同様に、事態の行為者が2人称の場合((23))であれば、
<忠告>という意味用法が生じる。ただし、「-ルほうがいい」には<脅し>の例文は見当たら
ない。
また、「-ルほうがいい」で表された絶対的差異比較では、(25)の「早く終わりがくる」
コトと、(26)の「戦争がいつまでもつづく」コトのような「非自己制御性」の事態のケー スも見られる。(26)では、傭兵にとって、「戦争がいつまでも続く(q)」ことと、「戦争 が終わってしまう(~q)」ことの中で、「~q」の事態の実現は失業を意味する。そのた め、「戦争がいつまでも続く」という非自己制御性の事態は、傭兵の<願望>として表される のである。このように「-タほうがいい」とは異なり、「-ルほうがいい」は「非自己制御性 の事態」と共起可能であり、<願望>の用法が用いられる。
これまで「絶対的差異比較」の場合における、「-タほうがいい」と「-ルほうがいい」の