第 2 章 ザンビア基礎教育における数学教育の現状と課題
第 3 節 ザンビア基礎教育における実施された数学教育
2.3.3. 考察
以上の調査結果をもとに, 数学教育の教授・学習活動に関して, 同報告書は次のように 述べている。
《教授・学習活動に関して言えば, 質問に答えた教師は様々な教授・学習活動を知っていると答え ていた。また, フィールドワーク以外のほとんどの教授・学習活動を行う自信があるとも答えてい た。しかし, 多くの教師が, 示された教授・学習活動を行う自信があると答えたにもかかわらず, 実 施した授業観察では, ほとんどの教師は‘生徒中心型授業’を行っていなかった。》(MoE & JICA, 2002, p.114)
つまり, ザンビアの多くの数学教師は様々な教授・学習活動を知っているし, それを行 う自信も持っているにもかかわらず, 実際の授業ではそれを実施していない。そして, 実 施されている教授・学習活動の特徴として, ①教師中心型授業の横行, ②教師中心型授業 での教授・学習活動も, 変化に富んではいない, という2点を示している。特に, ②に関し ては, 練習問題以外は, 基本的に教師の説明ばかりであると指摘し, 具体的な教授・学習活 動として, 教師-生徒間の問答, 宿題, 教師に よる実演, 教師による説明を挙げている
(MoE & JICA, 2002, p.114)。
次に, ザンビアの数学教師が教師中心型授業を行う要因について, 同報告書をもとに考 察する(MoE & JICA, 2002, p.108)。
まず, ザンビアの数学教師は, 生徒は数学に関してよく分かっておらず, 数学の知識を 習得するために, 教師の援助を必要としているという考えを前提として教授活動の選択を
第 2 章 ザンビア基礎教育における数学教育の現状と課題
25
行っている傾向がある。そのため, 授業中に提示される課題は限られ, 事前に準備された 基本的な知識・事実を導くための活動・手順に焦点が当てられる。そして, その後の評価 や演習は, 教師が教えた知識や概念を, 生徒が「知っている(had)」かどうかを確認する ことに焦点が当てられる。
つまり, 何も知らない生徒に対して教師が学習内容をいかに効果的に伝えるかという点 が最も重視されており, それに合わせて教授活動や評価活動も実施されている。これは, 典型的な伝達・注入型の教育観と一致し, ザンビア教師にとって教師中心型授業を実施す る根拠となっている。
これに対して, 学校現場で働く教師たちは, 教師中心型授業の横行に関して, 次のよう に述べている。
《現在の教育環境の中でできる精一杯の教授・学習活動を自分たちは行っているのだと, インタビ ューに答えた教師達は主張していた。彼らによると, 過多な 1 クラスあたりの生徒数や, 様々な教 授法を行うために必要な教材・教具の不足を何とかやりくりしているという。さらに, 彼らは過多 な指導内容や試験に対する圧力に関しても不満を漏らしていた。》(MoE & JICA, 2002, p.122)
つまり, 様々な教授・学習活動を実施できない要因として, 過多な 1 クラスあたりの生 徒数, 教材・教具の不足, 過多な指導内容, 試験に対する圧力の4点を, 教師自身が感じて いることが分かる。したがって, 教師中心型授業の横行の原因として, 教師の考えに根ざ した内的要因と, 学習環境やシラバスなどに関連する外的要因とが絡み合っている点が推 測できる。
さらに, 生徒中心型授業の実現にむけた様々な教育協力がこれまで実施されながらも, それが生徒の学習を促していなかった点について, 同報告書は次のように指摘する。
《過去数年間, ザンビアには生徒中心型教授法に対する強力な支援があったにもかかわらず, この ありさまである。例えば, AIEMSプロジェクトには, 生徒中心型教授法, 特にグループ活動の活用 に教師を導くことをねらったModule5があった。教育省の初等教育読書支援(PRP)は, グループ 活動を中心に実施するよう計画されたものであった。また, 教育省教員教育局(TED)による新し いイニシアティブが, ベルギーの準政府NGO団体である VVOBの協力のもと, コッパーベルト教 員養成学校とンクルマ教員養成学校, そしていくつかの学校で導入されたのだが, その一つは「『生 徒中心型・文脈に基づく』数学教育」と呼ばれるものであった。これらはとても歓迎すべき進展で ある。しかしながら, グループ活動で学習した生徒が, 何も学んでおらず, ほとんど進歩していない という証拠がでているのである。》(MoE & JICA, 2002, p.114)
こうした事実をもとに, 今後の課題として, 教師は反省的実践家として教育活動を展開 すべきであるとして, 次のように述べている。
《このように, 生徒中心型の教授法は, 生徒の学習を導く可能性を認めつつも, 生徒の学習を保障 するわけではないのだから, それを実施することが目的とはならない。生徒中心型は, 単なる学習 の一手段でしかないのだから, 訪問した学校の職員室に掲示されていた次の引用文が象徴するよう に, 反省的実践家になることを教師に課すものとして, 我々は生徒中心型教授法を支持する。「私は
第 2 章 ザンビア基礎教育における数学教育の現状と課題
26
あることを生徒に教えたが, 生徒はそれを理解しなかった。私はもう一度それを教えたが, 生徒は それでも理解しなかった。そして三度目に, 私がそのことを理解したのだった。」(筆者不明)》(MoE
& JICA, 2002, p.114)
以上を踏まえて, ザンビア基礎教育における数学教育の現状として次のことが言える。
まず, ザンビアの数学教師が持つ数学教育観は, 全体的に現代の数学教育の思潮と一致 することが認められる。そして, 数学教育に関する様々な教授・学習活動についても, ザ ンビアの数学教師は知識を持ち, それらを行う自信も持っていることが明らかになった。
しかし, 実際の数学教育の授業では, 様々な教授・学習活動を実践できておらず, 教師中 心型の教授・学習活動が主流という現状がある。その原因として, 教師の数学教育観に起 因する内的要因と, 学習環境やシラバスなどに起因する外的要因が複雑に絡み合いながら 存在する点が見えてくる。また, これまでの教育協力が導入を試みた, 生徒中心型授業に 対する否定的な見方が残っていることも考えられるであろう。
第4節 まとめ
以上のことから, ザンビア基礎教育における数学教育の現状と課題についてまとめる。
まず, ザンビア基礎教育において意図された数学教育とは, これまでの試験を意識した 知識暗記型の学習を乗り越えるため, 数学の知識のみではなく, その日常生活への応用に も配慮し, 生徒の数学に対する興味・関心, コミュニケーション能力や問題解決能力, 応用 力や数学的技能, ニューメラシー, 社会的技能や態度の習得・育成といった, より全人格的 成長を目指すものである。
そのためには, 数学教師の教授活動も, 知識を伝達することを中心とした, 単なる講義 型ではなく, 数学的活動を導入し, 生徒が参加でき, さらには彼らの文脈にも配慮した, 学習者中心の授業展開を実現することが求められ, 問題解決型学習, グループ活動など, 様々な学習活動を組織できる力量が求められてくる。
しかしながら, 数学教育の現状を見てみると, 理想とする数学教育の理念や, その実現 に必要な教授・学習活動の知識を有した数学教師はいるものの, 授業実践において具体化 するまでには至っておらず, いわゆる伝統的な教師中心型の授業実践が実施されている。
そこには, 教師の数学教育観に起因する内的要因と, 学習環境やシラバスなどに起因する 外的要因が複雑に絡み合いながら, 授業実践に影響を及ぼしている実情がある。
したがって,意図された数学教育と実施された数学教育との間にこうした大きな乖離が あり, それを克服することが, 現在, ザンビア基礎教育の数学教育が直面する課題である。
そして, 数学教師の教授的力量形成がその克服に重要な位置を占めることは, 言を俟たな いことであろう。
第 2 章 ザンビア基礎教育における数学教育の現状と課題
27 注
1) この文書は, 2015年の基礎教育完全実施に向けた第1段階である, 2007年の前・中期基礎教育完全 実施を意識して作成されているため, 基礎教育の前・中期基礎教育に関してのみ言及している。ち なみに, 後期基礎教育に関しては, 次の改訂版で言及される予定である。
2) ちなみに, 近年, シラバスの改訂は 1983年と1996年に行われており, 現在後期基礎教育に関して は, 1983年発行のBasic Education Mathematics Syllabus (Grade 1-9)が適用されている。
3) ちなみに, 数学的技能に関する説明はなく, 単にこの用語が記載されているのみなので, 上記の「技 能」を指しているようにも読み取れるし, 単なる数学的概念を扱う技能としても読み取れる。また, 数学的技能の内容としてニューメラシーとコミュニケーションを表しているようにも読み取ること もできるが, 他の技能の内容と比較し, ここでは数学的技能を, 「数学的概念を扱う技能」と理解す ることとする。
4) 報告書では, 前期中等教育と表現されている。
5) 具体的には, 教師による実演, 教師-生徒間の問答, 宿題, 教師による説明, 問題解決, グループ 討論, 教科書・ワークシートなどの印刷物の使用, 個別学習, 調査活動, 小グループ別課題学習, ペア活動, クラス討論, ゲーム, 課題学習, チーム・ティーチング, ロールプレイ, フィールド・
ワークであった。