第 4 章 数学教師の教授的力量形成に関する基礎的考察
第 2 節 数学教師の教授的力量形成
4.2.2. 力量形成の具体的な捉え方
反省的実践家としての教師の学習指導力の形成過程を研究した藤澤(2004)は, 教師の成 長過程を捉える観点として, あるとき急に飛躍するような「段階的成長」と, 徐々に変容 していく「漸進的成長」があると指摘した。氏によれば, 段階的成長とは, 教職経験を蓄 積する過程で, 何かがきっかけとなって急に視野が開け, 一気に多くの問題が解決できる ようになる, 洞察の深まりの段階的変化を意味し, 一方, 漸進的成長とは, 教職経験を重 ね, 気持ちにゆとりが出てくるような時期に, 毎日の教育実践を通して少しずつ漸進的に 変化していくことを意味する。
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したがって, 段階的成長として教師の成長を捉えようとすれば, 発達過程のあるべき流 れをあらかじめ想定し, その流れの通過点をいくつかの段階に区切り, その段階間の推移 を考察することとなる。一方, 漸進的成長として捉えようとすれば, 教師の教育実践の連 続をありのまま詳細に分析し, そこに表れる変化を考察することとなるであろう。
教授的力量形成に関するこれまでの研究を見てみると, 段階的成長に基づくものが多く 見られ, 一般的な教師教育研究では, 例えば, 秋田(1997a; 1997b; 1997c)の「教師の生涯発 達の3段階5)」, Berliner(1991)の「教授技能発達の5段階」などがこれに当たる。こうし た捉え方は, あるべき教師像をどのように設定するかによって, 教授的力量形成の捉え方 も変わってくる。例えば, 技術的熟達者と反省的実践家という 2 つの教師像に対し, それ ぞれの力量形成やその過程も自ずと異なった様相を呈するであろう。
また, 日本数学教育学会の課題別分科会「教師教育」で提起された「数学科の『教師教育 研究』の枠組み」(重松他, 2006, p.21)では, 数学教師教育研究の方向性の一つに, 数学教 師の「職能成長のモデルの確立」という課題が挙げられた。そこでは, 数学教師の成長の 6 局面として, 見習いの局面, 新任教師の局面, 中堅教師の局面, ベテラン教師の局面, プ ロ教師の局面, 名誉教師の局面が提案され, 今後の課題として各局面において習得すべき 教授的力量の同定が挙げられている。
これまでの数学教師教育研究においても, 様々な段階的成長の概念枠組みが提唱されて お り, 以 下 で は, 代 表 的 な 研 究 と し て, Goldsmith & Schifter(1997), Steinberg et
al.(2004)を概観する。また, 数学教師に特化してはいないものの, 省察の過程を捉える上
で示唆に富む研究としてKorthagen(1985; 2001)にも注目する。
(1) 「教室内での教師-生徒間の知的関係の変化」
Goldsmith & Schifter(1997)は, 発達心理学における認知発達理論を援用し, 米国のス タンダード導入を時代背景としながら, 数学授業における教師と生徒との関係についての 数学教師の見解の変化を, 図4-4のように提示した。
図 4-4:教室内での教師-生徒間の知的関係の変化(Goldsmith & Schifter, 1997, p.31)
(T: Teacher, S: Student)
① ② ③
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そこでは, 生徒の認識に関する教師の見方の変容と, 数学に関する教師の個人的理解の 変容に焦点が当てられている。
Goldsmith & Schifter(1997)によれば, ①の段階では, 教師が唯一の情報供給源と見な
され, 生徒はその情報を受け取る存在であるという見解があり, 教室内の知的関係として は階層的で一方向的な集団という見方である。この段階の教師が, 知識を暗記し, それを 実行する能力にのみ, 生徒の理解は反映されないことに気づいた場合, 活発な知識の構成 者として生徒を見なすことができるようになり, ②の段階に進むことができるという。② では, 教室内の教師と生徒との知的関係がより相互作用的になり, 教師の言ったことを生 徒が考えるだけではなく, 教師も生徒の発言を理解する必要があると考えるようになる。
しかし, この段階でも知的権限は教師にある。そして, 協同学習を通して生徒が互いに数 学的思考について学ぶことができると, 教師が気づいた場合, ③の段階に移行することが できる。この段階では, 生徒同士が教室内で意見を出し合いながら学びあえるようになり, 教師は指揮者というよりも編曲者として, 学習活動を設定することとなる。
(2) 「教師の実践における子どもの数学的思考への関わりに関する 4 つのレベル」
子どもの思考モデルを中核とする現職教育プログラムの中で, 最も有名なものの 1 つと
して, CGIプロジェクト(Cognitively guided instruction)がある。このプロジェクトに
よる教師の職能成長に関する研究の中で, Franke et al.(2001)は「教師の実践における子ど もの数学的思考への関わりに関する 4つのレベル」を提唱し, これに基づき数学教師の実 践を表4-17のように区分した。
表 4-17:教師の実践における子どもの数学的思考への関わりに関する 4 つのレベル レベル1 教師は子どもが自分の力で問題が解けると信じていない。
レベル2 子どもが数学の知識を学習場面に持ち込むと見始めるが, まだ一貫性がない。
レベル3 子どもが自分なりのストラテジーで問題を解くべきだと信じている。子どもの考えに耳を 傾けるが, それを発達させていこうと常に考えはしない。
レベル4A 子どもの考えがカリキュラムを方向付けていくと信じている。しかし, その決定は, まだ 大局的なレベル(クラス全体)にとどまっている。
レベル4B 個々の子どもの思考を, 指導において発達させていこうと考え, 子どもが使うストラテジ ーや, 子どもの数学の理解との関連についての知識を使っていく。
(Franke et al., 2001, p.662(日野, 2006, p.25)より筆者作成)
この枠組みを援用した研究の一つにSteinberg et al.(2004)があり, 教師の実践レベルの 移行として教師の変容を考察している。そして, 教師の学びの重要な要件として, ①教え ることについての問題を考えていく道具を与えてくれる「共同体」のメンバーの存在, ② 新しい知識と実践を反省的に生成, 論議, 評価していく過程, ③教師が解決したいと思い, 解決できると感じる問題を持つこと, つまり, 変容のオーナーシップを有することの 3 点 を挙げ, それに基づき一人の数学教師の変容を考察した。Steinberg et al.(2004)は, この
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教師の変容について, 自分なりに授業実践を探求し, 新たな知識を創り出している教師, そして, その探求を自分の専門家としてのアイデンティティと捉えている教師の変容と捉 え, こうした変容を「生成的変容」(Franke et al., 2001)と位置づけている。
(3) 「教師の学びのプロセス」
Korthagen(1985; 2001)は, 「人は自身がすでに獲得した知識や, 今までに積み重ねてき
た経験を振り返り, それらを何とか新しい構造にまとめあげる」思考活動として省察を定 義した(Korthagen, 2010, p.215)。そして, 教師の学びのプロセス(図4-5)における3 つの段階(ゲシュタルト形成, スキーマ化, 理論構築)を提唱した。その中で, ゲシュタル ト 6)段階からスキーマ段階へのスキーマ化と, スキーマ段階から理論段階への理論構築と して省察を位置付けている。
図 4-5:学びのプロセスの各局面(Korthagen, 2010, p.216)
Korthagenによれば, ゲシュタルトとは「しばしば無意識的に人間の行動を導いている
内的な存在」であり, 「個人がもつニーズ, 関心, 価値観, 意味づけ, 好み, 感情, 行動の 傾 向 を 集 合 体 と し て, 一 つ の 分 離 す る こ と の 出 来 な い 全 体 に 統 一 す る 事 柄 」 を 表 す
(Korthagen, 2010, p.51)。したがって, ゲシュタルト形成とは, 「ある状況が, 過去の類 似する経験をもとに, あるまとまったニーズ, 考え, 感情, 価値観, 意味づけと活動の傾向 を生みだすプロセス」である(Korthagen, 2010, p.200)。
それに対して, スキーマ化とは, 物事をより分かりやすくするニーズに基づき, ゲシュ タルトの中のより多くの要素と要素間の関係性を徐々に明らかにし, それを言語化する, 長期的なプロセスを意味し, 理論構築とは, 組み立てられたスキーマに規則性や実証性を 求めることから始まり, 出発点, 定義, 論理的に導き出された前提を組み立て, スキーマ 内の諸概念の中身と概念間の関係性について再考することにつながるプロセスを意味する
(Korthagen, 2010, pp.204-205)。