第三章 企業結合規制の市場支配力判断
第二節 競争を実質的に制限することとなる場合
2 水平型企業結合の場合
企業結合は、多くの場合水平型が中心となっており、ここでは競争者同士の結合であ るため、市場に直接与える影響が大きく、したがって独占禁止法問題が起こりやすい。
さらに、水平型の場合は、(ⅰ)当事会社グループの単独行動による場合と、(ⅱ)当事 会社グループと競争会社の協調的行動がとられやすくなる場合、という 2 つのクリアす べき要件がある。
189 東宝・新東宝事件 東京高判昭和28年12月7日高民集6巻13号868頁。
190 学説の対立については、平林・前掲注84、136頁。
191 村上=栗田・前掲注166、188頁。
81
(1)単独の市場支配力の形成
単独行動による市場支配力は市場支配力分析の原型といえるものである。単独で価格 引き上げによって利益を得られるということは当該会社の産出量減がもたらす価格引 き上げ効果が、それに伴う売上減を凌駕し、かつライバル企業がその産出量減に対して 増産した対応が十分に影響しないことを意味する192。
また、競争の実質的制限は、ある市場における販売数量あるいは売上金額を数値に置 き換えて(市場に占める割合⇒市場占有率)、それの多寡によってのみ判断されるもの ではない。しかしながら、市場占有率は、価値によって表れされる客観的なものである ために、中心的な基準として採用されている。したがって、企業結合によって市場占有 率が拡大されたかをみることは、競争に与える影響度を計ることにもなり、公取委は、
とくに合併の選別基準(合併の容認・否認)を市場占有率に根拠を置いてきていた。そ の際、補助的に用いていたのが HHI(ハーフィンダール・ハーシュマン)指数であった。
これは、市場構造が寡占的であるか否かをみるもので、当該一定の取引分野における各 事業者の市場占有率の2乗の総和によって算出されるもので、平成 16 年改定のガイド ラインにおいて初めて採用されたものである。そして、表現として、また、判断基準と してセーフ・ハーバーの意味を「競争を実質的に制限することとならない場合」として あげており、平成 19 年 3 月 28 日改定)において、判断基準の軸足を市場占有率から市 場がどの程度寡占的な状況にあるかを示す寡占度指数(HHI)に移したのである。もっ とも、すべての寡占度指数を一本化にしたのではなく、産業界から目安としての市場占 有率の存続要望を受け入れて市場占有率の表記を一部残している。そして、一定の取引 分野における競争を実質的に制限することとなるか否か審査する考慮要素としてガイ ドラインで挙げられており、企業結合を認めるかどうかの実質的な判断要素となってい る。ガイドラインの中には、これらの考慮要素が、単独行動による場合と協調的行動に よる場合と分けていろいろ書かれているが、それらに共通する概念としては、当事会社 グループが企業結合後に問題商品やサービスの価格上げようとしても、そこに書かれて いる考慮要素の 1 つないし複数が機能し、消費者またはユーザーが当該値上げを無視し てその他の競争事業者の方に容易に乗り換えることができ、結局当事会社の目論んだ値 上げは功を奏しないということであろう。一般的に言って、下記の条件が、単独行動・
強調的行動を通じて、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとされる可 能性を低くするもの、すなわち正当理由的な考慮要素として、公取委の判断に当たって 重視されているようである。公取委の運用としては、①を前提として、②および⑤が考 慮要素として強く認識されていると思われる193。
192 川濱・前掲注107、41頁。
193 村上=栗田・前掲注166、193-200頁。
82
①当該取引分野において、競争者の数が多い場合(有力な牽制力ある競争者)
この問題に関しては、商品が同質的なものか、または差別化が進んでいるか(同質的 であればそれだけ当該商品の価格等をある程度自由に左右することは難しくなる)、対 象会社の市場占有率がどの程度低いか、当事会社間で競争が活発に行われてきたか、新 規参入のためにどの程度の投資が必要かなどの色々な条件にも関係して、競争者の数が 考慮要素となる。
一体、いくつまでであれば認められるのかに関して、現在のところ、公取委の方では、
新規参入業者に対するだけの複占となってしまう場合であっても、幾つかの事例におい て許容しているようである。競争業者の数に関して、2 社しか存在しないとすると相互 の活動が予測しやすくなり、協調的行動が発生しやすくなる。これに対して、3 社以上 であるとするとそう簡単に予測はつきにくくなり、協調的行動は発生しにくくなると思 われる。
事例としては、日本航空と日本エアシステムの事業統合事件194が取り上げられる。本 件は、国内および全航空旅客数の約 70%を占める羽田・伊丹発着の航空運送分野におい て、当該市場を全日空との 3 社でほぼ独占していた日本航空と日本エアシステムがそれ ぞれの事業を持株会社を通じて統合(統合後の市場占有率は、企業結合後のグループと 全日空とでそれぞれ約半分ぐらいになる)したいということで、事前相談を行ったとこ ろ、公取委では、平成 14 年 3 月 15 日の時点では、大手航空会社が 3 社から 2 社に減少 することにより、これまでも同調的であった大手航空会社の運賃設定行動がさらに容易 になる、新規参入等が困難でありそのため同調的な運賃設定行動に対する牽制力として 期待できない、その結果価格交渉力の余地がない、一般消費者が大きな不利益を被るな どとして、この企業結合に対して問題点を指摘した。
これに対して、当事会社の方では、(ⅰ)新規参入促進のために、羽田発着枠のうち 9 便を国土交通省に返上し、また平成 17 年 2 月の発着枠の再分配の際に不足が生じれ ばもう 3 便を返上し、さらに新規参入業者に対して種々の協力を行う、(ⅱ)普通運賃 を一律 10%引き下げ、向こう 3 年間は、原則として値上げをしない、といったことが約 束され、また、国道交通省から新たな競争促進策を講じることが表明されたため、公取 委の方では、4 月 26 日に最終的に、「新規航空会社の事業拡大等により有効な競争が生 じる蓋然性の高まり」を認め、さらに「このような新規航空会社が、国内航空運送分野 において大手航空会社に対して有効な競争を行うことが可能な競争業者となる蓋然性 は高い」として、新規参入業者の有効な競争の蓋然性をもって実質的には 2 社複占体制 を許容した。
ここで用いられている「有効な競争を行う可能な競争事業者」という概念は、昭和 44 年 10 月の八幡・富士合併の同意審決によって新日本製鉄が誕生した際に用いられた「有 効な牽制力ある競争者」という概念と同一であろうと思われる。しかし、この概念がそ
194 公取委平成14年3月15日,4月16日各発表。
83
の後使われることは余りなく、この概念は自主的な事業活動を行えればよいというもの で、自分の方から積極的に競争を仕掛ける「対象の競争者」を言うものではないと考え られており、「対等の競争者」という概念よりは一方下がっているものであって、最後 の最後で出てくる概念のようである。これはその是非は別として、複占であっても新規 参入業者の余地はあるという説明を行えば足りることである。
②当該取引分野において、輸入圧力が十分働いている場合
輸入品に関しては、そもそも法的または事実上の参入規制がなければ、競争品として 機能する可能性がある。ましてや、今日のように経済の国際化が進展し、日本の経済が 日本だけのものとしては考えにくくなった状況の下では、この輸入という要素は大きな 役割を果たすようになっている。輸入が当事会社グループがある程度自由に価格等を左 右することを妨げる要因となり得るか否かについては、商品が同質的な場合には輸入品 の供給余力が十分か否か、商品が差別化されている場合には当事会社グループの販売す る商品と輸入品の代替性の程度も考慮する。現時点で現に輸入が存在する場合は取引分 野の数値の算定で考慮され、現に輸入がない場合には潜在的競争圧力として評価される ことになろう。現在の輸入品の市場シェアが小さい場合であっても、国内品の価格が引 き上げられた際に、需要者が容易に輸入品の使用を増加させることができるときには、
輸入圧力が働いていると考えられる。事例としては、三井石油化学と三井東圧の合併事 件である。この事例は、輸入圧力を正面から認めた最初の事例であり、競合する 7 品目 のうち、フェノール等の一定の製品に関して、企業結合後の市場占有率は 50%を超え るが、その当時の輸入商品比率が数%と小さいとしても、メーカー間に品質の差はなく、
ユーザーの使い慣れ等の問題もなく、運搬・保管の面でも問題が少なく、主なユーザー に輸入の経験があり、輸入価格、輸出価格および国内価格が近年ほぼ同水準で推移して いる等の事情から、結合後の当事会社の販売シェアが高くても、国内市場における価格 や数量をコントロールする力はないとみられるとしている。これを契機として、市場占 有率の合計値がいくら高くても(たとえば、80%以上)、輸入圧力が相当に効いておれ ば最終的に許容される事例が増えている。
③当該取引分野において、新規参入コストや法的または事実上の参入障壁が少ないな ど、参入への障害がほとんどない場合
これは輸入圧力と同様に、政府規制、免許制などの法令、必要な投資額、製品差別化、
知的財産権の存在、流通分野の構造等の、法令上および事実上の参入障壁が低ければ、
結合後の企業が価格を上げて多くの利潤を得ようとしても、その他のメーカーがすぐ当 該市場に進出してくるため効を奏さなくなってしまうためである。
④当該取引分野において、需要者である会社の交渉力が極めて強い場合