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第 5 章 数学教師の省察に関する基礎的考察

第 2 節 数学教師教育における省察の先行研究

5.2.1. 教師志望学生を対象とした研究

はじめに, 教員養成課程に在籍する学生や, 教育実習中の学生など, 将来数学教師を志 望する学生を対象とした研究として, Artzt(1999), Mewborn(1999), Manouchehri(2002), McDuffie(2004), Goodell(2006), Stockero(2008), Jansen & Spitzer(2009)がある。以下で はこれらの先行研究の概要を整理する。

(1) Artzt(1999)の省察研究

Artzt(1999)は, Cooney(1994)や Jaworski(1994)などを踏まえ, 数学教育の改善にむけ

た教員養成にとって, 教授に関する認識や実践に対する数学教師の省察育成が中心的課題 であるという問題意識を有していた。こうした問題意識を背景に, 女史は, 数学教師の省 察育成システム構築にむけた, 構造化された省察のモデルの提唱と, その有効性の検証を, 学生2名を対象に試みた。その際, Goldsmith & Schifter(1997)を踏まえ, 記述による省察 をその中心的活動に位置付けた。

まず女史は, 構造化された省察のモデルとして「教師の認知と教授実践に関する省察の ための枠組み」を, 図5-2のように提唱した。

図 5-2:教師の認識と教授実践に関する省察のための枠組み

この枠組みでは, 数学教師が有する包括的認識と, それに基づき自らの教授実践を検討 する認知的過程の関係について, 授業の前, 中, 後に分けて整理され, 授業前の「計画」, 授 業中の「モニタリング」や「調整」, 授業後の「評価」や「修正」が, 省察の具体的活動 として位置づけられている。

次に, この枠組みの援用の仕方やその効果を例示するために, 女史は教員養成課程の学 生2名を対象とした調査を実施した。その具体的活動としては, 約6カ月の中等教育学校 での教育実習において, 各学生は少なくとも 1 日 1授業を担当し, 各授業に関する省察を 授業の前後で記述した。また, 実習担当教官による授業観察が 4 回実施され, 上述の枠組

知識, 信念, 目標

計画 モニタリング

調整

評価 修正

教授実践

(課題, 学習環境, ディスコース)

授業前 授業中 授業後

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みに基づく評価が行われた。そして女史は, こうした省察記述や授業観察のデータ(表 5-3)

を, 解釈的アプローチにより質的に分析した。

表 5-3:Artzt(1999)の省察データ収集法

時期 活動 内容

授業前

授業前の省察活動:

授業前の省察記述 記述された授業案

省察記述:

学習目標, 生徒に関する知識(能力水準, 興味・関心など), 内容に 関する知識(カリキュラムにおける位置づけなど), 教授に関する 知識(教授活動の代替案など), 授業における教師の役割, 授業に おける生徒の役割, 予期される問題点, 発想や選択基準を得たリソ ース

授業中 授業の実施 (実習担当者による授業観察データ)

授業後

授業後の省察活動:

授業検討会での自己 評価

授業検討会での指導 教官との意見交換 授業後の省察記述

授業検討会での自己評価:

授業前の考察, 授業案, 実際の授業の関連性について, 学習目標に ついて(授業案での設定, 授業での達成度), 授業案と実際の授業 の相違の要因(生徒の反応など), 教授実践の三要素(課題, 学習 環境, ディスコース)について, 授業改善について

授業検討会での指導教官との意見交換:

課題の明確化, 教授実践の結果, どんな新たな知識を得たか, 信念 がどのように変化したかを学生に問いかける, 教授実践の結果とし て, あなたは何を学びましたか, 内容, 生徒, 最も効果的な教授法 に関して, あなたはどんな新たな考えを学びましたか, 内容, 生徒, 最も効果的な教授法に関して, 変化した信念はありましたか 授業後の省察記述:

授業の長所・短所, 授業改善について 常時 実習日誌への記述

(Artzt, 1999, pp.147-150より筆者作成)

女史は, 学生 2名の省察記述の分析を通して, 以下の点を例証した。1点目として, 当初, 教授に関する知識, 技能, 考えに対して自信がなかった学生にとって, そうした不安や不 満といった感情が, 新たな教授アプローチを学ぼうとする動機となった点である。2 点目 として, 講義形式の授業が最もよいと考え, 新しい教授アプローチに抵抗を感じていた学 生にとって, 子どもたちの授業内容に関する理解に注目させることが, 彼の成長を促す唯 一の方法であった点である。

こうした事例をもとに, 女史は, 省察活動は学生の変容を促す手段として有効であり, また, 提唱した省察の枠組みは, 学生にとって継続的な職能成長を促す強力なツールにな ると主張した。そして, 学生が, 自分たちの知識, 信念, 学習目標の観点から自分自身の教 授実践を評価する主体であることを自覚し, 自分の信念を柔軟に修正するようになること が最も重要であり, さらに, 授業実践と関連付けた自らの知識, 信念, 目標に対する学生 の記述を通して, 指導者が学生の動機や気質を把握することができ, 彼らの成長を促すこ とができるようになると述べている。

第 5 章 数学教師の省察に関する基礎的考察

81 (2) Mewborn(1999)の省察研究

Mewborn(1999)は, 省察に関するこれまでの議論として, 単に過去の事実を思い出す回

想や, 自分の行為に関する正当化といった思考とは質的に異なる教師の思考として, 省察 が捉えられてきた点を指摘した。また, その過程に不可欠な構成要素として, 行為が位置 付けられており, その点において, 言語偏重や実行主義とも区別されてきたと述べている。

さらに省察とは, 個人的経験であると同時に, 共有された経験でもあるという見方が共通 していたと指摘した。こうした考察をもとに, 女史は省察の定義を, Dewey(1933)を踏まえ, 次のように述べている。

《省察とは, ある信念, または当たり前と思われている知識に関して, それを支える前提や, さら には, それが導く結果を考慮しながら, 積極的・持続的に念入りに考えること。》(Mewborn, 1999, p.323)

また女史は, 省察概念の特色に関して, 教師の思考の対象である教育活動とは, 本来的 に問題を含んだものであり, 省察を通して, ある種の曖昧さや疑念, 葛藤や不安を抱えた 状況を, 明瞭で筋の通った, 安定し, 調和のとれた状況へと変えることができると述べて いる。

そこで女史は, Dewey(1933)の省察の 5側面(認識, 問題化, 仮説設定, 仮説の推論, 行 動を伴う仮説の検証)を概念枠組みとして援用し, 授業観察や模擬授業に対する教師志望 学生の省察の実態やその変容過程を, 彼らの実習日誌の記述やグループ討論での発言を質 的に分析して明らかにしようと試みた。そして, この目的にむけて, ①4年生の数学授業で 観察したことを, 学生はどのように理解しようとするか, ②4 年生の数学授業における教 授学習環境のどんな側面を, 学生は問題と考えるのか, という2つの研究課題を設定した。

研究対象としては, 数学に対する態度や能力の異なる, 初等教育教師を目指す学生 4 名 が選定され, 女史が担当する科目「数学教授法コース」に追加された, 初等教育第 4 学年 の学級を対象とした11週間のフィールドワーク5)に, その 4名の学生が参加した。このフ ィールドワークにおける学生の省察に関するデータ収集法としては, 個人インタビュー(1 人当たり2回:学期開始前に1回, 第8週目に1回), グループ討論(10週間の活動を通 して実施), 個別の実習日誌(授業や教室での経験に関する自分たちの気づきを日誌に記 述するよう指示)が用いられた。収集したデータは, 教師の社会化に関する解釈パラダイ ム(Zeichner&Gore, 1990)の観点から分析され, その手法としては, グラウンディッド・

セオリー・アプローチ(Glaser & Strauss, 1967)やグラウンディッド解釈法(Addison, 1989)が採用された。

その結果を踏まえ, 女史は, 第4学年の数学授業に対する学生の省察は, Dewey(1933)の 省察の 5 局面すべてに達しており, しかも, 時間がたつほど各局面での思考に深みが見ら れた点や, 4名の学生の問題意識を, 教室の文脈(学習環境や学級運営など), 数学の教授

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法, 子どもの数学的思考, 数学の内容の観点から分析したところ, 数学の内容以外は, 4名 の学生に意識されていた点を明らかにした。

こうした事例研究をもとに, 女史は, 学生は, 数学の教授学習に関する様々な側面から 省察を行うことができ, 学生がそうした省察を行うとき, 彼らの初期の現場経験は, 数学 教授に関する学びに対して積極的効果をもたらすことができると述べている。

さらに, そうした学生の養成の課題として, 数学授業に対する省察の「権限(authority)」

の移行があり, そこには, 表5-4のように3つの段階があることを指摘した。

表 5-4:権限の中心の移行の 3 段階 1段階

学生は身近な教授実践に対して知的に近い立場をとり, 仮説の設定や推論を, 教育実習の 指導教師や担当教官に求める。

※権限の中心は, 学生の外部にある。

2段階

身近な教授実践から距離を取り始め, 自分たちの観察結果の考察にむけて, これまでの知 識, 経験, 信念を利用し始める。

※権限の中心は, 学生の外部と内部の両方にある。

3段階

数学の教授学習に関する問題が生じたとき, 自分たちの仮説を検証する根拠を探すため に, 学生は生徒の数学的考えに注目する。

※権限の中心は, 学生の内部にある。

(Mewborn, 1999, p.336より筆者作成)

そ し て, Dewey(1933)の 省 察 の 5 局 面 や, 学 生 の 教 育 実 践 に 対 す る 距 離 の 取 り 方

(Jaworski, 1994)とも関連付け, 学生の思考水準を表5-5のように, 「回想」, 「正当化」,

「省察」の3つに分類した。

表 5-5:Mewborn(1999)の思考の 3 水準

思考の水準 Dewey の 5 段階 教授実践からの距離 権限の中心 回想

教授実践に近い

外部

単なる発想の情報源としての, 担任教師 や大学の教官

暗示 知性的整理 正当化

教授実践から距離をと

内部と外部

担任教師とともに発案する者としての学 生 と, その 発案を 検証, 修正 するも のと しての大学教官

仮説の構成 推論

省察 生徒の数学的思考に再

度入っていく

内部

生徒の数学的思考に関する学生の解釈か ら生まれた発案

行動による仮説 の検証

(Mewborn, 1999, p.337より筆者作成)

(3) Manouchehri(2002)の省察研究

個人の省察に基づく教師教育の限界に注目していたManouchehri(2002)は, それに対す る教師の資質向上のための代替案を模索する必要性を感じていた。そこで女史は, 教師の 職能成長における社会化や社会的相互作用の重要性に注目し, 同僚教師とのディスコース