• 検索結果がありません。

第 4 章 数学教師の教授的力量形成に関する基礎的考察

第 2 節 数学教師の教授的力量形成

4.2.3. 考察

第 4 章 数学教師の教授的力量形成に関する基礎的考察

69

教師の変容について, 自分なりに授業実践を探求し, 新たな知識を創り出している教師, そして, その探求を自分の専門家としてのアイデンティティと捉えている教師の変容と捉 え, こうした変容を「生成的変容」(Franke et al., 2001)と位置づけている。

(3) 「教師の学びのプロセス」

Korthagen(1985; 2001)は, 「人は自身がすでに獲得した知識や, 今までに積み重ねてき

た経験を振り返り, それらを何とか新しい構造にまとめあげる」思考活動として省察を定 義した(Korthagen, 2010, p.215)。そして, 教師の学びのプロセス(図4-5)における3 つの段階(ゲシュタルト形成, スキーマ化, 理論構築)を提唱した。その中で, ゲシュタル ト 6)段階からスキーマ段階へのスキーマ化と, スキーマ段階から理論段階への理論構築と して省察を位置付けている。

図 4-5:学びのプロセスの各局面(Korthagen, 2010, p.216)

Korthagenによれば, ゲシュタルトとは「しばしば無意識的に人間の行動を導いている

内的な存在」であり, 「個人がもつニーズ, 関心, 価値観, 意味づけ, 好み, 感情, 行動の 傾 向 を 集 合 体 と し て, 一 つ の 分 離 す る こ と の 出 来 な い 全 体 に 統 一 す る 事 柄 」 を 表 す

(Korthagen, 2010, p.51)。したがって, ゲシュタルト形成とは, 「ある状況が, 過去の類 似する経験をもとに, あるまとまったニーズ, 考え, 感情, 価値観, 意味づけと活動の傾向 を生みだすプロセス」である(Korthagen, 2010, p.200)。

それに対して, スキーマ化とは, 物事をより分かりやすくするニーズに基づき, ゲシュ タルトの中のより多くの要素と要素間の関係性を徐々に明らかにし, それを言語化する, 長期的なプロセスを意味し, 理論構築とは, 組み立てられたスキーマに規則性や実証性を 求めることから始まり, 出発点, 定義, 論理的に導き出された前提を組み立て, スキーマ 内の諸概念の中身と概念間の関係性について再考することにつながるプロセスを意味する

(Korthagen, 2010, pp.204-205)。

第 4 章 数学教師の教授的力量形成に関する基礎的考察

70 する。

まず, 数学教師の教授的力量形成に関する研究の理論的視座として, 個としての教師に 注目した研究では, 教師の信念, 行動主義, 教師の思考を対象とした情報処理や認知科学, 構成主義, 社会的構成主義, 反省的実践, 教科内容の知識と教授法からみた内容に関する 知識, 気づきの増大としての教師の学びなどがあり, また, 集団としての教師に注目した 研究では, 教師の学びを実践共同体への参加の過程やアイデンティティの変容と捉える Lave のモデル, 活動理論, さらにはポストモダン理論といった, 社会的実践の複雑性を重 視した理論などが援用されてきた。こうした研究視座の多様性は, それぞれの研究者の問 題意識の多様性を反映したものと考えられ, 研究動向としては, 個から集団としての教師 に注目が移行している傾向がある。

次に, 教授的力量の形成過程に関しては, その捉え方には, 段階的成長と漸進的成長と いう 2 つの方向性があり, 近年の数学教師教育研究では段階的成長としての捉え方が主流 であった。その場合, 研究者による力量形成の段階を示したモデルが構築され, それを枠 組みとして力量形成を捉える手法が用いられるのだが, そこには研究者の問題意識や理想 とする数学教育観は反映されるものの, 研究対象となる現場の教師の見解や価値観などは あまり考慮されないように思われる。開発途上国の数学教師の教授的力量形成を, 他国の 研究者が研究する場合, 両者の社会・文化的文脈や価値観の相違をどのように考慮すべき であるかという問題への示唆といえるであろう。

第3節 数学教師の教授的力量形成の要因

本節では, 教授的力量形成の要因に関する先行研究からの知見を整理する。以下ではそ の要因を, 促進要因と阻害要因とに分けて整理する。また, 本研究で注目する数学教師の 省察やその記述についても, 先行研究からの知見を整理する。

4.3.1. 力量形成の促進要因

Llinares & Krainer(2006)は, PMEにおけるこれまでの数学教師の学びに関する研究を

概観 し, そ の促進要因につ いて多くの研 究者が 論 考しているこ とを指摘 した。例えば,

Becker & Pence(1996)が指摘する, 支援ネットワーク, 数学の教授学習について議論する

機会, 校内研修の時間といった要因や, Ellerton(1996)のアクションリサーチの導入など がそれに当たる。

そうした中で, Llinares & Krainer(2006)は力量形成の促進要因として, 特に, 教師の省 察と, 教師の協働や共同体の構築の点に注目している。

Llinares & Krainer(2006)は, これまでの現職教育プログラムや教師の学びに関する研

究が, 教師としての在り方や教授活動についての学びを, 教師が主体的に継続する方法と して省察を位置づけ, 省察を通して教師が自分の教授活動についての気づきを増やすこと

第 4 章 数学教師の教授的力量形成に関する基礎的考察

71

ができるという仮説を前提にしていると指摘した。また, この省察をより意図的に行うた めに, 状況を広範に理解し, 教授の質を向上する手法とされるアクションリサーチが用い られ, 「研究者としての教師(teachers as researchers)」や「学校を拠点とした職能成長

(school-based development)」といった概念とも関連づけた研究が, PMEでも進められ ているという。

また, 教師の学びを社会的過程と見なす立場から, 教師の協働や共同体の構築に注目し た研究についてLlinares & Krainer(2006)は, 次のように述べている。

まず, 教師同士, さらには教師と研究者との協働は, 教師の職能成長のイニシアティブ を向上する要因と見なされている。この場合, 様々な立場の参加者が存在するため, 協働 の過程においては, 組織的側面といった文脈や, 個人的側面や社会的側面に対して十分考 慮する必要がある。

次に, 近年, Wenger(1998)の「実践共同体」という概念に注目した研究があり, 数学教 師教育研究において, この概念は, 生徒の数学の理解, 数学の知識, 数学教授の実践とい った, 数学と関連した協働事業や目的意識の共有と定義されている。ここでの教師の学び は, 社会的に組織された活動への参加の変容や, 社会的実践への参加の一側面としての, 個人による知識の使用と見なされる。そして, 実践共同体への参加は, 教師の職能成長の 促進要因であり, 実践共同体での活動は, 数学教授や生徒の学習を向上させると考えられ ている。しかしながら, 個人的, 社会的, 組織的要因が複雑に絡むため, こうした共同体の 構築は容易でなく, Nickerson & Sowder(2002)によれば, その構築要因として, 数学教師 の学校監督者や他の教師との関係, 他の数学教師が有する知識に対する配慮や近接, リー ダー的教師の存在, 教師が有する数学の知識や数学教授の満足度, 生徒が有する文化や言 語に対する教師の精通度などが挙げられる。

4.3.2. 力量形成の阻害要因

上 記 の 促 進 要 因 に 対 し て, 力 量 形 成 を 阻 害 す る 要 因 に 関 す る 論 考 も あ り, 例 え ば,

Cooney(2001)は, 米国におけるスタンダード導入時の教師志望学生の反応として, これま

で有してきた数学教育観に固執し, その導入への抵抗を示す傾向があることを指摘した。

これまでの数学授業では, いわゆる伝統的な知識伝達型の授業が実施されており, そこで は, 教師は教科書に記載された知識や技能を忠実に伝えることが使命と考えられていた。

それに対してスタンダードが求める数学教育では, 生徒の思考を尊重し, 予測困難な状況 の中で授業を進めることが求められ, そのため, これまで感じなかった教授活動に対する 不安定さへの否定的感情を抱くことになったという。数学教育の在り方の変化に伴い, 教 師に求められる教授的力量の変容に対するこうした数学教師の信念が, ときとしてその阻 害要因になることを指摘している。

第 4 章 数学教師の教授的力量形成に関する基礎的考察

72 4.3.3. 教授的力量, 省察, 記述の関係について

Llinares & Krainer(2006)は, さらに, 近年, 数学教師の信念の社会的起源やその文脈 化された特質について, 多くの研究者が検討しはじめている点を指摘した。例えば, 教師 志望学生の専門的アイデンティティの発達に関する伝記体的アプローチを通して, 数学教 育に対する学生自身の信念に気づかせ, 一定の方向に変容させる試みが, 教員養成プログ ラムで実施されている。こうした取り組みについて Llinares & Krainer(2006)は, 自らの 行為を導いてくれる価値や知識を教師自身が構築する方法である省察(行為についての省 察)に基づく教師の学びが, その背景にあることを指摘した。また, こうしたアプローチ が記述という行為を基礎としている点に注目し, 経験や解釈の記述が, 他者との共有によ って教師志望学生の学びを支援する省察の手法でもあり, さらには, 研究者にとっても学 生の学びに関する適切なデータ収集の手段を提供すると指摘した。

また, こうした教師の省察を研究する手法として, 教師自身の記述に注目されているが,

Llinares & Krainer(2006)は, その意義について, 次のように述べている。教師が自分の経

験や意見・見解を記述することによって, より多くの人がそれを共有し, そうした経験か ら学ぶことが可能となる。それは, 研究者にとってはより適切なデータの使用が可能とな ることを意味し, 教師にとっては, 数学教育研究に対する関心を高めるきっかけとなる。

そして, 教師の反省的知識が多くの教育関係者に利用されることで, さらなる職能成長へ の貢献も可能となる。もちろん, 学校現場の教師にとって, こうした記述と作業は容易な ことではないが, 教師の記述が, 数学教育の理論と実践の間を橋渡しし, さらには教師や 研 究者 の専 門性 の成長度 合い を示 す指 標となり える 可能 性も 秘めてい る(Llinares &

Krainer, 2006)。

同様に, Goldsmith & Shifter(1997)も, 認知発達理論に基づく教師の変容過程モデルに 関する考察の中で, その変容を促す記述の役割について言及している。まず, 記述は, 個人 の思考や経験を記録するため, その省察を通して知的成長を可能とする手法となる。また, 記述の過程でさえ, その思考や経験を再考する機会を与える。こうした個人の自己省察の 実現に加え, その記録をより広範な他者と共有し, それに関する対話を通して, 他者と協 同した省察(集団リフレクションや対話リフレクション)の可能性を有している。

こうした教師の省察記述の具体的手法としては, 例えば, 「ティーチング・ポートフォ リオ 7)」(Shulman, 1994; Wolf&Dietz, 1998; 加藤&永田, 2002), 「授業日誌法」(浅田,

1998), 「反省的ジャーナル」(McDuffie, 2004)などが開発されている。

第4節 まとめ

以上を踏まえ, 数学教師の教授的力量形成に関するこれまでの知見についてまとめる。

まず, 数学教師の教授的力量について, 大局的な数学教育観と力量の内実の 2 点から,