第 6 章 ザンビア数学教師の省察に関する質的分析
第 2 節 各教師の省察の分析結果
6.2.4. ムレンガ先生(都市部:ベテラン教師)
ムレンガ先生は, 夫, 子ども4人, 養子4人とともに暮らす, 47歳の女性教師である。2 年間の教員養成校を1985年に卒業し, 教員免許(Certificate)を取得した。1986年から のべ3校で勤務し, 22年の教職経験を有している。2001年から2003年にかけて, U校に 勤務しながら教員免許(Diploma)も取得した。
ムレンガ先生は2009年までの17年間, 第7学年を担当してきた。6時45分から12時 まで勤務し, 学級担任以外にも, ガイダンス・カウンセリングや課外活動(Production
Unit)を担当する。朝の校門指導にも積極的に取組み, 遅刻者に対して情熱的に指導する
様子も観察できた。さらには, 第 7 学年まで修了していない成人向けの授業を, 複数の教 師と協力して夕方に実施し, 英語と数学を担当している。第 7学年の国家試験対策講座と して, 16時30分から19時前まで実施しており, 帰宅は19時30分頃になるという。
また, ムレンガ先生にとって省察とは何かを尋ねたところ, 以下の回答があり, 授業の 実施後, 生徒が授業内容を理解したかどうか, 授業のねらいや目標を達成したかどうかを 見つめ直すこととして, ムレンガ先生が省察を捉えており, 生徒が理解できていないと判 断したら, 再授業や復習を実施して, 生徒が理解できるよう働きかけることを心掛けてい ることが分かった。
《はい, 省察とは, ええと, 教師として, 生徒に授業したあと, そして, 課題を与えたあと, 生徒の 理解がどうだったかを見るために, 見つめ直さないといけないでしょう。そして, 丸つけして, 例え ば, もしやるべき課題や練習問題を彼らに出したら, 丸つけして, それから省察しはじめるでしょ う。生徒は私が教えたことを把握したのか?私は行動目標や授業のねらいを達成したのか?私が実 演したとき, 彼らはそれを理解したか?もし彼らが, ええと, 多くの生徒がうまくやれなかったこ とに気づいたとき, それは, 私の説明がうまく理解されなかったのだと, 私の心に知らせてくれま す。そして, 私はもう一度見つめ直し, もしかしたらその授業をもう一度行うか, 彼らが理解できる よう復習するでしょう。これが私の考える, 教えたことに対する省察です。》(インタビュー'10/09/06)
こうしたムレンガ先生の省察の内容に関するデータの概要は, 以下の通りである。文書 セグメント数に注目すれば, 生徒・学習活動に関してが 84と最も多く, 次に教師・教授活 動に関する45, 教材・数学に関する16と続いた。また, 社会・文化的文脈に関してが 14 と比較的多く, 教室・学校に関しては6であった(資料6, pp.183-185)。
(1) 「教材・数学」
ムレンガ先生の数学観には, 数学は日常生活で用いられるものという見方がある。私た ちの活動すべてには数学が含まれており, 数学を教えるとき, この点をもっと注意しなけ ればならず, そうすることで, 生徒は数学を日常生活で使えるようになると, ムレンガ先 生は考えている。ビジネスはもちろん, 農業でも, 農薬や種の量の計算, 収支決算を計算す る必要があるといった認識を示していた。
《数学は, 何かしら日常生活で用いられるものでしょう。私たちの活動すべては数学を含んでいま
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す。ですから, 私たちの生徒に数学を教えるとき, 私たちがやらないといけないことは, (この点を)
もっと注意することです。そうすることで, 生徒は数学を自分たちの日常生活で使えるようになる でしょう。教育課程を修了していない人でさえ, 何らかの職業に就かなければならないでしょうし,
(どんな)職業でも数学が関係するでしょう。…中略…農家になる場合でも, 農薬や種の袋の数を 計算する必要があります。そこにはやはり数学が関係しています。支出や収入なども知る必要があ ります。つまり, そんな活動でも, 数学をするし, 数学が必要となります。ですから, 教師である私 たちにとって, (そのことに)もっと注意を払うことはとても重要なことであり, それによって私 たちが教えている生徒は, いつでも数学を用いることができなければなりません。》(インタビュー '09/09/25)
また, ムレンガ先生の数学観の特徴として, 数学は難しいものではなく, 興味深く, お もしろいものであるという考えもある。ザンビアの生徒の多くは, 数学を難しい教科だと 捉えており, そうした否定的な感情が, 生徒の学習の妨げになっていると, ムレンガ先生 は考えている。数学の学習は, 単に概念や公式に従うだけでよく, 興味を持たせ, その面白 さを知ることによって, 数学を理解できるようになるといった考えである。
《私が取り組んでいることは, 自分たちが思うほどそれ(数学)は難しくはないということを, 彼 ら(生徒)に理解させることです。単に概念に従い, 公式に従うだけのことで…。そうすると, そ れ(数学)を好きになりだすでしょう。ちょうど英語や他の教科を好きになるように。興味を持て るでしょう。それは, ある人が何かを知るようになるのは, 興味を持つからです。》(インタビュー '09/09/25)
公式の重視という見方も, ムレンガ先生の見解の特徴である。「公式は既に与えられてい る」という次の発言にも表れているように, 公式の意味や導き方に注意を払うことよりも, 公式を暗記し, うまく使えるようになることを, ムレンガ先生は重視している。ムレンガ 先生の教材観・数学観としては, いわゆる「できあがった数学」が重視されており, それ をどう伝え, 使えるようにするかを問題視した教授観にも反映されている。
《公式は与えられています。しかし, 生徒はそれを使えなければなりません。(部分集合の)数の求 め方を。それは, つまり, その集合の, ええと, その集合から部分集合がいくつ作れるかということ です。》(インタビュー'10/09/06:授業日誌'09/01/22について)
ムレンガ先生は, 教科書と国家試験の関係について, 次のように述べている。
ムレンガ先生によれば, まず, ザンビアの国家試験の内容は, 教育省が指定した教科書 から出題されているものの, 国家試験を作成する担当者(教育省)は, 学校現場での教科 書の使用状況を把握していない。しかし, 学校現場では様々な教科書が使用されており, 現場の実態と試験内容にずれがある。したがって, 一つの教科書に固執してしまうと, 生 徒を上手く指導することができないので, 現場教師としては, 国家試験にむけて様々な教 科書を参照し, 生徒が理解しやすい内容・教授法を選択する必要があると, ムレンガ先生 は考えている(インタビュー'09/09/25)。
このように, ムレンガ先生の教材・数学に関する内容からは, 数学は日常生活で用いら
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れるもので, また数学は難しいものではなく, 興味深く, おもしろいものであり, 公式を 暗記し, うまく使えるようになることを重視した, いわゆる「できあがった数学」が, ムレ ンガ先生の教材観・数学観の特徴であることが分かった。また, 国家試験には, 学校現場 での教科書の使用状況があまり反映されておらず, 国家試験にむけて様々な教科書を参照 する必要があるといった信念があり, 学習内容としての数学が, 試験内容を強く意識した ものになっていることが見えてきた。
(2) 「生徒・学習活動」
ムレンガ先生の学習観では, 日常生活の場面を活用しながら, 与えられた数学の知識・
公式に慣れ親しみ, うまく使えるようになることが重視される。そのため, 生徒の授業へ の参加についても, あくまで教師が与えた学習内容を, 生徒が教師や友人と協力して習得 することが前提とされている。
《(生徒の参加とは, )授業への関わりを意味します。教師が中心となるだけではありません。教師 と生徒が関わるタイプの授業です。そこでは, (教師が)この質問をして, 生徒が活発に答えるこ とができるでしょう。また, 彼らはクラスの友達に例を示したり, うまくできない生徒を助けたり しながら, 課題に取り組むことにもなるでしょう。それが参加するということです。彼らもその中 にいました。彼らもそれに取り組んでいました。彼らも仲間同士で教え合っていました。》(インタ ビュー'10/09/06:授業日誌'09/10/01について)
また, 17年間続けて第7学年を担当してきたムレンガ先生は, 試験に対する意識も強く, それが学習観にも現れている。例えば, 数学学習を通して生徒に期待することとして, 試 験, 特に卒業試験に合格することと述べており, そのためにも与えられた学習内容の習得 を重視しているとも考えられる。
こうした学習観を持つムレンガ先生の, 生徒に対する学習評価の手法としては, 授業中 に与えた課題を生徒が解決できたかどうか, 観察やノートの丸つけで確認するというもの であった。また, 生徒の4分の3が理解できていれば, その授業は成功と見なし, それに満 たなければ授業を先に進めないという方針を有していた。
生徒の学習困難の分析では, 具体的な誤答例, 生徒の心理, 教師の指示に従ったかどう か, スローラーナーなどが, 分析の観点として用いられていた。
具体的な誤答例に基づく分析では, 例えば, 「集合の要素の数と部分集合の数を混同し ていた」(授業日誌'09/01/22), 「(520 をローマ数字で表す問題に対して)ローマ数字を 用いた記数法で DXX1 のような誤答があった」(授業日誌'09/02/03), 「負の整数という 考えや, 正負の整数の加法における逆元(additive inverses)の意味が理解できなかった ため, 生徒は十分に理解できていなかった」(授業日誌'09/02/10), 「ほとんどの生徒が, 小 数に 100をかけるとき, 小数点を右に 2位分ずらすことができなかった。他には, 百分率 に直すために 100 をかけることを忘れていた。その一方で, 小数点が必要な答えでは, 生