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第 5 章 数学教師の省察に関する基礎的考察

第 2 節 数学教師教育における省察の先行研究

5.2.2. 現職教師を対象とした研究

次に, 現職の数学教師を対象とした研究として, Scherer & Steinbring(2006), Ticha &

Hospesova(2006), van Es & Sherin(2008)がある。以下ではこれらの先行研究の概要を整 理する。

(1) Scherer & Steinbring(2006)の省察研究

Scherer & Steinbring(2006)は, 子どもの学習や数学授業をよりよく理解する上で, 具

体的な教室場面に対する省察を重視し, 実際の数学教授の実践を対象とした質的分析手法 の開発とその検証を目的とした, 研究者と小学校教師による共同研究プロジェクトを約 3 年間実施した。このプロジェクトでは, 数学教育の改善にむけた出発点としての, 数学教 授に対する協同的, 組織的な省察に注目し, 次の 2 つの研究課題が取り組まれた。ひとつ は, 録画ビデオを用いた探求的手法により, 数学的相互作用に対する協同的, 組織的な省 察の発展にむけて, このプロジェクトにおいてどのような条件, 課題, 可能性が確認でき るかである。もうひとつは, この探求的な共同研究プロジェクトにおいて, 数学学習に対 して建設的な変化をもたらす, 数学授業でのコミュニケーションや相互作用の方法への知 見を提供する, 一般的な例を見出すことができるかである。

分析手法としては, 教授実践に関する研究者と教師との協同的な省察を通した事例研究 が採用され, 研究者による非形式的な観察, 収集した生徒の学習成果, 協力教師による教 授実験の観察(第 3学年「たし算の計算の仕方(1000 までの数), 1教授実験あたり3-6 授業, 約50授業, 2002年と2003年の第2学期), 協力教師同士の観察や省察, 生徒の学

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習や教授エピソードに関するグループ会議(月1~2回), 現職教育コースにおける省察な どをデータとして分析が行われた。

その結果, 以下の点が明らかになったと, Scherer & Steinbring(2006)は述べている。

まず, 知識伝達型の数学教育観のもとでは, 教師が授業内容をすべて知っているという 認識を, 生徒も教師も有しているため, 授業内での相互作用の中心には教師が位置し, 授 業後の省察でも教師に注目が集まる傾向が強くなる。しかしながら, 授業での相互作用を 通して数学知識が発達するところをみれば, 教師は, 数学の教授学習とは, 数学の知識を 単に伝達することではなく, 生徒が自分自身の知識, 理解, 解釈を主体的に導き出すこと だと分かるようになるという, 先行研究の主張を踏まえ, 協力教師が実施した授業の録画 ビデオを, 協力教師と研究者がともに視聴し, 協働で省察することによって, 授業中の 様々な事柄に対する教師の気づきを促した。その結果, プロジェクト期間内では, 教師の 生徒との相互作用には大きな変化は見られなかったものの, 授業内容のすべてを説明して いた教師が, 生徒の考えを引き出す働きかけをするようになったという, 教師の相互作用 の仕方における変化の兆しが表れたことを例示した。そして, 今後の課題としては, 教師 と生徒の間の数学的相互作用の複雑なメカニズムをさらに理解しながら, どんな条件が教 師中心型の数学教授を招き, どんな条件が生徒中心型の数学教授を支援するかを明らかに する必要があると述べている。

(2) Ticha & Hospesova(2006)の省察研究

チェコの心理学者 Helus(2001)は「教師の自信の基礎を形成する 4 つの基本的力量

(competence)」として, 「教授法に関する力量」, 「教科教育に関する力量」, 「学級経 営に関する力量」, 「適切な教授学的省察(qualified pedagogical reflection)」を提唱し た。

Ticha & Hospesova(2006)によれば, 一般的に省察という概念には, 観察, 凝視, 考察な どが含まれており, 教授活動も含む, 全ての人間の活動において直観的な水準での省察は 生起する。しかし, 適切な教授学的省察の場合, さらに教授活動の重要な要素の描写や分 析, 評価や再評価, 説明方法, 意思決定, 新たな方略の決断などを考慮する必要があり, 授 業の目標や内容, 教授法, そしてそれらの実現といった観点から, 教師自身の教授活動に 対する意識的な省察として捉える必要がある(Ticha & Hospesova, 2006, pp.133-134)。

このHelus(2001)の論考を踏まえ, Ticha & Hospesova(2006)は, 教師の専門性を規定す る力量として適切な教授学的省察に注目し, 教授実践に対する教師の自己省察の発達と, 他の教師や研究者との組織的な協同省察の実施が, 教師の専門的成長を促すと考えた。こ うした課題意識のもと, 女史らは, 4名の小学校教師とともに, 協同研究プロジェクト(コ メニウス・プロジェクト)を 3 年間に渡り実施し, その成果として, 数学授業に関する計 画や議論が行われ, 協働省察が重要な役割を果たし, プロジェクトメンバー全員に大きな

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女史らは, このプロジェクトにおける教師の個別省察の記述(教師は1年目と3年目の 終りの 2 回, 自己省察の記述を作成)や, ビデオ録画された教授エピソードに関する協同 省察での発言をもとに, ①プロジェクト全体を通して教師の省察の質がどのように発達し たか, ②適切な教授学的省察が, 教科教育や教授法に関する教師の力量をどのように向上 させ, 授業改善にどのように貢献したか, といった研究課題に取り組む事例研究を行った。

その結果, 女史らは, 4名の教師の省察の質的変容について, ①直観的レベルの省察, ② 内容や教授法に関する教師の知識の発達, ③教師から省察的な教師, そして新米研究者へ の変容, といった3段階を例証した(表 5-9)。

表 5-9:コメニウス・プロジェクトにおける教師の省察の変容

変容の段階 内容

直観的レベルの省察 教師が自分の感情を話すような, 直観的な観察についての単純な会話

(好き, 嫌いなど)。

内容や教授法に関する教師 の知識の発達

授業改善を目指して, 具体的な数学の内容に対する効果的な教授法を 探す。

教師から省察的な教師, して新米研究者への変容

教師自身の教授実験(授業実践)の準備や実践にむけて, 目標, 教授法, 内容といった観点から授業に対して深く分析する。

(Ticha & Hospesova, 2006, pp.137-138より筆者作成)

表 5-10:コメニウス・プロジェクトにおける協同的な省察の影響

① 教師自身が担う役割についての理解の変容(プロジェクト当初, 教授実践に対する省察に関して 受け身的姿勢を有していた教師が, 教授実験の創造者へと変容した)

② 関心の変容(教師自身が関心のある教授法についてから, 生徒の理解についてや, 具体的単元に 関する理解について関心が高まった)

③ 教師自身の能力やその評価の変容(教師の態度が, 内容や教授法に関する自信から, 自分の力量 に対する疑念, そして教科教育に関する力量の向上や生徒の認識の理解のために教授活動を改善 しようとする願いへと変わった)

④ 授業録画ビデオに対する関わり方の変容(自分の教授実践を客観的に観る手段として, 授業録画 ビデオの意義を理解した)

⑤ 省察に関する評価の変容(くだけたおしゃべりによる自由な会合から, 授業実践におけるある特 定の現象に関する真剣な議論へと変容した)

⑥ 教師自身の力量の向上にむけたプロジェクト参加に対する判断の変容(プロジェクトに参加した 教師は, 当初は参加意義を感じていなかったが, 自分なりの学びを見出していた)

① 数学授業の環境についての理解の変容(教師の失敗の要因がどこにあるのか, なぜ教授活動に問 題が生じるのか, その問題をどのように取り除くのかを認識する方法を理解することができた)

② 教師の力量の把握の向上(教師の専門的力量の変容や向上を研究者が把握する診断的手法として, 省察分析を利用できた)

③ 教師に影響を及ぼす可能性の向上(協同省察を通して, 研究者は, 数学教育における研究成果に ついて情報を教師に提供し, 間接的に影響を及ぼす機会を得ることができた)

④ 数学教授に関する研究の質の向上(質的研究(その特徴, 手法, 設計)に関する理論を得ること ができた)

(Ticha & Hospesova, 2006, pp.148-152より筆者作成)

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また, 女史らは, 教師と研究者による協同的な省察が及ぼした影響として, 表 5-10に示 したものがあると述べている。

(3) van Es & Sherin(2008)の省察研究

van Es & Sherin(2008)は, 教師の教授実践を改善するためのカギとして, 教師の省察を

位置付けた。そして, 省察に取り組むことで, 教師は自分の教授経験を理解し, 今後の意思 決定に対してその知識を利用することができると考え, 特に, 米国におけるスタンダード 導入という教育改革の文脈における教授技能として, 教師の気づきが重要だと考えた。ま た, 教師教育プログラムの多くで, ビデオを用いた研修が近年増えており, その効果も認 められてきたという動向を踏まえ, van Es & Sherin(2008)は, 教師の「気づきのための学 び(learning to notice)」にむけて, ビデオ録画した自分たちの授業実践を教師が集団で観 察し, それについて議論するビデオクラブを実践した。

そこでvan Es & Sherin(2008)は, このビデオクラブに参加した教師の, 生徒の数学的

思考に関する気づきの変容を考察するために, ①ビデオクラブ参加の前後における, ビデ オ授業に関する教師のインタビュー発言の変容, ②ビデオクラブを通した, 生徒の数学的 思考に対する気づきについての教師の学びの変容, ③教師の学びに対するビデオクラブ参 加の影響について検証した。

女史らは, 2001年10月から2002年5月までの8ヶ月, 月に1~2回, 計10回開催され たビデオクラブに参加した, 教職経験が1年から20年以上の小学校教師7名(4・5学年 担当)を研究対象として選定し, 彼らのビデオクラブ会議での発言や, 授業風景のビデオ に関する個別インタビューでの発言を主なデータとして収集した。こうしたデータの分析 手法として, 表5-11に基づく発言内容のコーディングと, そのコードの発言回数に基づく 統計処理を行い, ビデオ会議前後の発言内容の比較や, 統制群として同校から選定した小 学校教師 4 名(全員が 10 年以上の教職経験)の個別インタビューにおける発言内容との 比較を行った。

表 5-11:教師の発言内容に関するコード一覧

カテゴリー コード

対象(actor) 生徒, 教師, 自分自身, カリキュラム開発者, その他 内容(topic) 数学的思考, 教授法, 雰囲気, 学級経営

スタンス(stance) 描写, 解釈, 評価 具体性(specificity) 具体的, 一般的

ビデオへの焦点(video-focus) ビデオに基づく, ビデオに基づかない

(van Es & Sherin, 2008, pp.250-251より筆者作成)

その結果, まず, ビデオクラブ参加の前後における, 教師の個別インタビューでの発言 内容の変容として, ①対象に関しては, 生徒に関する発言の割合が高まった, ②内容に関 しては, 参加前は授業の雰囲気に関する割合が高かったのに対して, 参加後では数学的思