第 6 章 ザンビア数学教師の省察に関する質的分析
第 2 節 各教師の省察の分析結果
6.2.5. 考察
各教師の省察に関する上記の分析に基づき, ここでは, 各教師の省察を, 内容と過程と いう2つの観点から比較し, その類似点や相違点を明らかにすることによって, 4人の教師 の省察の特徴を考察する。さらには, これまでに行ってきた, ザンビアの意図された数学 教育, 教授的力量形成, 省察に関する理論的考察を踏まえ, 4人の教師の省察において意識 されていない事柄を明らかにし, 彼らの省察の特徴についての考察を深めることとする。
まず, 4人の省察を比較するために, その内容と過程に関する事例-コード・マトリック スを作成した。内容に関するマトリックスでは, 教材・数学, 生徒・学習活動, 教師・教授 活動, 教室・学校, 社会・文化的文脈の 5 つの観点に基づき整理し, 表 6-6(p.152)のマ トリックスを得ることができた。過程に関するマトリックスでは, 行為の振り返り, 本質 的な諸相への気づき, 行為の選択肢の拡大という, 3 つの観点に基づき整理し, 表 6-7
(p.153)のマトリックスを得ることができた。
この 2 つのマトリックスに基づき, 4人の教師の省察の類似点や相違点を整理し, また, 先行研究の知見との比較を通して, 彼らの省察において意識されていない事柄, さらには, 教授的力量形成における省察の役割について考察する。
第 6 章 ザンビア数学教師の省察に関する質的分析
表 6-6:省 察 の内 容 に関 する事 例 -コード・マトリックス
バ ン ダ 先 生 ( 村 落 : 若 手 ) ズ ル 先 生 ( 村 落 : ベテラ ン ) ク ン ダ 先 生 ( 都 市 : 若 手 ) ムレ ン ガ 先 生 ( 都 市 : ベテラン )
教 材 ・ 数 学
数 学 知 識 の 意 味 理 解 を 重 視 し つ つ も, 生 徒 の 実 態 に 応 じ て 手 続 き 的 理 解 を 優 先 さ せ る 。
基 本 的 に は 教 科 書 に 従 い な が ら も, 生 徒 の 実 態 な ど に 応 じ て, 自 分 な り に 解 釈 や 取 り 扱 い を 工 夫 す る 。
日 常 生 活 に お け る 有 用 性 を 重 視 す る 。 生 徒 の 実 態 を 考 慮 し た 取 り 扱 い や, よ り 詳 細 な 説 明 を 重 視 す る と い っ た 教 科 書 へ の 姿 勢 を 有 し て い る 。
教 材 や 数 学 に 関 す る 理 解 は 十 分 で は な い 。
数 学 の 授 業 実 践 に お い て 教 科 書 に 依 存 す る 傾 向 が 強 い 。
数 学 は 日 常 生 活 で 用 い ら れ, 興 味 深 く, お も し ろ い も の 。
公 式 の 暗 記 や 習 熟 を 重 視 し た, で き あ が っ た 数 学 と し て の 数 学 観 。 試 験 内 容 が 強 く 意 識 さ れ て い る 。
生 徒 ・ 学 習 活 動
知 識 ・ 理 解 や 表 現 ・ 処 理 に 関 す る 生 徒 の 理 解 が 強 く 意 識 さ れ て い る 。 学 習 評 価 で は, 単 に で き た か ど う か を 表 す, 学 習 成 果 の 表 面 的 記 述 と, 生 徒 は 何 が で き て, 何 が で き な か っ た と い う 内 容 も 含 ん だ, 学 習 成 果 の 具 体 的 記 述 の 2つ の 水 準 が あ る 。
数 学 学 習 に お け る 生 徒 へ の 期 待 と し て, 学 習 内 容 の 意 味 理 解 や 知 識 ・ 公 式 の 習 熟, 日 常 生 活 へ の 応 用 が あ り, 操 作 的 活 動 や 練 習 を 重 視 し た 学 習 活 動 を 意 識 し て い る 。
学 習 評 価 で は, 学 級 全 体 の 学 習 評 価 と は 別 に, 個 別 や グ ル ー プ 別 と い っ た, よ り 細 や か な 学 習 評 価 が 実 施 し, 学 習 成 果 の 表 面 的 記 述 や 具 体 的 記 述, 分 析 的 記 述 と い っ た, よ り 詳 細 な 学 習 評 価 を 行 お う と す る 。
学 習 内 容 を 正 し く 理 解 し, そ れ が 使 え る よ う に な り, 日 常 生 活 で も 活 用 で き る よ う に な っ て ほ し い と い う 生 徒 へ の 期 待 を 有 し て い る 。
知 識 暗 記 型 の 学 習 観 が 根 底 に あ る 。 学 ん だ 知 識 の 習 熟 を 目 指 し た 練 習 を 重 視 し て い る 。
生 徒 の つ ま ず き に 関 し て は, あ る 程 度 丁 寧 に 捉 え よ う と す る 姿 勢 が あ る 。
日 常 生 活 の 場 面 を 活 用 し な が ら, 数 学 の 知 識・公 式 を 使 え る よ う に な る 学 習 を 理 想 と し, 試 験 へ の 合 格 を 期 待 。 具 体 的 な 誤 答 例, 生 徒 の 心 理, 教 師 の 指 示 に 従 っ た か ど う か, ス ロ ー ラ ー ナ ー と い っ た 観 点 で, 生 徒 の 学 習 困 難 を 分 析 。 家 庭 環 境 や 学 習 歴 が 影 響 し, 数 学 の 学 習 自 体 に 大 き な 困 難 を 抱 え て い る も の も 存 在 す る と 考 え る 。
教 師 ・ 教 授 活 動
簡 潔 さ と 具 体 性 を 重 視 し た, 数 学 の 知 識 の よ り 効 率 的 な 伝 授 が 意 識 さ れ て い る 。
教 授 活 動 に お い て, 数 学 概 念 の 意 味 理 解 を 重 視 す る 姿 勢 は あ ま り な い 。
具 体 性 や 生 徒 の 実 態 へ の 配 慮 を 重 視 し た 教 授 観 を 有 し, 教 師 に よ る 例 題 実 演, 練 習 問 題, 教 具・学 習 具 の 導 入, 表 現 様 式 の 工 夫, 知 識 の 伝 達 な ど を 主 な 教 授 活 動 と し て い る 。
授 業 の 自 己 評 価 で は, ク ラ ス の4分 の 3 の 生 徒 が 理 解 で き る こ と を 基 準 と し, 授 業 改 善 に お い て は で き な か っ た 生 徒 へ の 支 援 を 強 く 意 識 し て い る 。
実 例 を 重 視 し, そ の た め に 教 具 ・ 学 習 具 の 導 入 や, 既 習 事 項 か ら 未 習 事 項 へ と 進 む 授 業 展 開 な ど を 意 識 し た, 授 業 の 主 導 権 を 教 師 が 握 る, 典 型 的 な 知 識 伝 達 型 の 教 授 観 を 有 し て い る 。 生 徒 中 心 型 授 業 に つ い て の 理 解 は, グ ル ー プ 学 習 の 導 入 で 実 現 で き る と い っ た 程 度 に 留 ま っ て い る 。
授 業 の 自 己 評 価 や 改 善 策 に つ い て の 内 容 は 見 ら れ な か っ た 。
日 常 生 活 と の 関 連 や 生 徒 の 実 態 へ の 配 慮, 説 明 の 簡 潔 さ な ど を 重 視 す る 。 教 師 に よ る 例 題 実 演 に よ る 知 識 の 伝 達 と, 学 習 内 容 の 習 熟 を 目 指 し た 練 習 問 題 を, 主 な 教 授 活 動 と す る 。 生 徒 の4分 の3が 理 解 で き た か ど う か で 授 業 の 成 否 を 判 断 す る 。
う ま く い か な か っ た 場 合 に は 再 度 同 じ 授 業 を 実 施 す る 。
教 室 ・ 学 校
学 校 の 厳 し い 経 済 状 況 が 阻 害 要 因 と な り, 自 分 た ち の 思 う よ う に 授 業 実 践 や 授 業 研 究 が で き な い と 感 じ て い る 。
日 常 的 に 同 僚 教 師 と 授 業 実 践 に 関 す る 議 論 を し て い る が, 自 分 が 知 ら な い 教 授 法 を 教 え て も ら う と い っ た 議 論 に 留 ま り, 教 材 観 を 深 め, 共 有 し た 教 授 法 に 対 す る 生 徒 の 反 応 な ど 検 討 す る 議 論 に ま で は 至 っ て い な い 。
教 科 書 や 教 具・学 習 具 な ど の 物 品 が 十 分 確 保 で き な い 学 校 の 経 済 状 況 を 強 く 意 識 し て い る 。授 業 実 践, さ ら に は 授 業 改 善 や 自 身 の 教 授 的 力 量 形 成 に 対 す る 意 欲 に も 負 の 影 響 が 及 ぼ さ れ て い る 。
学 校 の 授 業 計 画 や 組 織 的 な 問 題 が 原 因 で, 授 業 時 数 の 確 保 が 困 難 な 状 況 に あ り, 思 う よ う な 授 業 実 践 が で き な い 。
社 会 ・ 文 化 的 文 脈
村 落 部 出 身 の 生 徒 は 学 習 に 関 す る 基 礎 的 条 件 が 整 っ て お ら ず, 学 校 で の 学 習 に 負 の 影 響 を 及 ぼ し て い る と 考 え て い る 。
生 徒 の 学 校 生 活 に 与 え る 保 護 者 の 考 え の 影 響 を 考 慮 す る 。
生 徒 の つ ま ず き の 要 因 を 就 学 前 教 育 の 有 無 に 見 出 そ う と す る 。
第 7 学 年 で 実 施 さ れ る 国 家 試 験 に 対 す る 意 識 が あ る 。
国 家 試 験, 進 級 制 度, 教 員 ス ト ラ イ キ 等 の 教 育 行 政 に 関 す る 問 題 や, 保 護 者 の 影 響, 就 学 前 教 育 の 有 無 等 の 家 庭 環 境 の 問 題 が, 生 徒 の 数 学 学 習 や 授 業 実 践 に 影 響 す る と 考 え て い る 。
第 6 章 ザンビア数学教師の省察に関する質的分析
153
表 6-7:省 察 の過 程 に関 する事 例 -コード・マトリックス バン ダ先 生
(村 落 :若 手 )
ズ ル先 生
(村 落 :ベテラン)
ク ンダ 先 生
(都 市 :若 手 )
ム レンガ 先 生
(都 市 :ベテラン)
行 為 の振 り 返 り
学 習 評 価
観 点 : 何 が で き て,
何 が で き な か っ た か ?
形 態 : 主 に ク ラ ス 全
体
水 準 : 表 面 的 記 述 ・
具 体 的 記 述 が 中 心
学 習 評 価
観 点 : 何 が で き て, 何 が で き な か っ た か ? な ぜ で き な か っ た の か ?
形 態 : 個 別 ・ グ ル ー プ 別 ・ ク ラ ス 全 体
水 準 : 表 面 的 記 述 ・ 具 体 的 記 述 ・ 分 析 的 記 述
学 習 評 価
観 点 : 何 が で き な か っ た か ?
形 態 : 主 に ク ラ ス 全 体
水 準 : 具 体 的 記 述 が 中 心 ( 分 析 的 記 述 も あ る )
学 習 評 価
観 点 : 授 業 中 に 与 え た 課 題 を 解 決 で き た か ?
形 態 : 主 に ク ラ ス 全 体
水 準 : 表 面 的 記 述 ・ 具 体 的 記 述 ・ 分 析 的 記 述
3/ 4 の 生 徒 がで きた か ど うか
3 / 4 の 生 徒 がで きた か ど うか
3/4 の 生 徒 がで きた か ど うか
3/ 4 の 生 徒 がで きた か ど うか
授 業 の成 否 授 業 の成 否 授 業 の成 否
で きなか った 生 徒 へ の 支 援
本 質 的 な 諸 相 への 気 づき
生 徒 の つまず きの要 因
ス ロ ー ラ ー ナ ー
村 落 部 出 身
生 徒 の つまず きの要 因
学 校 生 活
生 徒 の 心 理
障 が い の あ る 生 徒
生 徒 の 家 庭 生 活
保 護 者 の 姿 勢
就 学 前 教 育
生 徒 の 誤 っ た 理 解
生 徒 の つまず きの要 因
ス ロ ー ラ ー ナ ー
生 徒 の 心 理
( 不 注 意, 練 習 不 足 )
生 徒 の つまず きの要 因
誤 答 例
生 徒 の 心 理
指 示 に 従 っ た か
ス ロ ー ラ ー ナ ー
教 授 活 動 の分 析
簡 潔 さ
具 体 性
教 具 ・ 学 習 具 等 の 不
足
教 授 活 動 の分 析
授 業 経 験 に 基 づ く 教 授 法 の 検 討
教 科 書 や 指 導 書 を 用 い た 教 材 研 究
同 僚 教 師 と の 議 論
行 為 の 選 択 肢 の拡 大
授 業 改 善 策 の 検 討
教 授 法 の 工 夫
教 具 ・ 学 習 具 の 工 夫
例 題 の 工 夫
数 値 設 定 の 工 夫
課 題 を 与 え る
授 業 改 善 策 の 検 討
学 習 形 態 の 工 夫
課 題 を 与 え る
教 具 ・ 学 習 具 の 工 夫
学 習 困 難 の 克 服
教 授 法 の 工 夫
授 業 の 繰 り 返 し
復 習 す る
再 授 業
例 題 実 演
練 習 問 題
で きなか った 生 徒 へ の 対 応
課 題 を 与 え る 。
で きなか った 生 徒 へ の 対 応
補 習 ・ 個 別 指 導
課 題 を 与 え る 。
で きなか った 生 徒 へ の 対 応
課 題 を 与 え る 。
第 6 章 ザンビア数学教師の省察に関する質的分析
154 (1) 類似点
4人の対象教師の省察に関する類似点としては, 以下の点が挙げられる。
まず, 省察の内容に関する類似点だが, 教材・数学に関しては, 日常生活における数学の 有用性, できあがった数学, 教科書依存が, どの教師にも強く意識されている。次に生徒・
学習活動に関しては, 知識暗記型の学習観, 日常生活での活用, 学習評価の表面的記述と 具体的記述が類似点として見られた。また, 教師・教授活動に関しては, より効率的な知 識伝達の重視, 4 分の 3 の生徒が理解できたかどうかで授業の成否を判断する点が挙げら れる。教室・学校に関しては, 教具・学習具の不足を強く意識している点があった。そし て, 社会・文化的文脈に関しては, 特徴的な類似点は見られなかった。
次に, 省察の過程に関する類似点だが, 行為の振り返りの局面においては, 何ができて 何ができなかったかを観点とする学習評価, 4 分の 3 の生徒が理解できたかどうかで授業 の成否を判断する点が特徴的であった。本質的な諸相への気づきの局面では, 生徒のつま ずきの要因としてスローラーナーを挙げている点がある。そして, 行為の選択肢の拡大の 局面では, できなかった生徒に対して課題を与えて対応する点が挙げられる。
以上の類似点は, 少なくとも 4 人のザンビア教師の省察に共通する特徴を捉えることが できる。つまり, 彼らの授業実践に対する省察の中心には, 日常生活における数学の有用 性への意識はあるものの, ザンビアの意図された数学教育が乗り越えようとしている, 伝 統的な知識伝達型の数学教育が現存し, 教科書に記載された知識や公式を生徒が暗記・習 熟できるよう, いかに効率的に伝達し, いかに多くの練習をさせることができるかに関心 が向いている。したがって, こうした省察が果たす, 数学教師としての教授的力量形成に おける役割としては, 教科書の内容を理解し, それを生徒に効率的に伝達する能力や, 生 徒が数学の知識・技能に習熟できるための課題を準備し, 効率よく取り組ませるための授 業設計を行う能力, そして, 生徒が知識・技能をどの程度習得したかを評価する能力とい った, 知識伝達型の数学教育に必要な教授的力量形成を促進する役割を果たしているとい うことができる。
(2) 相違点
次に, 4人の対象教師の省察に関する相違点としては, 以下の点が挙げられる。
省察の内容に関する相違点だが, 教材・数学に関しては, 村落部の 2 人の教師は教科書 を重視しながらも生徒の実態に合わせて内容を検討する点が見られた。これは, ザンビア の村落部と都市部の生徒の実態の差が影響しているものと思われる。
生徒・学習活動に関しては, ベテラン教師の 2 人は, 学習評価において若手教師よりも 分析的記述が多くみられた。これは, ベテラン教師の方が, 生徒の学習成果をより分析的 に見ることができる, もしくは見ようとする傾向があることを意味しており, それを可能 とするものとして, 教職経験の豊かさが考えられる。また, 第 7 学年を担当するズル先生