第4章 <必要系>における「妥当類」
3.1 差異比較構文
3.1.1 差異比較の仕組み
3.1.1.2 相対的差異比較
相対的差異比較の場合には、「①p < q」と「②~q < q」、及び「③p < q」
という三つの場合を「高比較」とし、「④p < q」を「低比較」とに区分することがで きるため、本節では、「高比較」と「低比較」のそれぞれについて考察を行う。
3.1.1.2.1高比較
高比較の場合、「p<q」「~q<q」「p<q」という三つのパターンが想定できる。「-タほうがいい」と「-ルほうがいい」は共に、「高比較」に相当することがある。ただし、
それぞれの出現率に関して、「-ルほうがいい」が71.07%である一方で、「-タほうがいい」
は15.20%という差が見られる。ここでは、「-タほうがいい」の例文から見ていこう。
「①p < q」
(27)「お父さん。それなら、犯人はだれなのか、はっきりすると思うけど」「そうかな。
じゃ、いってごらん」「いってもいいですけど、推理よりも、犯人自身の行動で、
それを証明したほうがいいでしょう」 (『少年探偵ジャーネ君の冒険』)
「②~q < q」
(28)よもや盗まれることはないだろうが、車はどこか人目につかない場所に隠してお いたほうがいい。 (『丸山健二全短編集成』)
「③p < q」
(29)浮世絵をふくめて日本の近世美術に不満なのは、たとえばベルサイユ宮殿に置く ようなものがないということです。浮世絵を飾るわけにもいかないし、千利休が 大事にしていたお茶碗の枯淡なものをベルサイユ宮殿に飾っても生きません。そ れよりも、派手でにぎやかな中国の陶器をどんどん置くほうがいいし、あるいは イタリア人の画家に天井を描かせたほうがいい。 (『世界のなかの日本』)
まず、(27)は「p<q」のケースに相当すると考えられる。比較対象の「推理すること」
と「犯人自身の行動でそれを証明すること」に対しては、波線部の「いってもいいですけ ど」から判断して、「推理すること(p)」に表現者が許容的な態度であるため、否定的評 価が含まれてないのである。よって、pとqが並行して比較された結果、qに相対的な肯 定的評価が与えられたと考えらる。
- 71 - 次に、「~q<q」に相当するのは(28)(29)のような例文である。(28)の波線部、「よ もや盗まれることはないだろうが」から理解できるのは、表現者が「車はどこか人目につ かない場所に隠しておかない(~q)」ことに対して、否定的評価をしていないことである。
「q」の肯定的評価は相対的なものとして見なすことができる。このようにqに「良い」
という有意な差が付けられるため、(28)のような事態の行為者が1人称であれば、同じく
<意向>として捉えることが出来る。
一方、「p<q」に相当する(29)の場合はどうであろうか。比較対象の「千利休が大事 にしていたお茶碗の枯淡なものをベルサイユ宮殿に飾ること(p)」と「イタリア人の画家 に天井を描かせること(q)」の中で、表現者がpについて「飾っても生きません」という 否定的評価を下している。ところで、pが否定されているとしても、「~qの否定的評価」
にはならないため、qに絶対的な肯定的価値が付与されていない。(29)に即して言えば、
「イタリア人の画家に天井を描かせない」としても、特に何か悪い結果を引き起こさない からである。この例が示した通り、「派手でにぎやかな中国の陶器をどんどん置くこと」も 比較対象の一つとして捉えられている。qと同様に肯定的評価が付与されているため、「q」
は肯定的評価が含まれている事態の集合の一つに過ぎないのである。故に、qは相対的な 価値が付与されており、表現者が一つの<意見>として述べていると考えられる。
なお、興味深い点として、「高比較」では、「-タほうがいい」は「-ルほうがいい」と異 なり、行為者が 2 人称の事例が見当たらないことである。即ち、「-タほうがいい」には、
述べられた事態の行為者が2人称の場合、<忠告>という意味特徴があると言えるのだろう。
また、「-タほうがいい」に関して一つ着目してほしいのは、未実現の事態だけではなく、
既実現の事態と共起できることである。以下の(30)をご覧いただきたい。
(30)「読めたぞ」「何が」「ここには、美しい女がいるのだろう」「はあ」総司はとぼけ たが、見る見る、頬が上気して来て、眼をそらした。「図星だな、総司」「います」
と、正直にいった。「しかし、私は、別に」「どうってことはないか、ははははは、
ま、いいさ、それもいい、女がいたほうがいい」 (『新選組斬人剣』)
「いいさ、それもいい」の箇所から「女がいない(~q)」ことに対する許容的な態度が 読み取れる。よって、(31)は「高比較」の「②~q<q」に属していると判断できる。
そして、「美しい女がいるのだろう」という確認疑問文に対して、「います」という返事
- 72 - をしている点から、女がいること(q)は「既実現な事態」として理解できる。「-タほう がいい」がこのように既実現な事態と共起できる点は、既に従来の研究が指摘している。
曹(1998)は「実現されている事態、または実現を前提にしている事態については「ルほ うがいい」は成り立たず「タほうがいい」のみが適切な文として成立する」と指摘してい る。本研究では、このケースを<事実の肯定>と呼ぶことにする。
また「高比較」の場合、「-タほうがいい」は(30)のような既実現な事態を除けば、(27-29)
のように述部が<達成の自己制御性>に属する制御可能な事態しか存在しない。これらの事 態は、制御可能、且つ未実現であり、その上、表現者がqに肯定的評価を付与している点 から判断して、いずれも<当為判断>と考えることが出来る。
一方、「-ルほうがいい」で叙述された「高比較」の場合はどうであろうか。
「①p < q」
(31)ですけど、の方々が書いてある通り、合う、合わないというのがありますし、学 習塾に頼るより、学校の先生に積極的に質問するように、こころががけるほうが いいと思います。 ((5)の再掲)
(32)島には食堂が一軒だけある。食堂といっても、ふつうの民家の玄関さまにテーブ ルを二つばかりならべただけの店だった。たぶん、海水浴をするために、ときた ま島へ渡って来る観光客を相手にしているのだろう。小さな海の家を思い浮かべ てもらうほうがいい。 (『往きがけの空』)
「②~q < q」
(33)(問)スペインに行きたいのですが、スペイン語は話せないとだめですか?英語は どのぐらい使われているのでしょうか?
(答)外国人がよく来るホテル、レストランなどでは割と通じます。もちろんスペ
イン語を少し話せるほうがいいです。 ((6)の再掲)
「③p < q」
(34)ビール1箱 不在届けが入っていて 何が当ったか全然わかりませんでした。夜 また 宅配便やさんが届けてくれて びっくり!!まさか 1箱当るとは思って なかったし。(中略)でも、のすけはそんなにビール好きやないし、カクテルとか 当るほうがいいんやけどね。 (「Yahoo!ブログ」)
(35)(問)二十四時間自由な時間にチェックイン・チェックアウトが可能な価格体系に
- 73 - なっているホテルは都内にありますか。仕事の関係で早朝まで起きていることが あります。たいていのホテルは十時から十一時までにチェックアウト。それ以降 は延長料金を取られます。そもそも朝から寝始めたのに延長料金を取られたので は割が合いません。例えば、朝の6時から昼の 2 時まで八千円で泊まれるような ビジネスホテルを探しています。
(答)朝の6時から昼の2時までだったら、ビジネスホテルはもったいない。都内
ならサウナがあるから、そこで仮眠取るほうがいいんじゃない?
(「Yahoo!知恵袋」)
「-タほうがいい」とは異なり、「-ルほうがいい」には、(31)・(35)の中で見られる、「こ ころがけること」や「仮眠取る」のような制御可能な事態が存在する一方で、(32)・(33)・
(34)における「(観光客に)小さな海の家を思い浮かべてもらうこと」や「スペイン語を 少し話せる」や「カクテルとか当ること」のような制御不可能な事態も見られる。制御不 可能な事態の場合、(32)・(33)(34)のように表現者の<願望>が表される。その中で、(34)
のように事実に反する内容を表した<願望>も見られる。これらのような場合、<当為判断>
としては見なせない。一方、制御可能な場合、「-タほうがいい」と違い、(31)・(35)事態 の行為者が 2 人称の場合が存在している。例えば、「③p<q」の(35)では、比較対象が
「ビジネスホテルで寝ること」(p)と「サウナで仮眠取ること」(q)であると見なされ る。ところが、波線部の箇所からpに対して表現者が「朝の6時から昼の2時までだった ら、ビジネスホテルが勿体無い」という否定的評価を持っていることが分かる。その一方、
~qの「サウナで仮眠取らないこと」に特に悪い結果とか起こるという否定的評価が存在 していない。よって、pとqを比較した結果、qが相対的に良いと判断したのであるため、
qを<提案>として考えてよい。
従来の研究ではホウガイイに対して、行為者が 2 人称の場合ならば、~qの否定的評価 が含まれる<忠告>の機能が働いていると指摘されてきた(曹(1998)、高梨(2010)など)。 それに対し、差異比較という観点から考えた場合、「-ルほうがいい」は、~qの否定的評価 が含まれない<提案>の意味用法も存在すると言えよう。
3.1.1.2.2低比較
本研究における「低比較」(p<q)では、比較対象の p とq がいずれも表現者にとって望 ましくない事態だと考えられ、「強いていえば、q ほうがまし」という意味が付与される。