• 検索結果がありません。

161

第 7 章 本研究の総括と今後の課題

第1節 本研究の総括

本研究では, 開発途上国における数学教師の教授的力量形成過程を捉えるための理論 的・方法論的枠組みを構築することを目指し, 授業実践に関する教師自身の省察に焦点を 当て, その実態や変容, さらには教授的力量形成における役割について, 理論的, 実践的 に考察することを目的とし, 以下の研究課題に取り組んだ。

研究課題① ザンビア数学教師の教授的力量やその形成に関する現状と課題について, ザンビアの教育文書や先行研究をもとに考察する。

研究課題② 数学教師の教授的力量やその形成に関する先行研究を概観し, これまで の主要な成果を整理する。また, 教授的力量形成における数学教師自身 の省察の役割について, 先行研究をもとに理論的に考察する。

研究課題③ 数学教師の省察に関する先行研究を概観し, これまでの主要な成果を整 理し, それを踏まえ, 数学教師の省察を分析するための概念枠組みを構 築する。

研究課題④ ザンビア数学教師の省察を質的に分析し, その実態や変容, さらには教 授的力量形成における省察の役割を明らかにする。

本節では, これらの課題に対する成果を示すことで, 本研究の総括を行うこととする。

(1) 研究課題①に対する成果

ザンビア数学教師の教授的力量やその形成に関する現状と課題について, ザンビアの教 育文書や先行研究をもとに, 以下のことが明らかとなった。

まず, ザンビアでは, 数学の知識のみではなく, その日常生活への応用にも配慮し, 生 徒の数学に対する興味・関心, コミュニケーション能力や問題解決能力, 応用力や数学的 技能, ニューメラシー, 社会的技能や態度の習得・育成といった, より全人格的成長を意識 した数学教育の実現にむけて, 生徒が主体的に取り組むことのできる数学的活動を導入し, 生徒が参加でき, さらには彼らの文脈にも配慮した, 学習者中心の授業展開を実現するた めの教授的力量が, 数学教師に求められていた。しかしながら, 数学教育の現状を見てみ ると, 理想とする数学教育の理念や, それを実現するために必要な教授・学習活動の知識 を有した数学教師はいるものの, 実際の授業実践においてそれらを具体化するまでには至 っておらず, 意図する数学教育とその現状との間に大きな乖離があった。

また, ザンビアでは, 教師の主体性を重視し, 日頃の教育実践の経験に基づく, 学校を 基盤とした教師教育を理想とする現職教育制度が実施されているにもかかわらず, その実 態としては, むしろ, 教育省や外部から与えられた議題が取り上げられる傾向にあり, 教

第 7 章 本研究の総括と今後の課題

162

師の関心も, 報酬や物品供与といった外的ニーズに向かっており, 彼らの授業実践に基づ く議論が十分に行われていないことが分かった。

(2) 研究課題②に対する成果

数学教師の教授的力量やその形成に関する先行研究を概観し, これまでの知見を整理し た結果, 教授的力量の捉え方, 力量形成の捉え方, 力量形成の要因といった 3 つの観点か ら, 以下の諸点が明らかとなった。

まず, 数学教師の教授的力量の捉え方に関する先行研究を整理した結果, 大局的な数学 教育観に関する視座と, それに応じて具体的な教授的力量を同定する捉え方があることが 分かった。大局的な数学教育観に関しては, 学習・教授に関する心理学的視座や, 社会の 要求を踏まえた社会学的視座を基軸として, 様々な数学教育観が提唱されてきたことが明 らかとなった。そして, それぞれの数学教育観の実現に必要なものとして, 具体的な教授 的力量が提起されており, そこには, 授業の構成要素(教材・子ども・教師)や授業実践 の局面(授業前・授業中・授業後)といった, 授業という営みの構造的枠組みに基づく教 授的力量の捉え方があることが分かった。

次に, 教授的力量形成に関する研究の枠組みとして, 個としての教師に注目したものと, 集団としての教師に注目したものとに大別できた。また, その形成過程の捉え方には, 段 階的成長と漸進的成長という 2 つの方向性があり, 近年の数学教師教育研究では段階的成 長としての捉え方が主流であることが明らかとなった。

そして, 力量形成の要因については, 支援ネットワーク, 数学の教授学習について議論 する機会, 校内研修の時間, アクションリサーチの導入, 教師の省察, 教師の協働や共同 体の構築といった促進要因と, 新たな数学教育の動向に対する否定的感情といった, 数学 教師の信念に起因する阻害要因がこれまでの研究で注目を集めてきたことが分かった。

また, こうした先行研究の中で, 教授的力量形成における数学教師自身の省察の役割や, 省察の手法のひとつである記述について, 以下の点が明らかとなった。

まず, 数学教師の省察は, 自らの行為を導く価値や知識を教師自身が構築する方法とし て捉えられ, 力量形成の促進要因として見なされている点や, 教師が自身の経験や意見・

見解を記述することによって, より多くの人がそうした経験を共有し, そこから学ぶこと を可能とするといった意義が注目を集めてきた。

そして, 個の省察の手法としての記述には, 個人の思考や経験を記録するため, その省 察を通して知的成長を可能とする手法となり, 記述の過程でさえ, その思考や経験を再考 する機会を与える可能性があり, さらには, こうした個人の自己省察の実現に加え, その 記録をより広範な他者と共有し, それに関する対話を通して, 他者と協働した省察の可能 性を有していると考えられていた。

第 7 章 本研究の総括と今後の課題

163 (3) 研究課題③に対する成果

数学教師の省察に関する先行研究を概観し, これまでの知見を整理した結果, 省察概念 に関する代表的な論考と, それを踏まえた数学教師の省察研究の成果について, 以下の諸 点が明らかとなった。

まず, 省察概念に関する代表的な論考として, Dewey(1910; 1933)の問題解決を意識し た省察, Schön(1983; 1992)の反省的実践家としての専門家が行う行為における省察と行為 についての省察, van Manen(1977; 1991)の技術的省察, 実践的省察, 批判的省察などがあ り, こうした省察概念を踏まえた数学教師の省察研究の動向があった。

次に, 数学教師の省察に関するこれまでの研究成果として, 省察の実態, 省察の変容過 程, 省察を促すための手段, 教授的力量形成における省察の役割といった観点から, 数学 教師の省察の特性が徐々に明らかにされてきた。

省察の実態に関しては, その内容や質的水準, 種類といった側面からの実態が考察され ており, 実態を捉えるアプローチとしても, 危機的出来事への注目や省察サイクルの局面, 教師の省察の4型など, 研究者の問題意識によって様々なものが検討されてきた。そして, 特に教師志望学生のような, 経験の浅い数学教師の省察ほど, 教師の教授活動を中心に授 業実践を分析し, 数学の内容や生徒の理解など, 教材や学習活動の分析が表面的な水準に 留まるという傾向が明らかにされてきた。

省察の変容過程に関しては, 省察における判断の権限の位置や, 感情的・直観的な判断 から理論的・客観的な判断といった省察の質, 省察における視野の広さ, さらには, 教師集 団としての相互作用などを観点として, 数学教師の省察の変容過程を段階的に捉えるため のモデルが提案されてきた。

数学教師の省察に関する課題として, 教師志望学生に対する省察の機会提供だけでは学 びを保証することにはならない点, 若手教師にとって行為における即座の省察は実現困難 であり, 自らの教授活動を確立していないため, 他者からの影響を受けやすい点, ベテラ ン教師は, 自らの教授活動をある程度確立しているため, 変容に時間がかかる点, さらに は, 個々の教師の信念が省察に対して大きな影響を及ぼす点などが明らかとされてきた。

そうした課題を克服する手段として, 省察やその記述の構造化, 教師の特性への配慮, 他 者との相互作用, 授業のビデオ録画などに注目が集まる動向があった。

そして, 教授的力量形成における省察の役割に関しては, 教師志望学生と現職教師を対 象とした研究の双方で, 様々な議論が行われており, 教師志望学生を対象とした省察研究 の成果として, 省察記述を通して, 数学教授に自信を持てない学生が不安や不満を意識し, 新たな教授アプローチを学ぼうとする動機となった事例や, 数学授業における危機的出来 事に対する省察によって, 意味理解のために必要な条件や, 意味理解にとっての促進・阻 害要因, 意味理解と手続き的理解の違いなどを学んだ事例, ビデオ事例教材を用いた省察