第 4 章 数学教師の教授的力量形成に関する基礎的考察
第 1 節 数学教師の教授的力量
4.1.2. 数学教師の教授的力量の内実
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一方, 岩崎他(2008)は, 文明史的な視座から社会構造の変革を俯瞰し, 狩猟採取時代,
農業基盤社会, 産業基盤社会, 知識基盤社会という 4 つの社会構造の観点から, それぞれ におけるリテラシーの対象と形態(内容)を表4-5のように位置づけた。
こうした考察のもと, 岩崎他(2008)は, 産業基盤社会までで求められた数学的リテラシ ーでは, 数学の内容的側面が注目され, 学校教育におけるカリキュラム構成原理も個別学 問領域の知的主題の系統的展開に従うものであったのに対して, 今日の知識基盤社会では, 個別学問領域の主題から, そこに含まれる考え方や問題へのアプローチの仕方といった, 数学の方法的側面に注目する必要があると提唱した。そして, これからの数学教育では, 数学的リテラシーの基盤として, 数学的概念なり数学的内容の形成を指向する数学化とし ての, 構造指向的な「教授原理の数学化」と, 社会の構成員としての個人が社会を紐解き 理解する上での数学化としての, 応用指向的な「社会的過程としての数学化」の, 2つの数 学化のバランスを図ることが求められると述べている。
この岩崎他(2008)の論考を踏まえれば, 数学教師の教授的力量の内実も社会の在り方に 大きく規定されることとなり, 例えば, 産業基盤社会においては, 産業化された社会に参 画するために必要な数学的知識を適切に伝達する力量が, また, 知識基盤社会においては, 構造指向的な数学化と応用指向的な数学化をバランスよく授業実践で実現できる力量が, それぞれ数学教師に求められるということになる。
この岩崎他(2008)の論考は, 国際教育協力における社会開発と教育開発との関連性につ いての議論に, 多くの示唆を与えると思われる。教育協力の担い手は, 多くの場合, 先進国 側に位置し, より発展した自国の社会構造にあわせた教育内容(リテラシー)を重視する 傾向があり, それが教育協力の内容にも色濃く反映されてくる。しかし, 途上国側が目指 す社会の在り方が必ずしも先進国と同じものになるとはいえず, したがって, 求める教育 内容にも乖離が生じる可能性がある。こうした途上国・先進国間の教育に対する意図の乖 離を捉える上で, こうした視点は示唆に富むものといえるであろう。
以上のように, 教授的力量の大局的な捉え方としては, 湊(2002)や國本(2006)のような, いわゆる伝統的な知識伝達型の数学教育から, 学習者が数学的活動に主体的に取り組み, 自ら知識を構築・発見する数学教育への移行といった基軸をもとに, それぞれにとって必 要な教授的力量を同定する捉え方と, 岩崎他(2008)のように, 数学教育を取り巻く社会的 文脈(社会構造)に基軸を置き, その社会に求められる数学教育と, その実現に必要な教 授的力量を同定する捉え方の 2 つがあることが分かった。この両者を比較すると, 前者は 学習・教授に関する心理学的視座からの捉え方に対して, 後者は社会学的視座からの捉え 方と位置付けることが可能である。
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ないことであろう。その力量の内実を捉えようとする研究の方向性として, いわゆる教授 学的三角形の構成要素である, 教材・子ども・教師のそれぞれに関する力量を意識したも のと, 授業実践の局面として授業前(計画)・授業中・授業後(評価)を意識したものとが ある。
(1) 教授学的三角形の観点からみた教授的力量
まず, 教材・子ども・教師といった教授学的三角形の観点から数学教師の教授的力量を 捉えようとした研究として, 例えば, 志水(2000)の「授業力」やBall et al.(2008)の「数学 教授のための知識(Mathematical Knowledge for Teaching: MKT)」が挙げられる。
志水(2000)は, 数学教師の授業力を「教師にとって授業が成立し, 成功する力」と定義し,
「授業力={教材把握力×子ども把握力×授業技術力}×精神エネルギー」
という「公式」として表現した。また, 各要素について, 表4-6のように述べている。
表 4-6:授業力の各要素
教材把握力 子ども把握力 授業技術力 精神エネルギー
教 材を 見る目, つ くる 長所
子どもの言葉を読み取 る 力, 子ど もの 心をつ かむ力
授業の構想・設計から, 具体的な発問・板書・
発言の取り上げ方など を含む力
気 合 い, 熱 意, 人 格, 人 間 愛, ゆ と り, 自 然 体 など を総 合した, 一 人の教師が持つパワー
(志水, 2000, p.8より筆者作成)
ここでは, 教授学的三角形の構成要素である, 教材・子ども・教師に関する力量として, 教材把握力, 子ども把握力, 授業技術力が位置づけられており, それらすべてに影響する ものとして, 精神エネルギーという数学教師の全人格的要素が位置づけられている。
一方, Ball et al.(2008)は, Shulman(1987)が提唱した教師の「知識基礎(Knowledge
Base)」(表 4-7)を構成する 7 要素のうち, 各教科教育においてその内実が異なる知識と
して⑤, ⑥, ⑦があり, それらを数学教育に関して詳細に論考した。その結果として Ball et al.(2008)は, 図4-1のような構造を持つ, 「数学教授のための知識」を提唱した。
表 4-7:教師の「知識基礎」
① 一般的な教授法に関する知識(General pedagogical knowledge)
② 学習者とその特性に関する知識(Knowledge of learners and their characteristics)
③ 教育の文脈に関する知識(Knowledge of educational contexts)
④ 教育の目的・目標・価値やそれらの哲学的歴史的根拠に関する知識(Knowledge of educational ends, purposes and values, and their philosophical and historical grounds)
⑤ 内容に関する知識(Content knowledge)
⑥ カリキュラムに関する知識(Curriculum knowledge)
⑦ 教授法からみた内容に関する知識(Pedagogical content knowledge: PCK)
(Shulman, 1987, p.8より筆者作成)
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図 4-1:数学教授のための知識(MKT)(Ball et al., 2008, p.403)
MKTは, 「教科に関する知識(Subject Matter Knowledge: SMK)」と「教授法からみ た内容に関する知識(Pedagogical Content Knowledge: PCK)」の2つに区分される。こ の 2つの知識の違いは, 生徒や教授に関する知識と内容に関する知識が関連付けられてい るかどうかであり, SMKは生徒や教授に関する知識とは独立し, 教材としての数学の内容 に関する知識を意味するのに対し, PCKは生徒や教授に関する知識と内容に関する知識と が結びついた合成物としての知識と位置づけられている。
さらにBall et al.(2008)は, SMKとPCKのそれぞれを構成するものとして, SMKには
「一般的な内容に関する知識」, 「特殊化された内容に関する知識」, 「内容の系統に関 する知識」が, また, PCK には「内容と生徒に関する知識」, 「内容とカリキュラムに関 する知識」, 「内容と教授に関する知識」が, それぞれ含まれると述べ, 表4-8のように定 義した。
表 4-8:数学教授のための知識(MKT)の構成要素
教 科 に 関 する知 識
(SMK)
一般的な内容に関する知識(Common content knowledge: CCK)
教授場面ではない, 一般的な場面で用いら れる数学に関する知識や技能
特殊化された内容に関する知識
(Specialized content knowledge: SCK)
教授場面特有の数学に関する知識や技能
内容の系統に関する知識(Horizon content knowledge)
カリキュラムに含まれた数学の範囲の中で, 数学のそれぞれの単元がどのように関連付 けられているかを知ること
教 授 法 か ら み た 内 容 に 関 する知 識(PCK)
内容と生徒に関する知識(Knowledge of content and students: KCS)
生徒に関する知と内容に関する知を結合す る知識
内容とカリキュラムに関する知識
(Knowledge of content and curriculum)
(明確な定義は示されていない。)
内容と教授に関する知識(Knowledge of content and teaching: KCT)
教授に関する知と内容に関する知を結合す る知識
(Ball et al., 2008, pp.399-404より筆者作成)
一般的な内容に 関する知識 (CCK) 内容の系統に関
する知識 内容と教授に関
する知識(KCT)
内容とカリキュラム に関する知識 特殊化された内
容に関する知識 (SCK)
内容と生徒に関 する知識(KCS) 教科に関する知識
(SMK)
教授法からみた内容に関する知識 (PCK)
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Ball et al.(2008)のMKTの特徴としては, まず, 教材に関する知識としてのSMKが, 一
般的な数学の知識, 教授活動にとって必要な数学の知識, 数学の系統性に関する知識の 3 つに区別されている点にある。次に, 教材としての数学と生徒やカリキュラム, 教授活動 がどのように関連しているかについての教授学的な知識として PCK が位置づけられてい る点が挙げられる。つまり, 教授学的三角形の構成要素である, 教材・子ども・教師のそ れぞれに関する知識だけではなく, それらの関連性に焦点を当てた知識を提唱している点 に, その特色がある。
したがって, Ball et al.(2008)のMKTの構成要素と, さらにはShulman(1987)の教師の 知識基礎の構成要素(表 4-7の①~④)を教授学的三角形に, 図 4-2のように対応させる と, 女史らが提唱した数学教師に求められる知識として, 教材・子ども・教師に関する知 識はもちろん, それらの関連性に関する知識, さらにはそれらを取り巻く文脈に関する知 識が意識されていることが分かる。
図 4-2:数学教授のための知識(MKT)の教授学的三角形における位置づけ (2) 授業実践の局面からみた教授的力量
次に, 授業実践の局面として, 授業前の計画, 授業の実施, 授業後の評価の3つを設定し, それぞれの局面に必要な教授的力量を考察した研究として, 例えば, 日野・重松(2000), 齋 藤・秋田(2007), JICA(2007)がある。
日野・重松(2000)は, 米国のProfessional Standards for Teaching Mathematicsで提唱 された数学教師の 4つの役割 1), Shulmanの教授的推論や教授的内容知識(PCK: Peda-gogical Content Knowledge), Brown & Borko(1992)の熟練教師特有の認知の特徴を考察 し, それをもとに, 指導前, 中, 後のそれぞれで求められる教授的力量を表4-9のように定 義し, それらを統合したものとして「授業実践力」を提唱した。
一 般 的 な 教 授 法 に関する知識 教師
子ども
教材
学習者とその特性 に関する知識
教育の文脈に関する知識 教育の目的・目標・価値やそれら の哲学的歴史的根拠に関する知識 教科に関する知識
一般的な内容に関する知識
特殊化された内容に関する知識
内容の系統に関する知識
内 容 と 生 徒 に 関 す る知識
内 容 と 教 授 に 関 する知識
内 容 と カ リ キ ュ ラ ム に 関する知識