第 4 章 数学教師の教授的力量形成に関する基礎的考察
第 1 節 数学教師の教授的力量
4.1.1. 大局的な数学教育観
まず, 数学教師の教授的力量を考察するうえで, どんな数学教育を理想とするかといっ た視点を欠かすことはできない。こうした観点から, 様々な数学教育観を比較し, それぞ れ で 求 め ら れ る 教授 的力 量 に つ い て 論 じた 研究 と し て, 湊(2002), 國 本(2006), 岩 崎他 (2008)がある。
湊(2002)は, 明治期以降の日本の算数・数学の授業の発展を, 数学と子どもに関する観点 から考察し, そこから大きく3つの授業の型(講義型, 問答型, 自力解決・討論型)がある ことを指摘した。その 3つの型をもとに, 算数・数学授業の在り方を類型化した「算数・
数学授業の三型論」を表 4-2 のように提唱した。そして, 湊(2002)はこの授業の三型論に 基づき, それぞれの授業型において期待される教師像や要求される資質を, 表 4-3 のよう に提案した。
表 4-2:算数・数学授業の三型論
授業型 特徴 学習の型 教科観・数学観 教師の位置
A:
講義型
教 師 の 説 明 を 中 心 と し, 教 具 の 操 作も 教師 により 行わ れる講演 会的授業(教科の論理が支配)
受動的 注入 知識吸収
唯一絶対の真理 外在的数学観 内容・方法は既定
神の分身・代弁 者
意図的教育 B:
問答型
講義式の中に発問・応答が組み入 れ ら れ, 必 然 的 に 子 ど も の 心 理
( 例 え ば 誤 り, 意 欲 ) が 入 り 込 み, これが無視できない授業(教 科の論理と子どもの心理)
自 発 的 ・ 自 主 的
発問・応答 発見
唯一絶対の真理 外在的数学観 方法に自由度
神の分身・代弁 者
成功的教育を期 待
C:
自力解決・
討論型
学 習 課 題 が 与 え ら れ, 子 ど も の 取 り 組 み, そ の 後 の 討 論 に よ る 深化や一般化を図る授業(児童の 心理の目的化)
主体的 創造・発明
内容・方法に自由 度
内在的数学観
指導者・援助者 成功的教育
注 1:意図的教育とは, 教師が講義を一生懸命に行い, 講義をする意図を教師が持つことが中心で, 生徒
が教育内容をどれ程理解し出来るようになったかは問われない。それに対して, 成功的教育とは, 児童・生徒が正当な目標に向かってどれ程学習したか, それがどれだけ成功したかが評価され, 教 師の努力ではなく, 子どもの学習の成果に関するアカウンタビリティが求められる
注2:外在的数学観とは, 数学を唯一絶対の知識と見るもの。内在的数学観とは, 数学を人間の所産とみ
なすもの。
(湊, 2002, pp.3-4より筆者作成)
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表 4-3:各授業型で期待される教師像と要求される資質
授業型 期待される教師像 教師の資質
A:
講義型
唯一絶対の真理としての数学を授ける こ と, 学 問 と し て の 数 学 を 忠 実 に, 正 確に講義すること
数 学を 学問 体系 に沿 って きち んと 諳ん じる 事が出来る力
B:
問答型
講 義 型 授 業 を 実 践 出 来 る 数 学 の 力 と, 効 果 ・効 率を 高め るた めの 教育 心理 学的 知識
( 知識 やそ の獲 得に 関す るも のや 動機 付け に関するもの)
C:
自力解決・
討論型
数学を用いて人間形成を図る教師 数学を教えることから数学的世界を形 成させる教師
算数・数学を子どもとともに創出する教 師
数 学 の 果 た す 役 割 の 認 識 に 基 づ き, 教 材 を 選 択 し, 子 ど も 達 の 活 動 を 中 心 に 据 え る た め に 適 切 な 課 題 を 設 定 し て, 思 考 活 動 が 積 極 的 に 行 わ れ る よ う に し, 更 に 子 ど も 達 の 討論を意味あるものに組織出来る力量
注 1:ただし, 湊(2002)によれば, この資質に関する議論では, 授業型による知識や能力の重点に関する
移動と, 知識の質への視点の移動に関する議論が中心であり, 指導技術はあまり検討されていな い。
(湊, 2002, pp.8-10より筆者作成)
次に, 國本(2006)は, 算数・数学教育における2つのパラダイムとして, 機械論的数学教 育と全体論的数学教育があることを指摘し, それぞれのパラダイムにおける数学観, 子ど も観・学習観, 教授観, 授業実践の特色を, 表4-4のように整理した。
表 4-4:算数・数学教育における 2 つのパラダイム
機械論的数学教育 全体論的数学教育
数学観 結果としての数学 活動(動的な創造過程)としての数学 子ども観・学習観 行動主義(刺激-反応理論) 全体論的心理学
教授観 教師の指導と生徒の受容 児童・生徒の算数・数学活動とその組織化 授業実践 画一的な指導案に基づく授業 実験授業, チャレンジ授業
(國本, 2006, p.1より筆者作成)
この 2 つのパラダイムに対して國本(2006)は, 自身の立場を全体論的数学教育に置き, そこで求められる教師の役割を, 算数・数学的現象から始める「本質的学習場の開発」(國 本, 2006, p.32)と見なした。これには本質的学習場の設計と, それにふさわしい学習過程 の設定が数学教師に要求されるという。
氏によれば, 本質的学習場の設計とは, 算数・数学授業において, 子ども達が能動的に学 習に取り組むために, ①算数・数学指導の主要な目標, 内容, 原理が, ある水準において示 されていること, ②この水準を越えた重要な数学的内容, 過程, 方法と結びついており, 数学的活動の豊かな源泉であること, ③柔軟性をもち, 個々の学級の特殊事情に合わせる ことができること, ④算数・数学指導に関する数学的, 心理学的, 教授学的観点を統合し, 実験的研究の豊かな場を形作ることといった性質をもつ学習場(単元)を設計することを
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意味する。また, こうした本質的学習場にふさわしい学習過程の設定とは, ①挑戦的な状 況から始める(子ども達はその状況を観察し, そこから問を意識し, 推測するように励ま される), ②問題あるいは豊かな問題状況を作る(子ども達は自分で学習に取り組み, さ まざまな関係を発見し, 教師は一人ひとりの解決を励まし, 援助する), ③多様な方法で, 新しく得られた知識を既知の知識と関係づける(結果を明瞭かつ簡潔に表現し, 記憶しや すいようにまとめ, 教師は積極的に練習するように子ども達を励ます), ④新しい知識の 価値(よさ)やそれを習得した過程や仕方について話し合う(新しい類似の場面に新しい 知識を応用する)といった, 準経験主義に立った学習過程を設定することを意味する。こ れらを含むものとして, 國本(2006)は本質的学習場の開発を位置づけ, それを実現する能 力を, これからの数学教師に求めている。
こうした湊(2002)や國本(2006)の論考を, これまでの国際教育協力での議論と比較すれ ば, いわゆる教師中心型に当たるものとして, 講義型やの機械論的数学教育が対応し, 生 徒中心型に当たるものとして, 自力解決・討論型や全体論的数学教育が対応する。また, 教 師中心型から生徒中心型への移行段階として, 問答型が対応する。国際教育協力において, 教師中心型から生徒中心型の教育への移行が志向されていることを鑑みれば, 途上国の数 学教育分野においては, 自力解決・討論型や全体論的数学教育にあたるものが目指されて いるといえるであろう。ただし, 多くの開発途上国において, 1学級当たりの生徒数の多さ や施設・設備等の不足といった厳しい教育環境や, 教育関係者が有する数学教育の伝統的 な見解などを考慮すれば, こうした志向がどの程度途上国側のニーズを踏まえているかは 検討課題といえる。
表 4-5:4 つの社会構造におけるリテラシーの対象と形態
社会構造 リテラシーの対象 リテラシーの形態(内容)
狩猟採取時代:
狩猟に基づく遊動採取の時代 成人
過酷な自然の中で生き残るための寓話に満ちた 知 識 と 技 術 の 体 系と し て の, 神 話 的 リ テ ラ シ ー
(人間本能の合理的説明のため)
農業基盤社会:
農業を基盤とする封建社会 成人 食べ物の恵みの主としての神や自然のコトバを 読み解く力(制度を維持し文化を継承するため)
産業基盤社会:
産 業 を 基 盤 と し た, 国 民 国 家 の近代社会
将 来 の 大 人 で あ る 子ども
将 来 大 人 と な る 子ど も た ちの, 産 業 化 さ れ た 社 会に参画するために必須の識字能力(従来の識字 3Rs)
知識基盤社会:
高 度情 報化社 会, 国際 化社会,
「宇宙船地球号」
い つ で も ど こ で も 生 涯 学 び 続 け る 存 在 と し て の 「 子 ど も」
「新たな教養・識字」
持続可能な社会を構築するためのリテラシー
市民社会の一員として, 民主主義社会を実現す るためのリテラシー
将 来 の社 会を 見 すえ て自 己を 未 来に 投企 で き る, 自己実現のためのリテラシー
(岩崎他, 2008, pp.367-368より筆者作成)
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一方, 岩崎他(2008)は, 文明史的な視座から社会構造の変革を俯瞰し, 狩猟採取時代,
農業基盤社会, 産業基盤社会, 知識基盤社会という 4 つの社会構造の観点から, それぞれ におけるリテラシーの対象と形態(内容)を表4-5のように位置づけた。
こうした考察のもと, 岩崎他(2008)は, 産業基盤社会までで求められた数学的リテラシ ーでは, 数学の内容的側面が注目され, 学校教育におけるカリキュラム構成原理も個別学 問領域の知的主題の系統的展開に従うものであったのに対して, 今日の知識基盤社会では, 個別学問領域の主題から, そこに含まれる考え方や問題へのアプローチの仕方といった, 数学の方法的側面に注目する必要があると提唱した。そして, これからの数学教育では, 数学的リテラシーの基盤として, 数学的概念なり数学的内容の形成を指向する数学化とし ての, 構造指向的な「教授原理の数学化」と, 社会の構成員としての個人が社会を紐解き 理解する上での数学化としての, 応用指向的な「社会的過程としての数学化」の, 2つの数 学化のバランスを図ることが求められると述べている。
この岩崎他(2008)の論考を踏まえれば, 数学教師の教授的力量の内実も社会の在り方に 大きく規定されることとなり, 例えば, 産業基盤社会においては, 産業化された社会に参 画するために必要な数学的知識を適切に伝達する力量が, また, 知識基盤社会においては, 構造指向的な数学化と応用指向的な数学化をバランスよく授業実践で実現できる力量が, それぞれ数学教師に求められるということになる。
この岩崎他(2008)の論考は, 国際教育協力における社会開発と教育開発との関連性につ いての議論に, 多くの示唆を与えると思われる。教育協力の担い手は, 多くの場合, 先進国 側に位置し, より発展した自国の社会構造にあわせた教育内容(リテラシー)を重視する 傾向があり, それが教育協力の内容にも色濃く反映されてくる。しかし, 途上国側が目指 す社会の在り方が必ずしも先進国と同じものになるとはいえず, したがって, 求める教育 内容にも乖離が生じる可能性がある。こうした途上国・先進国間の教育に対する意図の乖 離を捉える上で, こうした視点は示唆に富むものといえるであろう。
以上のように, 教授的力量の大局的な捉え方としては, 湊(2002)や國本(2006)のような, いわゆる伝統的な知識伝達型の数学教育から, 学習者が数学的活動に主体的に取り組み, 自ら知識を構築・発見する数学教育への移行といった基軸をもとに, それぞれにとって必 要な教授的力量を同定する捉え方と, 岩崎他(2008)のように, 数学教育を取り巻く社会的 文脈(社会構造)に基軸を置き, その社会に求められる数学教育と, その実現に必要な教 授的力量を同定する捉え方の 2 つがあることが分かった。この両者を比較すると, 前者は 学習・教授に関する心理学的視座からの捉え方に対して, 後者は社会学的視座からの捉え 方と位置付けることが可能である。